「スミレ」

基本情報
- 学名:Viola mandshurica
- 科名/属名:スミレ科/スミレ属
- 分類:多年草(種類によっては一年草)
- 原産地:日本列島、中国東北部から東部、朝鮮半島、ウスリー
- 開花時期:4〜5月
- 草丈:5〜15cm程度
- 生育環境:野原、道端、林縁、庭先など
スミレについて

特徴
- 地面に近い低い位置で、可憐な小花を咲かせる
- 紫・白・黄など花色が豊富で、種類も非常に多い
- 強い香りはないが、やさしく親しみやすい印象を与える
- ひっそりとした場所でもたくましく育つ
- 早春に咲き、季節の訪れを静かに知らせる花
花言葉:「小さな幸せ」

由来
- 小ぶりな花を足元でそっと咲かせる姿が、日常の中のささやかな喜びを連想させた
- 目立たない場所でも確かに存在し、見つけた人の心を和ませることから象徴された
- 派手さはないが、ふと気づいたときに心を温める美しさが「小さな幸せ」に重ねられた
「足元に咲く灯り」

駅から自宅までの道は、特別なものではない。商店街を抜け、古い公園の脇を通り、少し坂を上る。それだけの、毎日変わらない帰り道だ。恵はその日も、スマートフォンの画面から目を離さないまま歩いていた。仕事の連絡、未読の通知、明日の予定。頭の中は常に先のことで埋まっている。
ふと、足先に柔らかな違和感を覚え、恵は立ち止まった。舗道の端、コンクリートの隙間に、小さな紫色が見えた。しゃがみ込むと、それはスミレだった。背の低い花が、地面すれすれに、控えめに咲いている。踏まれそうな場所なのに、ちゃんとそこに在った。
「こんなところに……」

思わず声が漏れる。花は風に揺れても、こちらを見上げることはない。ただ、静かに、変わらぬ姿で咲いている。その小ささに、恵は胸の奥が少しだけ緩むのを感じた。
最近、恵は「幸せ」という言葉が遠くなっていた。昇進もしたし、給料も上がった。周囲から見れば、順調そのものだ。それでも、満たされた実感は薄い。何かが足りない気がして、けれどそれが何なのか分からない。大きな目標ばかりを追いかけて、足元を見る余裕を失っていた。

幼い頃、祖母と散歩をすると、祖母はよく立ち止まった。道端の草花を見つけては、「ほら、可愛いね」と微笑む。そのたび、恵は早く先へ行きたくて、手を引いたものだ。あの頃は、なぜ立ち止まるのか分からなかった。
今、目の前のスミレは、まさに祖母が好きだった花だった。目立たない場所で、誰に褒められるわけでもなく、ただ咲く。その姿を見つけた人だけが、少しだけ得をする。そんな花。
恵は写真を撮ろうとして、やめた。画面越しに残すより、今この瞬間を胸にしまいたかった。代わりに、深く息を吸う。春の空気はまだ冷たいが、どこか柔らかい。小さな花が、確かに季節を告げている。

立ち上がると、いつもの道が少し違って見えた。公園の木の芽、店先の鉢植え、遠くの空の色。今まで見えていなかったものが、ゆっくりと浮かび上がる。
幸せは、きっと大きな出来事だけではない。足元に咲く花に気づけること。少し立ち止まれること。その瞬間に、心が温まること。
恵は歩き出した。スミレを踏まないよう、ほんの少しだけ進路を変えて。明日もまた、忙しい一日が始まるだろう。それでも、あの花を思い出せば、心はきっと軽くなる。
足元に咲く、小さな幸せ。それは、いつもそこにあったのだ。気づかれるのを、静かに待ちながら。