沖縄慰霊の日

6月23日は沖縄慰霊の日です

米軍は、4月1日に1,500隻近い艦船と約54万人の兵を動員して沖縄本島に上陸を開始し、6月23日にはこの太平洋戦争沖縄戦が終結しました。また、沖縄守備隊の80日余の激戦の末に守備隊の司令官である牛島満(うしじま みつる)大将らが自決し、日本軍の組織的戦闘は終わりました。その当時は、沖縄住民を中心におよそ20万人もの犠牲者を出したといわれています。そしてこの日、沖縄県は「慰霊の日」と定め、休日として糸満市摩文仁の平和祈念公園で毎年、「沖縄全戦没者追悼式」が開かれています。

日本軍が自決した日

「沖縄慰霊の日」 世界に問う「平和でしょうか」

沖縄戦終結から 16 年経過した1961 年、琉球政府立法院(住民の祝祭日に関する立法)において、沖縄の戦没者の霊を慰め、平和を祈る日としてこの日を「慰霊の日」を制定しています。この日は、日本軍の組織的戦闘の終結した時点、すなわち第 32 軍の牛島司令官と長参謀長の自決した日として6 月 22 日説が採用されました。

「慰霊の日」制定までの経緯

沖縄慰霊の日 平和の詩

沖縄は、日本本土が復帰した後も長い間、アメリカの統治下であっため、日本の法律とは別に独自の休日を設けていました。実はこの「慰霊の日」、1961年にアメリカ統治下で制定された琉球政府独自の休日の1つでした。現在の沖縄県平和祈念財団が、琉球政府に戦没者慰霊の日を定める要求が始まりとされています。ですが、本来6月23日ではなく、6月22日が慰霊の日として制定されていたそうです。また「慰霊の日」以外、沖縄独自の休日は、「琉球政府創立記念日」や「平和の日」などがありました。

「慰霊の日」で行われる事は?

「慰霊の日」は様々な行事が行われています。その毎年行われている行事の最も代表的なものが「沖縄全戦没者追悼式」です。この行事は、沖縄戦の犠牲者を偲び、世界平和への祈りを捧げています。そして、沖縄全戦没者追悼式は、沖縄戦の激戦地になった糸満市摩文仁の「平和祈念公園」で行われます。毎年大勢の人が足を運び、平和祈念公園には「平和祈念像」や沖縄戦犠牲者の氏名が刻まれている「平和の礎」があります。さらにそこには、有名な沖縄戦の写真や遺品など、数多く展示している「沖縄県平和祈念資料館」もあります。

二度と同じことを繰り返さないために

今や現在人の殆どが、戦争を知らない世代です。日本が敗戦するまでは、日中戦争や日露戦争、そして民間人をも巻き込んだ太平洋戦争など、軍や政府主導で国民の意思に関係なく行われてきました。まさに現状として、戦争が突入する前の状況と戦時中の徴兵制度や強制労働、敗戦国の屈辱を知らない人が大半を占めています。したがって、我々国民は知らず知らずのうちに反対する権利が奪われ、その後に国から強制的に行動制限され、戦争を始めることを拒否できなくなり、また同じことを繰り返すことになります。そうならないために、また平和を夢見て戦争で亡くなった犠牲者の方を慰めるためにも国(政府)の動きを常に見張り、間違っていると思ったら国民同士、声掛け合いしっかりと主張し合うことが唯一できることです。

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