「サフラン」

基本情報
- 学名:Crocus sativus
- 科名:アヤメ科(Iridaceae)
- 属名:クロッカス属(Crocus)
- 原産地:地中海東部(ギリシャ〜小アジア地域)
- 開花期:秋 10月中旬~12月上旬
- 多年草(球根植物)
- 別名:アキザクラ(秋桜)、サフランクロッカス
サフランについて

特徴
- 紫色の花を咲かせ、中心部から3本の赤い雌しべが伸びる。
- その雌しべを乾燥させたものが高級香辛料「サフラン」。
- わずか1gのサフランを得るために、約150花分の雌しべが必要。
- 香りと色が非常に強く、料理(パエリア、ブイヤベースなど)や薬用、染料にも利用される。
- 花は繊細で、朝開いて夕方にはしぼむ一日花。
- 見た目はクロッカスに似るが、春咲きのクロッカスとは別種。
花言葉:「節度の美」

由来
- サフランは派手な香りや色を持ちながらも、花姿は控えめで上品。
- 鮮やかな赤い雌しべはわずかに花の中からのぞく程度で、自己主張しすぎない美しさを見せる。
- また、サフランの香りや色も少量で十分に効果を発揮することから、
→ 「過剰ではなく、ほどよい分量・節度こそが美を生む」
という意味が込められている。 - このように、内に秘めた魅力・控えめな品格を象徴して、「節度の美」という花言葉がつけられた。
「香りの届く距離」

秋の終わり、町外れの小さな温室に、サフランの花が咲いていた。
ガラス越しの光を受けて、薄紫の花びらが静かに開いている。その中心には、かすかに赤い雌しべがのぞいていた。
「今年も、きれいに咲いたね」
由香はしゃがみ込み、そっと指先で花の影をなぞった。母が生前、毎年欠かさず育てていた花だ。
――“サフランはね、派手すぎないところがいいのよ。”
そう言って、母はいつも笑っていた。
そのときの笑顔を思い出すたび、胸の奥が少し痛んだ。

大学を出てから、由香はデザイン会社に勤めている。華やかな広告や商品のパッケージを手がける仕事だ。
けれど、最近は何かが違う気がしていた。
派手な色、強い言葉、目を引く形。
どれも大切だとわかっているけれど、そればかりを追いかけているうちに、自分の描く線がどこか嘘っぽく感じられるようになっていた。
そんなとき、久しぶりにこの温室に足を運んだのだ。
指先にふと、香りが残った。
サフランの香り――けれど、強くはない。
顔を近づけなければわからないほどの、やわらかな香りだった。
由香は目を閉じた。

――少しで、いいのよ。
――香りってね、届きすぎたら、疲れちゃうの。
母の声が耳の奥で響く。
そういえば、料理でもそうだった。母はいつもサフランをほんのひとつまみしか使わなかった。
けれど、炊き上がったご飯は金色に輝き、食卓がふわりと明るくなった。
その「少し」が、ちゃんと届くこと。
それが、母の美しさだったのかもしれない。
由香は立ち上がり、温室のドアを開けた。
外はもう夕暮れだった。西の空がオレンジ色に染まり、風が冷たく頬を撫でる。
手帳を取り出して、新しいページを開く。

――次の企画、「控えめな美しさ」をテーマに。
ペンを走らせながら、彼女は微笑んだ。
派手さではなく、内にある光を描けるものを。
少しの色で、十分に伝わるものを。
温室の中で、サフランが風に揺れた。
花びらの奥で、赤い雌しべが夕陽を受けてかすかに光る。
それはまるで、「節度の美」という言葉のかたちそのものだった。
――過剰ではなく、ほどよく。
――静かに、でも確かに。
その香りが、由香の背中をやさしく押した。
彼女は再び街へと歩き出す。
控えめで、けれど確かな想いを胸に抱いて。