「ベルフラワー」

基本情報
- 和名:ベルフラワー(※一般的にはカンパニュラの一部品種を指す呼び名)
- 学名:Campanula portenschlagiana など(品種により異なる)
- 科・属:キキョウ科・ホタルブクロ(カンパニュラ)属
- 原産地:ヨーロッパ、地中海沿岸
- 開花時期:4〜7月(春〜初夏)
- 分類:多年草
- 別名:カンパニュラ、釣鐘草(つりがねそう)
ベルフラワーについて

特徴
- 小さな鐘型の花が一面に広がり、可愛らしい雰囲気を持つ。
- 主に紫・青・白の花色が多い。
- 茎が横に広がる性質があり、グラウンドカバーや鉢植えに最適。
- 寒さに強い一方、蒸れに弱いため、風通しの良い環境を好む。
- 一度咲き始めると花つきが非常によく、長く楽しめる。
- 比較的育てやすいが、梅雨時期の過湿は苦手。
花言葉:「感謝」

由来
- ベルの形をした花が人に呼びかけるように、静かで優しい印象を与えることから、
→ 「心を込めた気持ち」「丁寧な想い」が連想される。 - 一面に小花が咲く姿が、誰かの気持ちに寄り添うように見えることから、
→ 日常の中の小さな“ありがとう”を象徴する花として扱われた。 - 西洋の文化では、カンパニュラは感謝や誠実を伝える花と位置づけられることが多く、
→ そこから日本でも「感謝」の花言葉が広まったとされる。 - 鐘型の花=祈りの象徴(教会の鐘など)と結びつき、
→ 誰かに向けた祈り=「ありがとう」の意味へ発展したという説もある。
「小さな鐘の音が聞こえる庭で」

六月の風が、庭の片隅に植えられたベルフラワーをそっと揺らしていた。紫色の小さな花々が、まるで小さな鐘をたくさん並べたように、光の粒を抱いて揺れている。
「きれい……」
茉莉はしゃがみ込み、指先でそっと花の影をなぞった。
この家に戻ってくるのは、三年ぶりだった。離れて暮らすことになってから、母とは少し距離ができたまま、時間だけが静かに流れた。大学生活は忙しく、新しい人間関係もあった。気づけば、家に電話をする回数は減り、メッセージもそっけないものになっていた。
今回の帰省は、母の体調を案じた叔母からの連絡がきっかけだった。幸い、大事には至らなかったが、娘として何かを見落としていたのではないかという不安が胸の奥に残ったままだった。

「茉莉、帰ってきてたのね」
ふいに背後から声がし、茉莉は振り返った。母が立っていた。思っていたより元気そうで、少しだけ胸の緊張がほどける。
「うん。庭、変わってないね」
「あなたが好きだったでしょう。ベルフラワー」
母は花に目を向け、優しく微笑んだ。
「この花ね、ヨーロッパでは“感謝”の気持ちを伝える花なのよ。小さな鐘の形だから、祈りの象徴でもあるんですって。誰かの幸せを願う鐘……そういう意味があるらしいわ」
母が静かに言う言葉は、どこか懐かしい響きがあった。茉莉は少し俯く。

「……ねぇ、お母さん」
「なあに?」
「いままで……あんまり連絡しなくて、ごめん。忙しいって言い訳して、大事なことを後回しにしてたと思う」
母は驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「茉莉、来てくれた。それで十分よ。連絡の回数で愛情は測れないわ」
「でも……」
「大丈夫。こうやって帰ってきて、顔を見せてくれた。それが一番の“ありがとう”よ」
ベルフラワーの花が風に揺れ、微かな音が聞こえたように感じた。もちろん、本当に音が鳴ったわけではない。けれど、その揺れは、まるで母の言葉に寄り添うように優しく響いていた。

「そういえばね、花が一面に咲くと、まるで誰かの気持ちに寄り添っているように見えるでしょう?」
母は花を見ながら続ける。
「小さな“ありがとう”をたくさん並べたみたいで、私は好きなの」
茉莉の胸に、何か温かいものが広がった。
忙しさの中で、伝えるべき気持ちをしまい込んでいた自分に気づく。
“ありがとう”は、もっと素直に言ってよかったのだ。
「……お母さん、ありがとう。ほんとに」
茉莉がそう言うと、母は少し涙ぐみながら笑った。
夕暮れが近づき、庭のベルフラワーが淡い光を受けてまた揺れた。
その姿は、小さな鐘が心のどこかに優しく触れていくようだった。
その日、茉莉は思った。
――感謝という言葉は、こんなにも静かで、温かい響きを持っていたのだと。
庭いっぱいに咲くベルフラワーは、まるで母と娘の想いが重なり合うように、柔らかな紫の波を広げていた。