雑穀の日

3月9日は雑穀の日です

3月9日は雑穀の日

3月9日は、雑穀の生産加工や流通関係者、研究者などで構成する日本雑穀協会(一般社団法人)が記念日として制定しました。またこの日は、「ざっ→3 こく→9」という語呂合わせからです。目的は、日本古来からの主食の原点ともいえる雑穀の素晴らしさをより多くの人に知ってもらうことです。

雑穀とは

穀物

穀物は、「主穀」「雑穀」「菽穀」「擬穀」の四つに分けられます。その中の主穀は、主食作物である稲や小麦などを指します。雑穀は、小さい穎果をつけるひえやあわ、きびなどの総称です。菽穀は、マメ類で擬穀は、ソバやアマランサス、キノアなどです。現在では、一般的に主穀と雑穀が穀物として知られています。

雑穀の定義を決める

雑穀ごはん

雑穀は、時代背景や主食が変わっていくにつれて捉え方も変わってきています。したがって、日本雑穀協会では農学的な雑穀の定義を尊重しながら、雑穀と呼ぶ対象範囲を主食以外で日本人が利用している穀物の総称としました。

雑穀は酸化を抑える!?

雑穀米

日本人の主食であるお米は、表面を削って精米などしているので、大切な栄養成分が少なくなってしまいます。さらには、空気に触れて酸化しやすくなります。実際、精米したての白米が美味しいのは、酸化していないためだといわれています。そこで、1ヶ月間開封した状態で空気に触れた白米を炊飯したご飯と、雑穀米が5%入った雑穀入りご飯を酸化指数を測定したところ、雑穀入りご飯は酸化が抑えられているという結果が得られたそうです。

雑穀ご飯はダイエット効果がある!?

茶碗と麦ご飯

雑穀ご飯は、「免疫力アップ」「冷え性改善」「便秘解消」「お肌のツヤUP」「疲れにくくなる」「メンタルが強くなる」など効果があるそうです。そもそも雑穀には、白米の数倍ものビタミンとミネラル、食物繊維が含まれ、お米に少ない抗酸化物質も含まれています。いつも食べているご飯に雑穀を混ぜて炊くだけで、ダイエットできて、美容にも健康にも良いとくれば、最高な主食ですよね!


「雑穀の日」に関するツイート集

2026年の投稿

2025年の投稿

2024年の投稿

さやえんどうの日

3月8日はさやえんどうの日です

3月8日はさやえんどうの日

「さやえんどう」が主産県の和歌山県農業協同組合連合会が、この日を記念日として制定しました。この日付は、和歌山県では3月にハウスの「さやえんどう」が最盛期であること、そして「さ→3 や→8」という語呂合わせから決められました。

さやえんどう

さやえんどう

「さやえんどう」は、さやが若く中の実も小さいうちに収穫し、さやごと食べるものです。関西では、「絹さや」と呼ばれるところもあります。そして、「スナップエンドウ」や「砂糖ざや」は改良品種です。 また、この「さやえんどう」は、収穫時期で「グリンピース」や「えんどう豆」など、色々な名前で呼ばれます。

グリンピース

グリンピース

グリンピースは、「さやえんどう」から生長した、熟す前のえんどうを、むき実にして食べる「実えんどう」の仲間の1つです。スーパーなどで缶詰や冷凍品として年中出回っていますが、旬は初夏まです。

えんどう豆

えんどう豆

えんどう豆は、サラダやスープ、他にも色々な料理で使用されます。えんどう豆の歴史は古く、古代ギリシャやローマ時代から栽培されていたといわれています。 また、成長過程により、その利用方法が分かれる特徴があります。

栄養豊富な「さやえんどう」

栄養豊富な「さやえんどう」

「さやえんどう」は、さやごと食べるため、βーカロテンを大量に摂取することができます。βーカロテンは、活性酸素を抑え、動脈硬化や心筋梗塞などの生活習慣病から守ります。そして、皮膚や粘膜細胞を正常に保つ効果が期待されます。このように、あの薄っぺらい「さやえんどう」から健康のために効果のある栄養がたくさん詰まっています。そのため「さやえんどう」は、効率よく摂れるサプリメントのように食べることをお勧めします。


「さやえんどうの日」に関するツイート集

2026年の投稿

2025年の投稿

2024年の投稿

3月7日の誕生花「ニリンソウ」

「ニリンソウ」

基本情報

  • 和名:ニリンソウ(二輪草)
  • 学名Anemone flaccida
  • 科名:キンポウゲ科
  • 属名:イチリンソウ属
  • 原産地:日本、中国、朝鮮半島
  • 開花時期:4月~5月(春)
  • 草丈:15~30cmほど
  • 生育環境:山地の林床、湿り気のある半日陰

ニリンソウについて

特徴

  • 一本の茎から二輪の花を咲かせることが多いことが名前の由来
  • 白い5枚前後の花弁のように見える萼(がく)を持つ可憐で清楚な花
  • 春の山林の地面を覆うように群生して咲くことが多い
  • 葉は深く切れ込みが入り、柔らかく繊細な印象を与える
  • 早春に咲き、木々が葉を広げる前のやわらかな光の中で花を開く


花言葉:「友情」

由来

  • 一本の茎から二輪並んで咲く姿が、寄り添う二人を思わせたため
  • 同じ方向を向いて咲く様子が、互いに支え合う関係を連想させたため
  • 野山で群れて咲く姿が、仲間とともに過ごす穏やかな時間と重ねられたため
  • 派手さはないが、春の林に静かな彩りを添える花として、温かい人間関係の象徴とされたため
  • 互いに離れすぎず、近すぎず並ぶ花姿が、自然体で続く友情の形を表していると考えられたため


「並んで咲く、ということ」

 春の山道は、まだ少しだけ冬の気配を残している。
空気は澄んでいるが、頬に触れる風にはやわらかな温度が混じり始めていた。

木々の枝には新しい芽が膨らみ、足元の土は湿り気を帯びている。枯れ葉の間から、少しずつ春の色が顔を出していた。

その日、由香は久しぶりにこの山道を歩いていた。

小学生の頃、よく通った道だ。学校帰りに友達と寄り道をしながら、名前も知らない草花を眺めたり、石を拾ったりしていた場所。

社会人になってからは、ほとんど来ることがなかった。忙しさに追われる日々の中で、この場所のことを思い出す余裕すらなかったのかもしれない。

けれど今日は、なぜかここへ来たくなった。

理由は、はっきりしているようで、はっきりしない。
ただ一つ確かなのは、誰かの顔が、心の奥に浮かんでいたことだった。

道の途中、少し開けた場所に出た。

そこは、小さな林の隙間で、やわらかな光が地面に落ちている。子どもの頃、よく立ち止まっていた場所だ。

由香はふと足を止めた。

白い花が、咲いていた。

地面のあちこちに、小さな白が散らばっている。近づいてよく見ると、それは一輪ではなかった。

一本の茎から、二つの花が咲いている。

ニリンソウだった。

二つの花は、並ぶようにして咲いている。
どちらが主役というわけでもなく、同じ高さで、同じ方向を向いている。

由香はしゃがみ込み、しばらくその花を眺めた。

思い出したのは、小学生の頃のことだった。

「見て、二つ咲いてる」

そう言って、花を指差したのは美咲だった。

放課後、ランドセルを背負ったままこの場所に来て、二人で花を探していた。

「なんで二つなんだろうね」

「友達だからじゃない?」

美咲はそう言って笑った。

子どもの言葉だったけれど、そのときの由香は、妙に納得したのを覚えている。

それから二人は、ニリンソウを見つけるたびに「友達の花」と呼ぶようになった。

中学に上がるころまでは、よく一緒に遊んでいた。

けれど、少しずつ生活は変わっていった。

部活が違い、通う高校も違った。連絡は取っていたものの、会う機会は次第に減っていった。

大人になれば、なおさらだった。

どちらかが遠くへ引っ越したわけでもない。仲が悪くなったわけでもない。

ただ、時間が過ぎただけだった。

それでも、完全に途切れたわけではない。

年に一度くらい、ふと思い出して連絡をする。短いメッセージを送り合うだけのことも多い。

それでも、不思議と気まずさはない。

由香は目の前のニリンソウを見つめた。

二つの花は、寄り添うように咲いている。

けれど、触れ合うほど近くはない。
離れてしまうほど遠くもない。

ちょうどいい距離だった。

春の林には、ニリンソウがたくさん咲いている。
あちらにも、こちらにも。

一つの茎に、二つの花。
同じ形で、同じように並んでいる。

けれど、どの花も少しずつ違っている。

大きさも、向きも、開き方も。

それでも、どれも自然に並んでいた。

無理に寄り添っているようには見えない。
けれど、確かに一緒に咲いている。

由香はふっと笑った。

友情とは、こういうものなのかもしれない。

ずっと隣にいなくてもいい。
毎日連絡を取り合わなくてもいい。

同じ場所にいなくても、同じ時間を過ごしていなくても。

それでも、どこかで同じ方向を向いている。

必要なときには、思い出せる。

そんな関係。

風が吹いた。

ニリンソウが、揺れる。

二つの花は、同じように揺れていた。

どちらかが引っ張るわけでもなく、どちらかが支えるわけでもない。

ただ、同じ風を受けている。

由香はポケットからスマートフォンを取り出した。

少し迷ってから、メッセージを打つ。

「久しぶり。今日、ニリンソウを見つけたよ」

送信ボタンを押すと、画面が静かに暗くなる。

返事がすぐ来るとは思っていない。
来なくても、きっとそれはそれでいい。

春の林は、静かだった。

鳥の声が遠くで響き、風が木々の間を抜けていく。

足元には、ニリンソウが咲いている。

二輪の花は、同じ方向を向いている。

寄り添いすぎず、離れすぎず。

自然な形で並びながら、春の光の中で静かに咲いていた。

友情とは、きっとこういうものなのだ。

特別な言葉がなくてもいい。
いつも一緒にいなくてもいい。

ただ、同じ季節のどこかで、同じ光を受けている。

それだけで、十分なのだと思える関係。

由香は立ち上がった。

もう少し歩いてみようと思った。

林の奥には、まだたくさんのニリンソウが咲いているはずだ。

春の光の下で、静かに並びながら。

メンチカツの日

3月7日はメンチカツの日です

メンチカツの日

3月7日は、コロッケやメンチカツなど各種冷凍食品の製造や販売を手がけ、全国量販店であるコンビニや外食産業などに流通させている株式会社「味のちぬや」が記念日に制定しました。この日付は、関西で「メンチカツ」を「ミンチカツ」と呼ぶところから、3→み と7→しちで「ミンチ」と読む語呂合わせから決まりました。

メンチカツの由来

メンチカツ

メンチカツの名前の由来ですが、東京の洋食屋さんが最初、「ミンスミートカツ」という商品名で、ひき肉を使用したカツを売り出したのが始まりだそうです。そして、いつのまにか呼びやすく「メンチカツ」になったのだとか。

関西は「ミンチカツ」!?

関西はミンチカツ

関西でメンチカツは、「ミンチカツ」と呼ばれているようですが、色々と説があるようです。一説によると、関西で最初に「メンチカツ」が売られたのは、昭和の初期であり、兵庫県神戸市湊川の純神戸肉三ッ輪屋精肉店だそうです。東京にある洋食店の「メンチボール」をミートボール呼び、それをヒントに「ミンチカツ」と呼ぶようになったのが始まりとされています。また、神戸の湊川東山商店街周辺にある洋食屋が関西ミンチカツ発祥の地だといわれているそう。

関西の面白い語源

色々な具が入ったメンチカツ

「メンチ」を「ミンチ」と呼ぶようになったかは、関西では人を睨み付ける行為を「メンチを切る」というため「メンチカツ」ということは、「睨み合いに勝つ」すなわち「メンチに勝つ」といったことを連想し、イメージ的良くないこともあり、「ミンチカツ」と呼ぶとわれているそうです。結局、「メンチカツ」の語源はミンスミートカツではありますが、地域の人が呼びやすいように、和製英語として自然に「メンチカツ」や「ミンチカツ」になったようです。

コロッケ派、それともメンチカツ派!

お肉屋さんのメンチカツ

商店街のお肉屋さんに行くと、揚げたてのコロッケやメンチカツの美味しそうな香りしますよね。これがお昼前だとお腹が「ぐ〰️っ!」となります。私は、元々メンチカツが好きだったのですが、たまに想像を越える美味しさのコロッケがあり、すぐに病み付きになります。いずれにせよ、やはり揚げたてが最高に美味しいということは間違いないということです。


「メンチカツの日」に関するツイート集

2026年の投稿

2025年の投稿

2024年の投稿

3月6日の誕生花「オウバイ」

「オウバイ」

基本情報

  • 和名:オウバイ(黄梅)
  • 学名Jasminum nudiflorum
  • 分類:モクセイ科ソケイ属
  • 原産地:中国西部
  • 開花時期:2月〜4月頃(冬〜早春)
  • 花色:黄色
  • 樹形:落葉低木(つる状に枝が伸びる)

オウバイについて

特徴

  • 葉が出る前の枝に黄色い花を咲かせる
    冬の終わり、まだ葉がない枝に小さな黄色い花が次々と咲く。
  • 梅に似た姿から「黄梅」と呼ばれる
    梅ではなくジャスミンの仲間だが、花姿が梅に似ているためこの名前になった。
  • 枝がしなやかに伸びる
    つるのように枝が広がり、庭木や石垣、垣根などにも利用される。
  • 寒さに比較的強い
    冬の寒さの中でも花を咲かせる丈夫な性質を持つ。
  • 香りはほとんどない
    見た目は華やかだが、香りは弱く控えめ。


花言葉:「控えめな美」

由来

  • 小さく可憐な黄色い花が、主張しすぎない美しさを感じさせたため
  • 葉のない枝にそっと咲く姿が、静かな品の良さを思わせたことから
  • 派手に目立つ花ではないが、冬の庭にやさしい彩りを添える存在であるため
  • 控えめな花姿が、奥ゆかしさや慎ましい美しさと重ねられたため
  • 華やかさよりも静かな調和を感じさせる花であることから、「控えめな美」の象徴と考えられた


「冬庭に咲く、控えめな光」

  冬の午後、空は薄い雲に覆われていた。
 太陽はどこか遠くにあり、その光は柔らかく広がるばかりで、はっきりとした影を作らない。冷たい空気が庭を静かに包み、世界は少しだけ色を失っているように見えた。

 紗季は、縁側に腰を下ろしながら、庭を眺めていた。

 落葉した木々の枝は細く、どこか心細く見える。冬の庭は、いつもより広く、そして静かだ。
 風が吹くと、乾いた葉がどこかで転がり、小さな音を立てる。

 その中に、ひとつだけ色があった。

 庭の隅、古い石垣のそばに、黄梅が咲いている。

 細い枝に、小さな黄色い花がいくつもついていた。
 葉はまだ出ていない。ただ裸の枝のあちこちに、ぽつり、ぽつりと灯りのような花が開いている。

 それは決して派手ではない。
 遠くから見れば、気づかない人もいるだろう。

 けれど、そこにあると知っていると、不思議と目が引き寄せられる。

 紗季は、ゆっくりと立ち上がり、庭に降りた。

 足元の砂利が小さく鳴る。冷たい空気が頬に触れた。

 黄梅の枝の前に立つと、花は思ったよりも小さかった。
 花びらはやわらかい黄色で、梅に似た形をしているが、香りはほとんどない。

 ただ静かに、そこに咲いている。

 この木を植えたのは、祖母だった。

 もう十年以上前のことだ。

 祖母は花が好きな人だったが、派手な花よりも、どこか控えめなものを好んだ。
 庭の隅に植えられた植物は、どれも主張しすぎないものばかりだった。

 紗季は幼い頃、祖母に尋ねたことがある。

 どうして、もっと大きくて目立つ花を植えないの?

 そのとき祖母は、笑いながらこう言った。

 「目立つ花は、すぐに見つけてもらえるでしょう。でもね、静かな花は、見つけてもらったときに、もっと嬉しいものなのよ」

 その意味を、紗季は当時よく理解していなかった。

 子どもにとって美しい花とは、色が鮮やかで、大きくて、遠くからでも分かるものだったからだ。

 それでも祖母は、黄梅の苗を庭の隅に植えた。

 「この花はね、冬に咲くの」

 そう言って、祖母は土を軽く押さえた。

 「冬はね、みんな少し元気がなくなるでしょう。そんなときに、小さな黄色があると、少しだけ心が明るくなるのよ」

 紗季はその言葉を、ぼんやりと覚えている。

 祖母が亡くなったあとも、この木は毎年花を咲かせた。

 誰に見られるわけでもなく、庭の隅で。

 紗季が大学で家を離れていたときも。
 父が忙しく庭の手入れをしなくなったときも。

 それでも木は、変わらず冬に花をつけていた。

 社会人になってから、紗季は久しぶりにこの家へ戻ってきた。

 仕事は忙しく、毎日が慌ただしい。
 結果を求められ、評価を気にし、常に誰かと比べられる。

 気づけば、自分を大きく見せようとしていた。

 できる人に見えるように。
 弱くないように。
 遅れていないように。

 けれど、それはいつも少し苦しかった。

 縁側に戻り、紗季はもう一度庭を見る。

 黄梅は相変わらず静かだった。

 葉のない枝に、小さな黄色。

 目立とうとはしていない。
 誰かに褒められようともしていない。

 それでも、確かに庭の景色を変えている。

 もしこの花がなければ、この冬の庭はもっと寂しく見えるだろう。

 紗季は、ふと気づいた。

 祖母が言っていたことは、こういう意味だったのかもしれない。

 美しさには、いろいろな形がある。

 強く光るもの。
 遠くからでも目立つもの。

 けれど、静かにそこにあることで、誰かの心を温めるものもある。

 黄梅は、決して主張しない。

 それでも、その存在は確かだ。

 風が吹くと、細い枝がゆっくり揺れた。
 花は落ちることなく、小さく光っている。

 紗季は縁側に腰を下ろした。

 空はまだ冬の色のままだ。

 けれど、庭の隅には、やさしい黄色がある。

 控えめで、静かな光。

 それは決して弱さではない。

 むしろ、強く咲こうとする花よりも、長く心に残るものかもしれない。

 紗季は深く息を吐いた。

 無理に目立たなくてもいい。
 誰よりも華やかでなくてもいい。

 自分の場所で、静かに咲いていればいい。

 祖母の庭に咲く黄梅は、今日も変わらない。

 派手な春の花がまだ眠っているこの季節に、
 小さな黄色い光を灯しながら。

 それは、誰にも誇ることなく、ただそこにある。

 けれどその姿は、はっきりと語っている。

 控えめな美しさとは、静かに世界を温める力なのだと。

2月15日、3月6日の誕生花「デイジー」

「デイジー」

基本情報

  • 和名:ヒナギク(雛菊)
  • 学名:Bellis perennis
  • 科名/属名:キク科/ヒナギク属
  • 原産地:ヨーロッパ
  • 開花時期:3月〜5月(品種によっては秋〜春)
  • 花色:白、ピンク、赤、黄色、複色
  • 草丈:10〜30cmほど
  • 分類:多年草(日本では一年草扱いされることも多い)

デイジーについて

特徴

  • 中央の黄色い花芯と、放射状に広がる花びらが印象的
  • 小ぶりで親しみやすく、素朴な可愛らしさがある
  • 日中に花を開き、夜や曇天では閉じる性質をもつ
  • 丈夫で育てやすく、花壇や鉢植え、寄せ植えに多用される
  • 群生すると、地面に星を散らしたような景色になる
  • 子どもや春の野原を連想させる、明るくやさしい存在感


花言葉:「希望」

由来

  • 冬の終わりから春にかけて咲き、季節の移ろいと再生を象徴する花であることから
  • 小さな花でも寒さに耐えて咲く姿が、未来への前向きな気持ちと重ねられたため
  • 朝になると再び花を開く性質が、「新しい一日」「再び始まること」を連想させたことから
  • 野原や庭先に自然に広がり、明るい景色を作ることが、人の心を前向きにする存在として受け取られたため
  • 控えめながらも確かに咲く姿が、「大きくなくても失われない希望」を象徴すると考えられたため


「ひなぎくの朝」

 三月の終わり、まだ朝の空気に冬の名残がある時間帯だった。
 窓を開けると、冷えた風がカーテンを揺らし、土の匂いを運んでくる。私は少しだけ身をすくめ、それから庭に目を向けた。

 そこに、小さな白い花が咲いていた。

 デイジー――和名ではヒナギク。
 数日前までは、まだ地面に伏せるように葉を広げていただけだったはずなのに、今朝は確かに花を開いている。黄色い中心を囲む白い花びらは、驚くほど整っていて、まるで朝を迎える準備をずっと前から整えていたかのようだった。

 こんなに寒いのに、と思う。
 昨夜も遅くまで冷え込んでいた。吐く息は白く、霜が降りてもおかしくない気温だったはずだ。それでも、この小さな花は、何事もなかったかのように顔を上げている。

 私はコートを羽織り、庭に出た。
 近づくと、デイジーは一輪だけではなかった。気づかないうちに、あちこちに白い点が増えている。控えめで、主張は強くないのに、確実にそこにある。

 ——いつからだろう。
 こんなふうに、花をゆっくり眺めるようになったのは。

 思い返せば、忙しさを理由に、心の余白を削り続けていた気がする。未来のことを考える余裕もなく、過去を振り返る勇気もなく、ただ今日をやり過ごすことで精一杯だった。

 希望、という言葉が、どこか遠いものになっていた。

 デイジーは、朝の光を受けて、少しずつ花を開いていく。
 夜の間は閉じていた花弁が、まるで「また始まるよ」とでも言うように、静かに広がっていく。その動きはゆっくりで、急かすところがない。

 新しい一日。
 再び始まること。

 それは、何か劇的な変化を伴うものではない。昨日と同じ景色、同じ道、同じ空気。それでも、確かに「今日」は昨日とは違う。

 野原や庭先に、誰に頼まれるでもなく広がっていくこの花は、きっとそういう存在なのだろう。誰かを奮い立たせるために咲くわけでも、賞賛を求めるわけでもない。ただ、そこにあることで、景色を少しだけ明るくする。

 小さくても、消えない。

 私はしゃがみ込み、そっと土に触れた。冷たい感触が指先に伝わる。その中で、デイジーは根を張り、冬を越え、春を迎えたのだ。

 大きな希望はいらない。
 すべてがうまくいく未来を思い描けなくてもいい。

 それでも、朝が来て、花が開く。
 その繰り返しの中に、確かに前へ進む力がある。

 立ち上がると、日差しが少し強くなっていた。
 デイジーの白が、朝の光を受けて、柔らかく輝く。

 私は深く息を吸い、今日の予定を思い出す。やるべきことは多いし、不安が消えたわけでもない。それでも、心のどこかに、静かな灯りがともっているのを感じた。

 控えめながらも、確かにそこにあるもの。
 大きくなくても、失われないもの。

 それが、希望なのだろう。

 庭を後にして、私は家に戻る。
 振り返ると、デイジーは変わらず、朝の中で花を開いていた。

 明日もまた、きっと同じように。
 そう思えることが、少しだけ、嬉しかった。

エステティックサロンの日

3月6日はエステティックサロンの日です

3月6日はエステティックサロンの日

3月6日は、2016年にエステティック事業に関わる団体のエステティックサロン事業者懇談会(ESA)が記念日として制定しました。この日付は「サ→3 ロ→6 ン」という語呂合わせからです。この記念日の目的は、エステティックサロンを身近に感じて、それを通じてエステティシャンの素晴らしさを知ってもらうことです。さらには、日本にエステティック文化を根付かせること目指しています。

エステティック

エステティック

エステティックは、人の心にある「美しくなりたい」「若々しくなりたい」などの欲求や願望を実現、そして人々に幸せと満足感を持ってもらうためにエステティックにおいては、外的な施術以外も、心理的な作用も重視しているそうです。

総務省が定めた基準

総務省が定めた基準

エステティックの範囲は、国によって違ってきます。その境界は、各国の法律で定められています。そのなか日本では、2002年に総務省が定めた「日本標準産業分類」、エステティックは「手技又は化粧品・機器等を用い、人の皮膚を美化して体型を整える等の指導又は施術を行う事業所」と定められているそうです。

日本エステティック振興協議会

タオルワーク

日本エステティック振興協議会(一般社団法人)は、「エステティックとは、それぞれ異なる肌や身体、心などの特徴や状態を考慮しながら、手技や化粧品、栄養補助食品および、機器や用具等を用いて、人の心に満足と心地よさと安らぎを与え、共に肌や身体を健康的で美しい状態に保持または保護する行為」と定義しているそうです。

最近は男性もエステに

美への意識

元々は女性が、美への意識が高かったようですが、最近では男性もスキンケアなど美容や健康に関心が高まっています。しかも、サプリメントや器具が続々と登場し、さらには研究が進み各々体質や性別にあった製品ができています。現在でいうエステティックとは、健康的であることが前提で、身も心も美しくなるということだと思います!


「エステティックサロンの日」に関するツイート集

2026年の投稿

2025年の投稿

2024年の投稿

サンゴの日

3月5日はサンゴの日です

3月5日はサンゴの日
LisaによるPixabayからの画像

3月5日は、1996年に自然環境や野生動物の保護活動を担う公益財団法人・世界自然保護基金(WWF)によって制定され、その由来は珊瑚の宝石であるコーラルが、3月の誕生石として知られていることです。そして、日付は「サン(3)ゴ(5)」と読める語呂合わせからなります。

サンゴ

サンゴと共存する魚たち
Bruno /GermanyによるPixabayからの画像

サンゴは、刺胞動物門花虫鋼に属する生物で、色鮮やかで多数の枝分かれしているところから植物のようですが、動物の部類に入るそうです。また、分類される刺胞動物の中にはクラゲ、イソギンチャクなども含まれいて、触手である「ポリプ」と言われるもの持ち、本体には「刺胞」と呼ばれる毒のある針を備えています。

様々な形態で生きるサンゴ

サンゴに住み着く海藻
HansによるPixabayからの画像

サンゴの中には、触手で動物プランクトンを捕らえ、それを体内に取り込むことによって栄養とする種類がいます。他にも体内に小さな褐虫藻という藻類を住まわせて、その褐虫藻が光合成することにより得るエネルギーを貰って生きている種類もあるそうです。

サンゴ礁

alicia3690によるPixabayからの画像

サンゴ礁とは、サンゴが作り上げてきた石灰質の骨格が長期にわたり積み重なることで、海面付近まで浮き上がった「地形」のことだそうです。今、世界に存在するサンゴ礁は5000年以上生きているものが多くて、その分布範囲は世界100カ国以上の領域にあり、それを面積にして60万平方キロを超えるそうですよ。

サンゴ礁の役割

Chris MenzelによるPixabayからの画像

世界の海に生息する50万種の動物のうち4分の1はサンゴ礁域に生存しているといわれています。また、外洋で生息している魚の中に産卵や稚魚の育つ場所としても、このサンゴ礁を利用するものがあるようです。そして、サンゴ礁が「海の熱帯林」や「海のオアシス」と呼ばれているのは、サンゴがたくさんの生物に住み家や産卵場所を提供し、海洋生態系の中で重要な役割を担っているからだそうです。

サンゴの色

色取り取りのサンゴたち
seth0sによるPixabayからの画像

生きているサンゴは褐色や紫色、緑色など様々色をしています。実は体内に共生する「褐虫藻」というごく小さな単細胞藻類の色だそうです。サンゴは褐虫藻に住み家を提供し、そのかわりに褐虫藻が光合成によって作られた「酸素」や、「炭水化物」、「たんぱく質」などの栄養を受け取っています。

そして、その一部は粘液として体外に分泌して、小さな生き物たちの栄養分としています。こうして、海の豊かな生態系はサンゴがベースとなり、生き物たちが共存できているのでしょう。

サンゴを守ろう!

海洋汚染
Sergei Tokmakov, Esq. https://Terms.LawによるPixabayからの画像

現在、海水の温度上昇が影響している大きな問題に直面しています。それは、何かのストレスにより、褐虫藻が細胞内から脱出、あるいはサンゴ内で死滅するなど、サンゴ本来の色(白色)になってしまうというものです。いわゆる、これがサンゴの「白化現象」といわれるもので、これが地球温暖化による海水温の上昇が、一つの原因として指摘されているようです。

他にも「オニヒトデの異常発生による食害」「開発による土砂の流出や生活排水などによる海洋汚染」などもあります。その中でも、明らかに我々人間の手で起こしたことが原因である海洋汚染は、今後の人類にとって重大な問題であり、これを地球の住民として、解決するために行動する責務があると思います。


「サンゴの日」に関するツイート集

2026年の投稿

2025年の投稿

2024年の投稿

3月4日の誕生花「アザレア」

「アザレア」

基本情報

  • 植物名:アザレア(西洋ツツジ)
  • 学名:Rhododendron simsii など
  • 科名:ツツジ科
  • 属名:ツツジ属
  • 原産地:台湾(改良地:ベルギー、オランダ)
  • 開花時期:12月〜4月(主に冬〜春)
  • 花色:赤、ピンク、白、紫、複色など
  • 草丈:20〜80cm前後
  • 用途:鉢花(室内観賞用が主流)

アザレアについて

特徴

  • 冬から春にかけて、室内を華やかに彩る鉢花の代表格
  • 花は大輪で八重咲きやフリル咲きなど、華やかな品種が多い
  • 一方で、株姿はコンパクトで整っている
  • 寒さには比較的強いが、乾燥と過湿の両方に注意が必要
  • 直射日光を避けた明るい場所を好む
  • 花付きがよく、満開時は株を覆うように咲く


花言葉:「節制」

由来

  • 豪華に咲き誇る一方で、過度な日差しや水分を嫌う繊細さを持つことから
  • 適度な温度・水分管理が必要で、「ほどよさ」を保つことが美しさを保つ条件であるため
  • 冬の静かな季節に咲き、派手すぎず整った姿を見せることから
  • 花姿は華やかでも、株全体は落ち着いた印象で、内面の慎みを感じさせるため
  • 繊細な管理が求められる植物であり、行き過ぎを避ける心=節度ある在り方を象徴しているため


「ほどよい光のなかで」

 冬の午後は、音が少ない。

 窓の外には色を失った街路樹が立ち、空は薄く曇っている。冷たい空気が、ガラス越しに部屋の静けさを際立たせていた。

 その窓辺に、アザレアの鉢が置かれている。

 鮮やかな紅色の花弁が幾重にも重なり、まるで小さな炎のように咲いている。けれどその炎は激しく燃え上がるものではなく、手のひらで包めそうな、穏やかな灯りだった。

 この花を買ったのは、ほんの一週間前だ。

 会社の帰り道、商店街の花屋の前で足が止まった。店先に並ぶアザレアはどれも満開で、灰色の冬景色の中にあって、そこだけが春の断片のようだった。

 「室内で育てられますよ。ただ、水のやりすぎには気をつけてくださいね。乾燥もだめですけど」

 店主の言葉は、妙に心に残った。

 水をやりすぎてもいけない。やらなすぎてもいけない。

 ほどよく。

 その言葉は、どこか自分への忠告のように響いた。

 私は昔から、加減が下手だった。

 頑張ると決めたら、限界まで詰め込む。休むと決めたら、何もかも放り出してしまう。白か黒か、やるかやらないか。その両極の間にある曖昧な領域を、うまく歩くことができなかった。

 結果、体調を崩し、仕事も人間関係も、少しずつ歪んでいった。

 そんな折に出会ったのが、このアザレアだった。

 最初の朝、私は霧吹きを手に取り、慎重に土の様子を確かめた。表面がわずかに乾いている。けれど、指を差し込むと奥にはまだ湿り気が残っている。

 水をやるべきか、やらないべきか。

 迷った末、その日はやめた。

 翌日、少しだけ与えた。

 たっぷりではなく、足りないほどでもなく。鉢底から水が流れ出る寸前で止める。

 それだけのことなのに、妙に緊張した。

 数日経つうちに、花はさらに開き、株全体が丸く整ってきた。豪華でありながら、どこか控えめな佇まい。葉は深い緑で、光を柔らかく受け止めている。

 直射日光は避ける。けれど暗すぎてもいけない。

 暖房の風は当てない。けれど冷え込みすぎてもいけない。

 私は窓辺の位置を何度も調整し、カーテンの開け閉めを工夫した。

 世話を焼きすぎれば、根が傷む。放っておけば、蕾は落ちる。

 その絶妙な距離を探る日々は、まるで自分自身との対話のようだった。

 ある晩、残業で帰宅が遅くなった。

 部屋の灯りをつけると、アザレアが静かにそこにあった。朝と変わらぬ姿で、ただ在る。

 私は鞄を下ろし、しばらくその前に座り込んだ。

 豪華に咲いているのに、押しつけがましくない。

 美しいのに、誇示しない。

 その姿を見ていると、「もっと頑張らなければ」という焦りが、少しずつ溶けていった。

 節制。

 それは、我慢することではないのかもしれない。

 自分を削ることでも、欲望を押し殺すことでもない。

 行き過ぎないこと。

 足りなさすぎないこと。

 ちょうどよいところで、自分を留めておくこと。

 ある休日、久しぶりに友人からの誘いを断った。以前の私なら、無理をしてでも顔を出していただろう。断れば嫌われるのではないかと、不安になっていたはずだ。

 けれど、その日は違った。

 今日は休みたい、と素直に思えた。

 そして、それでいいのだと、静かに受け入れられた。

 午後、柔らかな冬の日差しが差し込む。

 カーテン越しの光が、アザレアの花弁を透かし、淡い影を床に落とす。

 私は温かい紅茶を淹れ、窓辺に腰を下ろした。

 花は何も語らない。ただ、そこに在る。

 過度な光を求めず、過度な水を欲しがらず、それでも精いっぱいに咲いている。

 私は、ふと思う。

 これまでの私は、誰かの期待という強い日差しを浴びすぎていたのかもしれない。あるいは、自分で自分に大量の水を注ぎ込み、根を溺れさせていたのかもしれない。

 足りないことを恐れ、与えすぎることで安心しようとしていた。

 けれど、本当に必要だったのは「ほどよさ」だったのだ。

 花は、今日も整った姿を保っている。

 豪華でありながら、慎ましい。

 華やかでありながら、静かだ。

 私は霧吹きを手に取り、細かな水滴を葉に与える。

 それは世話というより、確認に近い。

 あなたは元気ですか。

 私はどうですか。

 答えは、目の前にある。

 花は咲いている。

 私は、ここにいる。

 外はまだ冬の色だ。

 けれどこの小さな窓辺には、確かな温もりがある。

 行き過ぎない光のなかで、足りなさすぎない水のもとで。

 私は今日も、自分を少しだけ整える。

 豪華でなくていい。

 完璧でなくていい。

 ただ、ほどよい場所で、静かに咲いていればいいのだと。

 アザレアは、何も言わない。

 それでもその佇まいは、はっきりと語っている。

 節度とは、抑圧ではない。

 それは、自分を守るための優しさなのだと。

日本の通貨、円の日

3月4日は円の日です

3月4日は円の日です

1869年のこの日は、明治政府が貨幣を円形として金銀銅の貨幣を鋳造し、円で表す硬貨の制度を定めた日です。当時通貨政策担当の大隈重信は単位、「元」を提案していましたが、最終的に公文書で「円」が採用されて以後このまま定着したといわれています。

「新貨条例」で江戸時代の通貨が廃止

江戸時代からの通貨単位「両、分、朱、文」

1871年には、「新貨条例」を制定し、江戸時代からの通貨単位「両、分、朱、文」が廃止、そして、「円、銭、厘」に変更されました。また、硬貨の製造原価は公表してませんが、「1円玉」の製造コストは2~3円(アルミニウムの価格により変動)と言われています。

江戸時代のお金、小判

金貨(小判など)

江戸時代までの硬貨としては、その頃発行していた金貨(小判など)や銀貨(丁銀、豆板銀など)、銅貨(1文銭など)でしたが、その他も全国各地の大名は独自の「藩札」という紙幣も発行していました。そして、幕末時代になると外国製の銀貨が大量に流入しています。このために明治の初期には日本のお金の制度は大変混乱したといわれています。

小判から円へ

千円札

明治政府は、これまで使用されていた小判や両をやめ、日本全国で使われるお金の制度を統一することに着手します。そして、1871年5月に「新貨条例」というルールが公布され、「円、銭、厘」という新しい単位が決定します。さらに、古いお金を新しいお金に換算するのに便利なように「1両=1円」とし、円滑にお金の単位が移行されてきました。その当時は、アメリカの通貨である1ドルは、1両金貨と交換されていましたから、円の為替相場は「1ドル=1円」だったということです。

小判の価値は?

小判

過去の文献によれば、天正19年(1591年)3月当時の「1石(150kg)」あたりの米価は833文で、現代のお米5kgの価格を2,000円と仮定した場合「2,000円(5kg)×30=60,000円(1石)」となります。このようにお米の価値から換算すると「833文=60,000円」、「1文=約72円」という式ができます。小判→1両は4,000文ということなので「4,000文×72円=288,000円」。つまり当時の小判は、1枚あたり29万円ぐらいの価値があったということになります。

硬貨や紙幣から仮想通貨へ

通貨の価値

昔から人は、外食したり物を購入するときは、全国共通の価値があるお金を、目に見える百円硬貨や紙幣などを使っていました。ところが現在では、キャッシュレス化が世界的にも広がり始め、さらにはネット環境が整い、仮想通貨が現れ、世界単位での貧困差を生む各国の通貨さえ必要か!?とさえいわれ始めています。この先の未来では、このグローバル化が世界を一つにまとめ、差別のない秩序ある世の中ができるのを願います。


「円の日」に関するツイート集

2026年の投稿

2025年の投稿

2024年の投稿