12月8日の誕生花「ウィンターコスモス」

「ウィンターコスモス」

基本情報

  • 科名/属名:キク科/ビデンス属
  • 学名Bidens laevisBidens aurea など(流通名として「ウィンターコスモス」)
  • 英名:Winter Cosmos
  • 原産地:メキシコを中心とする世界各地
  • 分類:多年草
  • 開花時期:5月~1月(品種によって異なる)
  • 花色:白、淡黄、クリーム色、アプリコットなど
  • 和名・別名:ウィンターコスモスは園芸名で、正式には「ビデンス」

ウィンターコスモスについて

特徴

  • 寒い季節でも咲き続ける丈夫さを持つ。
  • 名前に「コスモス」とあるが、コスモス属とは別で、見た目が似ていることから名付けられた
  • 細長い茎の先に、ふんわりした一重の花をつけ、冬枯れの庭を明るく彩る。
  • 寒さや乾燥にも強く、長期間咲くためガーデニングで人気が高い。
  • 優しいパステルトーンの花色が多く、柔らかな雰囲気をつくる。
  • 花がしなやかに揺れ、儚げで温かみのある姿が印象的。

花言葉:「もう一度愛します」

由来

  • ウィンターコスモスは、他の花が終わる晩秋〜冬に再び咲くという特徴を持つ。
    →「冬にもう一度咲く花」「季節を越えて咲き戻る花」というイメージにつながった。
  • 優しい色合いで静かに咲き、過ぎ去った季節や思い出をやわらかく呼び戻すような雰囲気がある。
  • 一度終わったかのように見えても、また花をつける姿から、
    **「愛が戻る」「気持ちがもう一度芽生える」**という想像を重ねられた。
  • こうした性質と印象が重なり、
    **「もう一度愛します」「再び愛を告げる」**という花言葉が生まれたとされる。

「冬に咲き戻るもの」

冬の風が、庭の落ち葉をさらりと撫でていった。
 咲季(さき)はマフラーの端を握りしめ、実家の庭に出た。冷たさが頬を刺す。それでも、どうしても確かめたいものがあった。

 ――ウィンターコスモス。

 父が好きだった花だ。
 ほとんどの草花が枯れ、彩りを失ってしまう季節に、静かに、そして控えめに咲く。咲季はその花を見るたび、決まって父の穏やかな笑顔を思い出した。

 鉢のそばにしゃがんだとき、ふわりと淡い黄色が視界を照らした。
 「……咲いてる」
 思わず声が漏れる。

 父が亡くなって一年目の冬、咲季は庭仕事をする気力もなく、鉢は乾ききっていた。「もう今年は咲かないだろう」と諦めていたのに――。

 だが、ウィンターコスモスは、まるで季節を越えるようにして、再びここに戻ってきていた。
 小さな花弁が、凍える風の中で頼りなく揺れながらも、確かに息づいている。

 その姿に、胸の奥がじんと熱くなった。

 咲季はそっと花に触れながら、父の言葉を思い出す。
 「花はな、終わったように見えても、根っこが生きていればまた咲く。人の気持ちも同じだよ。時間が経ってから、ふっと戻ってくることがある」

 その言葉を聞いたのは、咲季が初めて失恋した高校生の頃だった。
 その時は、ただ慰めてもらっただけの記憶だったのに――今になってわかる。
 父はあの時、自分自身の気持ちの話もしていたのだ。

 母と喧嘩ばかりだった父。
 互いの気持ちは離れているように見えた。
 それでも、季節が巡るように少しずつ向き合い直し、気づけば二人の距離はまた元に戻っていた。

 「愛ってのは、戻ることもあるんだよ」
 笑ってそう言った父の声が、今でも耳に残っている。

 咲季は目を閉じ、深く息を吸った。冷たさと一緒に、土のにおいが胸に広がる。
 今年の冬は、父のいない初めての冬。でも、この花は「もう一度」を見せてくれている。

 枯れたかと思っても、再び花をつける。
 過ぎ去った季節をやわらかく呼び戻すように、そっと咲き戻る。

 ――「もう一度愛します」

 ウィンターコスモスの花言葉。
 その意味が、今日ほど胸にしみたことはなかった。

 咲季は立ち上がり、家の中に向かって声をかけた。
 「お母さん、見て。咲いてるよ!」
 振り返った母の頬も、少しだけ緩んだ。

 「あなたのお父さん、ほんとにこの花が好きだったわね」
 「うん。でも、たぶん私のほうが好きになっちゃった」

 母は驚いたように咲季を見つめ、それから静かに微笑んだ。
 その笑顔は、どこか父に似ていた。

 咲季はそっと鉢を抱え直し、心の奥で小さく呟いた。

 ――お父さん。
 あなたが残した“もう一度の花”は、ちゃんとここに咲いているよ。

 冬の空に、淡い黄色の花が揺れた。
 まるで、帰ってきた愛の証のように。

太平洋戦争開戦記念日

12月8日は太平洋戦争開戦の日です

太平洋戦争開戦の記念日

1941年の12月8日日本時間午前3時19分(現地時間7日午前7時49分)、日本軍がハワイ・オアフ島真珠湾のアメリカ軍基地を奇襲攻撃しました。以後、3年6ヵ月に及ぶ太平洋戦争が勃発しています。この日は他に「対米英開戦記念日」などとも呼ばれています。

太平洋戦争

太平洋戦争

太平洋戦争は、1941年12月8日に真珠湾攻撃から始まり、日本のアメリカとイギリスへの宣戦布告で幕が開けます。その後の1945年9月2日に日本の降伏文書調印により、終結しています。日本側の指導者たちは、この戦争を大東亜戦争と呼んでいます。

真珠湾攻撃

真珠湾攻撃

真珠湾攻撃は77年前の今日、12月8日にハワイのオアフ島真珠湾に停泊するアメリカ太平洋艦隊に向け、日本海軍の航空母艦を飛び立ちました。その攻撃機の数、350機が奇襲攻撃を開始しました。

真珠湾攻撃の概要と搭乗員たちの心情

真珠湾攻撃と山本五十六

真珠湾奇襲は、日本海軍による歴史的な攻撃で、わずか2時間足らずでハワイに停泊していた米艦隊と航空部隊を壊滅させました。この奇襲は日本の開戦初期において大きな戦果を挙げ、多くの日本国民が勝利に沸き立ちました。しかし、作戦に参加した搭乗員たちは、その成果にもかかわらず、浮かれることなく冷静な姿勢を保っていたとされています。

第二次世界大戦はアメリカの参加はなかった?

夜の真珠湾

第二次世界大戦は、ヨーロッパを戦場とする「ヨーロッパ戦線」、そして環太平洋を戦場とする「太平洋戦線」がありました。実際のところ日米の太平洋戦争は後者なのだそうです。また、世界で起こったこの2つの戦線には、非常に関係があるそうです。仮にもし、第二次世界大戦が勃発しなければ、太平洋戦争が起こる可能性は少なかったということです。おそらく、日本軍がどさくさ紛れに起こした戦争なのでしょう。


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クリスマスツリーの日

12月7日はクリスマスツリーの日です

12月7日はクリスマスツリーの日

日本で初めてクリスマスツリーが飾られたのは、1886年。この記念すべきツリーは、横浜明治屋によって用意されました。当時、横浜は日本を代表する国際的な港町であり、このクリスマスツリーは主に外国人船員のために設置されたと言われています。

明治屋

明治屋はマダムの御用達

株式会社明治屋は、東京都中央区に本社を置き、「食料品」「和洋酒類の小売」「製造販売」「輸出入」の業務を行っています。また更には、「船舶に対する納入業」「機械類の輸入販売」「不動産賃貸業」などの事業も行う会社です。

クリスマスツリー

クリスマスツリー

クリスマスツリーは、クリスマスを祝うために飾り付けられる象徴的な木です。その起源は、旧約聖書『創世記』に登場する「知恵の樹」に由来するとされています。この木は、知恵や命を象徴すると同時に、クリスマスのスピリチュアルな側面を表現しています。さらに、クリスマスツリーは「聖樹」という別名でも知られていて、キリスト教における神聖な木としての役割を反映した呼び名だといわれているそうです。近年では、伝統的なモミの木だけでなく、LEDライトを使った現代的なデザインのツリーも人気です。

クリスマスツリーの飾る時期

ツリーの装飾時期は?

キリスト教では、12月25日の4週前の日曜日~12月24日のクリスマスイブまでを、キリスト降臨までの準備期間で「待降節の期間」とされます。そして、この最初の日曜日にクリスマスツリーの飾り付けを始める人たちが多いそうです。その飾られたツリーは、年をまたいで1月6日の公現祭(十二夜)まで飾られるそうです。ちなみに公現祭は、「東方の三博士」がイエス・キリストの誕生を祝福した日であり、キリスト教の大切な日です。

ツリーと言えばイルミネーション

イルミネーションツリー

12月になると、クリスマスが意識され全国各地で、木や建物に電飾が付けられ幻想的なイルミネーションが夜に電灯され始めます。キリスト教には直接関わりはないですが、何故かこの時期はときめきますよね。


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シンフォニー記念日

12月6日はシンフォニー記念日です

12月6日はシンフォニー記念日

1914年のこの日、ドイツのベルリンから帰国した山田耕筰が、日本人初の作曲である交響曲「勝ちどきと平和」を発表しています。

シンフォニーとは?

意外と知らない音楽用語

シンフォニー(Symphony)は、日本語で「交響曲」や「調和」を意味します。特に音楽の分野では、管弦楽によって演奏される多楽章構成の大規模な楽曲を指します。交響曲は、クラシック音楽の中でも代表的なジャンルであり、その壮大なスケールや豊かな表現力で多くの人々を魅了してきました。

山田耕作、日本を代表する作曲家が切り開いた西洋音楽の道

志村けんが演じる山田耕作

山田耕筰は、日本を代表する作曲家であり、そして指揮者として、日本の音楽史に大きな足跡を残しました。彼のメロディーは、日本語の抑揚を活かした独特な特徴を持ち、多くの名曲を生み出しました。また、山田耕筰は日本初の管弦楽団を創設、西洋音楽の普及に尽力しました。彼の功績は、日本のクラシック音楽の発展において欠かせないものです。

日本人初の交響曲「勝どきと平和」と山田耕作の功績

勝どきと平和

山田耕作は、1912年にベルリン留学中に「序曲」を完成させ、その後の卒業制作として日本人初の交響曲である「勝どきと平和」を作曲しました。この作品は、日本の音楽史において非常に重要な位置を占めており、クラシック音楽の発展に大きく貢献しました。

交響曲ヘ長調《かちどきと平和》Symphony in F “Triumph and Peace”

山田耕筰作品集 Craftone Editionについて

日本の音楽を変えた山田耕作

シンフォニー記念日

山田耕作は、大正から昭和の時代に日本の音楽に対し、制作と演奏の両面で大きな功績を果たしています。おそらく、当時の日本人には受け入れられることは非常に難しいものだったと思います。それを少しでも日本人が受け入れられるようにミックスしたりアレンジすることで慣らして今に残る名曲を作り出したのでしょう。もしかすると、J-POPもこの方が原点なのかもしれませんね。


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バミューダトライアングルの日

12月5日はバミューダトライアングルの日です

12月5日はバミューダトライアングルの日

1945年12月5日、アメリカ海軍のアヴェンジャー雷撃機5機が訓練飛行中に突然消息を絶つという衝撃的な事件が発生。この事故は、「フライト19事件」として知られ、未解決のミステリーとして多くの人々を惹きつけています。事件は、バミューダトライアングル(魔の三角地帯)で起こったとされ、その謎は今も解明されていません。

バミューダトライアングル

バミューダトライアングルの生存者が語る

バミューダ海域は、「フロリダ半島の先端」大西洋にある「プエルトリコ」「バミューダ諸島」の三点を結ぶ三角形の海域です。この海域は、100を超える船や飛行機が行方不明になったといわれ、魔の三角海域「バミューダトライアングル」として有名になりました。

謎のトライアングル

世界のミステリー

バミューダトライアングルは、ほとんどの事件が悪天候や人為的なミスによるものとされ、謎だけが一人歩きしている傾向があります。しかし、それでも全ては未だに解決していません。元々バミューダの謎を有名にしたのは、1945年のアメリカ海軍の雷撃機5機と乗員14名の失踪は、その後に潜水夫が海底で5機全ての残骸を発見したとにより、事故であったことが証明されています。

魔のトライアングルの原因は何!?

バミューダトライアングルの新事実

バミューダ海域が、魔のトライアングルと呼ばれるようになった原因はメタンハイドレートといわれています。それは、北欧ノルウェー沖のバレンツ海で天然ガスの爆発でできたと思われる複数の巨大クレーターが発見されています。ノルウェー北極大学研究チームは、この発表で魔の海域として知られている「バミューダ・トライアングル」の謎も似たような現象で起きたのではないかと議論されているそうです。

謎に包まれると色々と想像が広がる

バミューダトライアングルの想像の世界

映画「バトル・オブ・バミューダトライアングル」

バトル・オブ・バミューダトライアングル

謎に包まれる事件があると人は、必ずフィクション映画が生まれて大ヒットしています。例えば、「バトル・オブ・バミューダトライアングル」や、太平洋戦争の話で「ファイナル・カウントダウン」などのような映画が、人の想像力が沸いてきて魅力を感じますね。


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12月4日の誕生花「サザンカ」

「サザンカ」

基本情報

  • 学名:Camellia sasanqua
  • 科名:ツバキ科
  • 分類:常緑広葉樹(小高木)
  • 原産:日本(本州南部〜沖縄)
  • 開花期:10月〜12月(秋〜冬)
  • 花色:白、桃、赤、絞りなど
  • 別名:カタシ(刈安)、茶梅(チャバイ)

サザンカについて

特徴

  • ツバキよりもやや小さめの花を咲かせ、花びらが一枚ずつ散るのが特徴。
  • 甘い香りを持つ品種が多く、冬の庭に香りを添える。
  • 寒さに強く、冬にも花を咲かせ続ける生命力がある。
  • 葉は小さく硬めで、縁に細かな鋸歯がある(ツバキとの大きな違い)。
  • 生垣としても利用され、風に強く、育てやすい。
  • 厳しい冬の時期に虫や鳥たちの貴重な蜜源となる。

花言葉:「ひたむきな愛」

由来

  • 冬の寒さにも負けず、長い期間ずっと咲き続ける姿から
    → ひとりの相手を思い続けるような「ひたむきさ」を連想したため。
  • 花びらが一枚ずつ静かに散る様子が、
    静かで控えめだが、揺るがない愛情を思わせたため。
  • 冬の庭に明るい色を添え、周囲をそっと支えるように咲く姿から
    健気でまっすぐな愛の象徴とされた。

「冬に灯る花」

初雪が降った朝、紗耶は庭に出た。白い息を吐きながら、指先でそっとサザンカの花びらに触れる。冬の冷たい空気の中でも、その花はほんのりと温かさを宿しているように見えた。

 「……今年も、咲いてくれたんだね」

 小さくつぶやくと、花へ向けた声が雪に吸い込まれていく。サザンカは、まるで紗耶の言葉に応えるように、風に揺れてかすかな香りをこぼした。

 この家に戻ってきたのは、三年ぶりだった。仕事に追われる毎日で、季節の移ろいを感じる余裕すらなかった。けれど一週間前、ふと思ったのだ。
 ――あの花は、今年も咲いているだろうか。

 サザンカは、紗耶が祖母と一緒に植えた花だった。寒い冬でも花をつけるその力強さを、祖母は「ひたむきさ」と呼んでいた。

 「どんな季節でもね、人は支えてくれる誰かがいるだけで、咲けるんだよ」

 祖母の言葉はやわらかくて、温かくて、雪が積もる庭先に何度も蘇った。

 その祖母が亡くなって三度目の冬。帰ってくるたびに花は変わらず咲いていて、紗耶は胸がぎゅっと痛くなる。あの日、自分は祖母の最期に間に合わなかった。
 「仕事が落ち着いたら必ず行く」と言いながら、ずっと先延ばしにしてしまった。

 サザンカの花びらが一枚、雪の上に落ちた。小さくて、あまりに静かで、凛としている。花は潔く散るのではなく、一枚ずつ丁寧に、見守るように地面へ降りていく。
 紗耶は思わず膝をつき、その花びらを拾い上げた。

 「……おばあちゃん、ごめんね」

 言葉にした瞬間、張り詰めていた胸の奥がほどけていくようだった。雪は静かに降り続き、景色はどんどん白く染まっていく。

 そのとき、ふと気づいた。冷たいはずの冬の庭に、ほんのりと明るさがある。赤や桃色のサザンカの花が、小さな灯りのように点々と咲いているのだ。

 祖母はいつも言っていた。
 「冬の花はね、人を励ますために咲くんだよ。寒さをわかっているからこそ、そっと寄り添うの」

 紗耶は掌の中の花びらを見つめる。
 ひたむきに咲き続ける姿。
 静けさの中で落ちる花びら。
 そして、冬の庭に色を与える健気さ。

 ――サザンカは、まるで祖母のようだ。

 「私、やっとわかったよ。おばあちゃんの言ってたこと」

 涙が頬を伝う。けれどその涙は、どこか温かかった。
 祖母はもういない。けれど、残してくれたいくつもの言葉も、過ごした時間も、この花も――ひとつも消えていない。

 紗耶は立ち上がり、ゆっくりとサザンカの前にしゃがんだ。

 「来年も、また会いに来るね」

 雪の中、サザンカの花が揺れた。まるで「忘れないで」と伝えるように。

 しかし、紗耶はもう知っている。
 忘れないのは自分のほうだ。
 ひたむきに咲く花のように、祖母への想いは胸の奥で静かに息づき続けている。

 冬の庭で、小さな色が灯っていた。
 それは失われたものではなく、受け継がれ、そっと寄り添うように残り続ける“愛”の形だった。

血清療法の日

12月4日は血清療法の日です

12月4日は血清療法の日

1890年のこの日は、「北里柴三郎」と「エミール・ベーリング」が連名で破傷風ジフテリアの血清療法の発見を発表した日です。

血清療法ってなに?

血清療法とは

血清療法は、まず菌体を少量ずつ動物に注射し、血清中に抗体を生み出し摘出します。そして、その抗体にある血清を患者に注射することによって、体内の毒素を中和して無力化する治療法です。

北里柴三郎

北里柴三郎

北里柴三郎は、全身を痙攣させる病気である破傷風の予防と治療方法を開発した人です。またその前に北里氏は、1889年に世界で始めて破傷風菌だけを増やすことに成功しています。

破傷風

感染症の研究

破傷風とは、傷口から体中に侵入した破傷風菌と呼ばれる細菌が、全身の筋肉を痙攣させます。これが悪化すると呼吸ができなくなり、死に至る大変恐ろしい病気です。

破傷風の治療

破傷風の治療

破傷風を予防と治療をするためには、破傷風菌だけを増やし、詳細を調査する必要があります。したがって、北里氏は破傷風菌を調べることで、破傷風の予防や治療方法を開発しました。そして、多くの人々を破傷風の恐怖から救ったといわれています。

2020年の脅威は新型コロナウイルス

新型コロナウイルス治療

2020年以降の脅威は、インフルエンザを上回る感染力で人々を震え上がらせている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)です。現時点では、ワクチンの研究は進み、世界各国で使用されようとしています。しかし、専門の特効薬はまだ開発されていません。ワクチンは、感染者を減らすことはできても、死者を無くすことは出来ません。今後、北里氏のような研究者が登場してきっと、人々を安心させてくれると信じています。


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「暮らしに除菌を」の記念日

12月3日は「暮らしに除菌を」の記念日です

12月3日は「暮らしに除菌を」の記念日

毎年、この時期にインフルエンザの流行が始まり、2020年は新型コロナウイルスの世界的な感染が起きたことから、 香料製品の企画と製造、アルコール除菌剤「暮らしに除菌を」を製造販売の株式会社プラネットが制定しています。この日付は「1に手洗い 、2にうがい、 3に除菌」ということを衛生的な生活習慣を目指すために決められています。

感染症について

感染症対策

感染症とは、ウイルスや細菌などの病原体が体内に侵入して増殖することにより、発熱や下痢、咳などの症状が出ることです。感染症には、インフルエンザなど人から人に感染するほか、破傷風などのように人から人にではなく、傷口または動物や昆虫から感染する感染症も呼びます。感染して発病する場合もあれば、ほとんど症状がでずに終わってしまう場合もあります。

感染源や経路

接触による感染

感染症の種類により、病原体の体内へ侵入の経路が各々違ってきます。それは大きく分けて2つに分類すると、人同士感染症と、それ以外の感染症があります。特に人同士の感染症は、「接触感染」「飛沫感染」「空気感染」の3つの経路があります。それを予防するために感染経路を断ち切るために除菌対策などが必要となってきます。

除菌対策

除菌対策

除菌対策というと、外出するときのマスクや最近では「ソーシャルディスタンス」、「咳エチケット」が重要とされていますが、自宅での対策帰っても手洗いとアルコール消毒は最低限必要な対策とされています。

外出先での対策

  1. マスク着用
    ウイルスや飛沫感染を防ぐ基本的な対策です。特に人混みや公共交通機関では必須です。
  2. ソーシャルディスタンス
    他人との距離を1~2メートル保つことで、直接的な接触や飛沫感染のリスクを低減します。
  3. 咳エチケット
    咳やくしゃみをする際には、マスクやハンカチ、肘の内側を使って飛沫を抑えるようにしましょう。

自宅での対策

  1. 手洗い
    帰宅後や食事前には、石鹸を使って20秒以上かけて手をしっかり洗うことが重要です。
  2. アルコール消毒
    手洗いでは落としきれないウイルスをアルコール消毒液で補完することが有効です。また、ドアノブやスイッチなど手が触れる箇所も定期的に消毒すると良いでしょう。
  3. 換気
    室内の空気を新鮮に保つために、1日数回窓を開けて換気を行うことが推奨されます。
  4. 清掃
    家具や床を定期的に拭き掃除し、ホコリや菌が溜まらないようにします。
  5. 健康管理
    バランスの取れた食事や十分な睡眠を心がけ、免疫力を維持することも重要です。

2020年はコロナ対策で飛躍の年!?

ソーシャルディスタンス

2020年は年始めから一年中、新型コロナ感染症によるパンデミックの年であり、2021年の12月以降もなお「デルタ株」、さらには「オミクロン株」が新たに拡がりつつあります。ここ数十年ににない感染の拡がり方は、世界経済をパニックに陥れ、大幅に株価や為替が下落しました。そして、最終的に世界大戦やリーマンショックなどをしのぐほどの大不況に陥りました。

新しい生活環境の構築

日常の感染対策

これを機に人々は、医療体制の強化や除菌対策、ソーシャルディスタンスなどによる自己防衛のすべを学んでいます。これからもコロナはもちろん、インフルエンザなどにも負けない体制が、経験を元に強化されていくのだと私は信じています。


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日本人宇宙飛行記念日

12月2日は日本人宇宙飛行記念日です

1990年のこの日、TBSの秋山豊寛さんを載せた同時のソビエト連邦「ソユーズTM-11号」が打ち上げられた時に、日本人で初の宇宙飛行として成し遂げています。

ソユーズTM-11号

ソユーズ

ソユーズTM-11は、「宇宙ステーション・ミール」への往来を目的とし、今回は11回目の有人ミッションとなっています。そして、その時にTBSのジャーナリストである宇宙飛行士の「秋山豊寛」が、日本人初の宇宙飛行をしました。また、その様子は特別番組の「日本人初!宇宙へ」で放映されています。

宇宙飛行士はどんな仕事?

宇宙飛行士の仕事

宇宙飛行士は、様々な仕事を行っています。まず、「宇宙船の運用」「国際宇宙ステーションの運用」「宇宙での実験や観測」などが主な仕事です。そして、国際宇宙ステーション内だけの作業ではなく、危険な船外でも色々な業務を行っています。 また、各々ある仕事は個々ではやらなく、仲間同士で共同作業をして重要な業務を進めていきます。

日本人初、NASAのスペースシャトル搭乗

スペースシャトル

1992年、毛利衛宇宙飛行士が日本人初のNASAのスペースシャトル搭乗し、8日間宇宙飛行しました。同時は、「搭乗科学技術者」の資格を取得し、材料実験などのスペシャリストとして、アメリカ人のクルーと共同で作業しています。日米の開発した装置で実験などを行い、宇宙空間の特性を利用した日本側34テーマと米国側7テーマ、そして日米共同実験テーマなど合わせて43のテーマを軌道上で実験を行いました。

若田さん、古川さんが再び宇宙へ!

若田さん、再び宇宙へ

宇宙航空研究開発機構(JAXA)より20日にオンライン記者会見を開き、宇宙飛行士の「若田光一」さんは2022年、「古川聡」さんは2023年にと各々国際宇宙ステーション(ISS 日本実験棟『きぼう』)に長期滞在すると発表しています。そして若田さんは、日本人最多記録を更新する5回目の宇宙飛行となり、「心から感謝している。今回は船外活動をぜひ実現したい」と述べています。

宇宙旅行で地球をインスタ映え!

宇宙船外の作業

子供の頃は、アニメなどで星から星へと簡単に旅をしている夢のようなシーンがありました。それが現在では、宇宙旅行でスマホで地球をバックに記念に「パシャり」ってインスタグラムに載せて『いいね』が大量に付くう日も、もはや数年後かもしれません。


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9月9日、12月1日の誕生花「キク」

「キク」

基本情報

  • 学名Chrysanthemum morifolium(和菊の代表種)
  • 科名:キク科
  • 原産地:中国
  • 開花期:9月~11月(秋を代表する花)
  • 花色:白、黄、赤、紫、ピンクなど多彩
  • 利用:観賞用(庭園、切り花、仏花、茶花)、食用(食用菊)、薬用

日本へは奈良時代頃に中国から伝わり、平安時代以降は貴族の間で観賞されました。江戸時代には品種改良が進み、多様な形や色の菊が作られました。

キクについて

特徴

  1. 多様な花姿
    一重咲きから八重咲き、大輪や小輪、細管のような花びらや糸のように繊細なものまで、変化に富む。
  2. 長寿や繁栄の象徴
    中国では「四君子」の一つとされ、気品や節操を表す花。日本では天皇家の御紋(十六八重表菊)に用いられ、「菊花紋章」として高貴さの象徴。
  3. 強い生命力
    切り花でも長持ちし、仏花や供花としても広く親しまれている。

花言葉:「高貴」

由来

キクに「高貴」という花言葉が与えられた背景には、以下の理由があります。

  1. 天皇家の象徴
    菊花紋章は天皇および皇室のシンボルであり、古くから権威や高貴さを表してきた。
    → 菊は「高貴な家柄」や「格式の高さ」と直結する花となった。
  2. 品格ある花姿
    放射状に整然と広がる花弁は、端正で気品のある印象を与える。特に白や紫の菊は清楚で凛とした美しさを持つ。
  3. 文化的背景
    中国では菊が「君子の花」とされ、節操を保つ姿の象徴とされたことが、日本にも影響を与えた。

「菊花の紋の下で」

秋の澄んだ空気の中、宮中の庭には白い菊が一面に咲き誇っていた。香りは控えめでありながら、どこか背筋を正させるような清らかさを放っている。

 今日、この庭に足を踏み入れたのは、地方から選ばれて上京した一人の青年、悠真であった。代々続く家に生まれたが、決して高い身分ではなく、ただ学問と誠実さを買われて宮廷の小役人に任じられたに過ぎない。

 しかし彼の胸を占めていたのは誇らしさではなく、不安だった。自分のような者が、この由緒ある場にふさわしいのだろうか――。

 庭の奥で、彼は一人の老臣と出会った。長く仕え、今は引退に近いその男は、悠真のためらう心を見透かしたように微笑んだ。
「迷いを抱えているのか」
「はい。私は、ここに立つにはあまりに小さな人間です」
「ふむ。しかし小さきものをも包み込むのが、この菊花の紋の意味だ」

 老臣は庭の中央に咲く大輪の菊を指差した。放射状に整った花弁が、白い光の輪のように広がっていた。
「菊は古来、皇室の象徴であり、‘高貴’を表す花とされてきた。しかしなぜか、わかるか?」
「……気品があるから、でしょうか」
「それもある。しかし真の理由は、菊が誰にでもその美を見せ、長く咲き続けるからだ。権威や格式はもちろんだが、同時に人々に寄り添い続ける花なのだよ」

 悠真は目を見開いた。高貴とは、ただ高みにあることではない。周囲を照らし、人を導き、誰もが仰ぎ見る存在になること――それが菊に託された意味だった。

 ふと吹いた秋風に、花弁が揺れる。白い花びらは、一斉に同じ方向を向き、天へと気高く伸び上がるように見えた。その姿に、悠真の心は静かに奮い立った。

 その後、彼は宮廷で小さな役目を一つひとつ誠実に果たし、次第に人々から信頼を得ていった。決して派手な功績ではない。だが彼の態度は、白菊のように清らかで凛としていた。

 数年後。老臣の言葉を思い出しながら悠真は、庭の菊を前に深く頭を垂れた。
「私はまだ小さな存在かもしれない。しかし、この花のように誠実でありたい。人に寄り添いながら、気品を失わずに生きていきたい」

 その瞬間、頭上の雲間から陽が差し込み、菊の花々が輝いた。彼の決意を祝福するかのように。