「シンビジウム」

基本情報
- 科名/属名:ラン科/シンビジウム属
- 学名:Cymbidium
- 原産地:アジア、オセアニア(現在の交配種のもとになった原種は主にインド、ネパール、ミャンマー、中国、タイ)
- 分類:常緑多年草(洋ラン)
- 開花時期:冬〜春12月~4月(3月~4月がピーク)
- 花色:白、黄、緑、ピンク、赤、褐色など多彩
- 用途:鉢花、切り花、贈答用として人気
シンビジウムについて

特徴
- ランの中でも寒さに強く、比較的育てやすい種類。
- 背筋を伸ばすように花茎が立ち上がり、整った姿で花を連ねる。
- 花は派手すぎず、落ち着いた色合いと上品な質感をもつ。
- 香りは控えめで、近づくとほのかに感じられる程度。
- 花持ちが非常によく、1か月以上楽しめることも多い。
- 冬の室内を静かに彩る存在として親しまれている。
花言葉:「飾らない心」

由来
- シンビジウムは、ランの中では奇抜さや誇張のない花姿をしている。
→ 華美に主張せず、自然体で咲く姿が「飾らない心」を連想させた。 - 花が整然と並び、誠実さ・端正さを感じさせる佇まいを持つ。
- 香りや色合いも控えめで、近くで見てこそ美しさが伝わる点が、
内面の美しさを大切にする価値観と結びついた。 - 冬の寒い時期に黙々と咲き続ける姿から、
見返りを求めず、静かに思いを伝える心の象徴とされた。
「静かな花のそばで」

冬の朝は、音が少ない。
窓の外で風が動いているはずなのに、世界は息を潜めているようだった。
真白はストーブのスイッチを入れ、ダイニングの片隅に置かれた鉢植えに目を向けた。
シンビジウム。祖父が亡くなったあと、祖母から譲り受けた花だ。
「派手じゃないけどね、長く一緒にいてくれる花なの」
そう言って祖母は微笑んだ。
確かにこの花は、最初に目を引くような鮮烈さはない。色も香りも控えめで、静かに整って咲いている。
けれど、毎朝目にするたび、真白の心は不思議と落ち着いた。

祖父は寡黙な人だった。
言葉数は少なく、感情を大きく表に出すこともなかった。
それでも、雨の日には黙って傘を差し出し、寒い夜には何も言わずにストーブの灯油を足してくれる人だった。
真白は子どもの頃、その優しさに気づかなかった。
もっと分かりやすく褒めてほしかったし、もっと言葉で愛情を示してほしかった。
けれど、大人になってから、祖父の背中を思い返すたび、胸の奥に静かな温かさが広がる。
シンビジウムの花茎は、背筋を伸ばすようにまっすぐ立ち、花が整然と並んでいる。
どれも同じ方向を向き、互いに競うこともなく、ただそこにある。
「……似てるね」

真白は小さく呟いた。
祖父の生き方と、この花はよく似ている。
誇らず、飾らず、誰かに見せるためではなく、ただ自分の役目を果たすように咲く。
指先で葉の縁に触れると、ひんやりとした感触が伝わる。
香りはほとんどない。
でも、近づいてじっと眺めていると、花びらの質感や色の重なりが、少しずつ心に染み込んでくる。
――近くで見てこそ、わかる美しさ。
それは、人も同じなのかもしれない。
真白は最近、自分が無理に飾ろうとしていることに気づいていた。
職場では明るく振る舞い、期待に応えようとして疲れていた。
本当は静かに考え、丁寧に向き合うほうが性に合っているのに、それを弱さだと思い込んでいた。
けれど、冬の寒さの中でも黙々と咲き続けるこの花を見ていると、そんな考えが少しずつほどけていく。

見返りを求めなくてもいい。
大きな声で主張しなくてもいい。
静かに、誠実に、自分の場所で咲いていればいい。
祖父も、きっとそうやって生きてきたのだろう。
真白は花に向かって、そっと頭を下げた。
「教えてくれて、ありがとう」
誰にともなく向けた言葉だったが、心は不思議と軽くなった。
窓の外では、冬の光がゆっくりと昇っている。
シンビジウムの花びらが、その光をやさしく受け止め、静かに輝いた。
飾らない心。
それは、何も足さず、何も隠さず、ただそこに在るという強さなのだと、真白は初めて理解した。
今日もこの花は、変わらず咲いている。
誰かに誇るためではなく、ただ、ここで。