「アングレカム」

基本情報
- 学名:Angraecum
- 科・属:ラン科アングレカム属
- 原産地:マダガスカル、赤道以南のアフリカ大陸東部
- 種類:主に着生ラン(樹木の幹や枝に根を張って育つ)
- 代表種:アングレカム・セスキペダーレ(ナタレア)、アングレカム・レオニス など
- 開花期:主に冬〜春
- 花色:白(透明感のある純白が多い)
- 香り:夜に強まる甘く清らかな香りを持つ種が多い
アングレカムについて

特徴
- 純白の星形の花を咲かせ、神秘的で清楚な雰囲気を持つ。
- **長い距(花の後ろに伸びる細い管)**が特徴的。特にセスキペダーレは30cm近くまで伸びる。
- 夜咲き・夜に香りが強くなる性質を持ち、夜行性のスズメガに受粉してもらうための進化。
- 香りはバニラのように甘く柔らかいものが多い。
- 着生ランのため、木の皮や流木に着けて育てることも多い。
- 花持ちが良く、白さが長く続くため「変わらない美しさ」を連想させる。
- 花姿の気品から「マダガスカルの星」と呼ばれることもある。
花言葉:「いつまでもあなたと一緒」

由来
- 夜に咲き、夜に香る性質から、暗い中でも相手を求めつづける花として「長く変わらない想い」を象徴するため。
- 純白で星のような花姿が、永遠に光る“星のきらめき”を連想させることから、永続的な愛・絆を表すと考えられている。
- 長い距を持つ花と特定のスズメガとの強い結びつき(ダーウィンの予言で有名)が「お互いが唯一の相手」であるかのように語られ、永遠のパートナーシップの象徴とされた。
- これらの性質から、「いつまでもあなたと一緒」「永遠の絆」といった花言葉がつけられたといわれる。
「星の距(きょ)の約束」

夜の温室は、昼とはまるで違う顔をしていた。ガラス越しに落ちる月明かりが、白い花々を淡く照らし、静かな呼吸のように光が揺れる。その中央で、ひときわ白く輝く花――アングレカムが、夜気を吸い込むようにそっと開いていた。
澪(みお)は、温室の扉を静かに閉めた。閉館後のこの場所だけは、彼女がひとりになれる時間だった。
「……咲いてる」
小さく呟くと、花はまるで応えるように甘い香りを放った。昼にはほとんど気づかれないその香りが、夜になると急に鮮やかになる。まるで、誰かを探すように。
澪はベンチに腰を下ろし、深く息をついた。今日、恋人の遼(りょう)が遠い国へ赴任することが決まった。いつ戻るかもわからない。
別れではないと頭ではわかっている。けれど、いつも隣にあった温もりが、急に遠ざかってしまうことが怖かった。

アングレカムに視線を戻す。
純白の星のような花。細く長い距が、月光を受けて銀色に光っている。
澪はこの花が好きだった。夜にだけ強く香り、暗闇の中でも誰かを求めるように咲き続けるその姿に、いつも励まされてきた。
「暗い時間にも、ちゃんと誰かを探してるんだね」
そう呟いたとき、彼女の胸に遼とのある会話が浮かんだ。
――“星って、見えなくてもそこにあるだろ?”
――“離れても、同じ空を見てるって思えたらいい”
あの言葉を思い出すと、胸がきゅっと痛む。
永遠なんてものは、手を伸ばせば壊れてしまいそうで。信じたいのに、信じきれない自分がいる。
そのとき、ぱさりと音がした。
入口の方で、遼が立っていた。
「ここにいると思った」
月明かりの中、彼の声は少しだけ震えていた。

澪は驚いて立ち上がった。
「どうして……?」
「話したいことがあって」
遼はゆっくりと温室に入ってきて、アングレカムの前で立ち止まった。
「この花、ずっと好きだって言ってたよね」
「うん。……夜でも誰かを求めて咲くから」
「距が長い理由、知ってる?」
遼は花の後ろに伸びる細い管を指で示した。
「この花はさ、ひとつのスズメガにしか届かない香りを出すように進化したんだって。たった一匹のためだけに、長い距になった。ダーウィンが昔、そういう蛾がいるはずだって予言したらしい」
澪は目を瞬かせた。
「……唯一の相手ってこと?」
「そう。何千の花があっても、何千の蛾がいても。互いに必要なのは、ただ一つ」

遼は深く息を吸い、澪に向き直った。
「俺たちも、そうでいたい」
月光の下で、その声はまっすぐだった。
「離れてても、会えなくても……ずっと、一緒にいたい。俺はそう思ってる」
澪の胸が、じんわりと熱くなった。
涙がこぼれそうになりながら、彼女はアングレカムを見つめた。
夜の花は、変わらない白さでそこに咲き続けている。暗闇でも香りを手放さず、遠くの相手を呼び寄せるように。
「……私も」
声は震えていたが、嘘ではなかった。
「遼がどこにいても、ちゃんと見つけるよ。星みたいに、ここで光ってるから」
遼は微笑んだ。その笑顔は、夜の花よりも優しく澪の心を照らした。
二人はしばらく並んで花を見つめた。甘い香りが静かに広がり、温室の空気がゆっくりと満ちていく。
やがて遼が手を伸ばし、澪の指をそっと握った。
「いつまでも、一緒にいよう」
「……うん。いつまでも」
夜の温室に、白い花がひっそりと咲いていた。
その香りは、遠く離れた二人の未来を結ぶ、目に見えない距のように伸びていく。
星のように、消えずに。
永遠の絆をそっと灯しながら。