「フクジュソウ」

基本情報
- 和名:フクジュソウ(福寿草)
- 学名:Adonis ramosa(日本産)
- 科名:キンポウゲ科
- 原産地:日本・東アジア
- 開花時期:2〜4月(早春)
- 花色:鮮やかな黄色
- 生育環境:落葉樹林の林床、寒冷地を好む
- 分類:多年草(山野草)
フクジュソウについて

特徴
- 雪解けとともに咲く、早春を告げる花
- 光沢のある黄色い花弁が太陽の光を反射する
- 日光に反応して花が開閉する性質をもつ
- 草丈は低く、地面に寄り添うように咲く
- 寒さに強く、厳しい冬を越えて毎年花を咲かせる
花言葉:「幸せを招く」

由来
- 「福」と「寿」の字を含む名前そのものが吉祥を表すことから
- 新年や早春に咲き、良い一年の始まりを象徴する花とされた
- 冬の終わりに光のような花を咲かせる姿が希望を連想させた
- 厳しい環境を越えて咲く性質が、幸運や喜びを呼び込むと考えられた
「春を迎えにくる花」

その年の冬は、例年よりも長く感じられた。雪は何度も降り、溶けては凍り、街の色を奪ったまま居座り続けていた。梓は窓辺に立ち、白く濁った空を見上げながら、小さく息を吐いた。
「今年も、なかなか春は来ないね」
独り言のようにつぶやきながら、彼女はコートを羽織った。今日は祖母の家に寄る約束がある。新年の挨拶はすでに済ませていたが、祖母が「庭を見においで」と電話で言ったのが、少し気になっていた。
郊外にある祖母の家は、雪に包まれていた。玄関を開けると、薪ストーブの匂いとともに、祖母のやさしい声が迎えてくれる。
「よく来たね」

温かいお茶を一杯飲んだあと、祖母は梓を庭へ連れ出した。雪はまだ残っているが、ところどころ土が顔を出している。
「ほら、あそこ」
祖母が指さした先に、梓は思わず目を凝らした。雪の隙間から、黄金色の花が小さく咲いていた。
「フクジュソウ……?」
「そう。福寿草だよ」
花は低く、地面に寄り添うように咲いている。それでも、花弁は光を受けてきらきらと輝き、まるで小さな太陽のようだった。
「名前に“福”と“寿”が入っているでしょう。昔から、縁起のいい花として大切にされてきたんだよ」
祖母はそう言って、穏やかに笑った。
梓はその言葉を聞きながら、ここ数年の自分を思い返していた。仕事は順調とは言えず、努力しても報われないような気持ちが続いていた。新しい年を迎えても、心の中は冬のままだった。
「でもね、この花はね」

祖母は腰を下ろし、雪を避けるようにして続けた。
「一番寒い時期を越えたからこそ、咲くんだよ。誰に見せるでもなく、ただ、自分の季節が来たら咲く」
その言葉は、梓の胸に静かに落ちた。
フクジュソウは、まだ冷たい風の中で、凛として咲いている。新年や早春に咲くその姿は、良い一年の始まりを告げる印のようだった。冬の終わりに、光をそのまま形にしたような花。
「幸せを招く、って言われるのもね」
祖母は花を見つめながら言った。

「待つことを知っているからなんだと思うよ。厳しい時間を越えたあとに、ちゃんと咲くから」
梓は、何も言えずに頷いた。
帰り道、彼女は少し背筋を伸ばして歩いていた。すぐに何かが変わるわけではない。それでも、確実に季節は進んでいる。自分の中にも、見えないところで芽が育っているのかもしれない。
数日後、梓は職場のデスクに、小さなフクジュソウの写真を置いた。祖母が撮ってくれた一枚だ。雪の中で咲く、あの光のような花。
忙しい日々の中で、ふと目に入るたび、心が少しだけ明るくなる。
幸せとは、劇的な出来事ではないのかもしれない。寒い時間を耐え、気づかぬうちに近づいてきて、ある日、そっと顔を出すもの。
フクジュソウのように。
梓は今日も、自分の足元にある小さな春を信じて、静かに一日を重ねていく。