「キンカン」

基本情報
- 和名:キンカン(金柑)
- 学名:Citrus japonica
- 科名/属名:ミカン科/ミカン属
- 原産地:中国南部
- 開花時期:6~10月頃
- 結実時期:12~2月頃
- 果実の色:橙色
- 樹高:2~4m程度
- 利用:生食、甘露煮、砂糖漬け、薬用(のど飴など)
キンカンについて

特徴
- 小さな果実が枝にたくさん実る姿が愛らしい
- 冬でも葉を落とさない常緑樹
- 実は皮ごと食べられ、甘酸っぱい味わい
- 寒い季節に実るため、庭木や縁起木として親しまれてきた
- 白く小さな花は控えめだが、ほのかな香りを持つ
- 古くから家庭の庭先に植えられ、生活に密着した果樹
花言葉:「思い出」

由来
- 冬の寒い時期に実るため、年末年始や家族の団らんの記憶と結びついた
- 幼少期に食べた甘露煮や風邪の手当てなど、家庭の記憶を呼び起こす存在だった
- 小さな実に、季節や人の温もりが凝縮されているように感じられたことから
- 派手ではないが、暮らしの中で長く親しまれてきた果樹である点が「懐かしさ」を象徴した
- 口にすると、過去の情景や人の声を思い出させる果実として語られるようになった
「金色の小さな記憶」

冬の朝、祖母の家の庭には、必ず甘い匂いが漂っていた。吐く息が白くなる季節でも、縁側の横に立つキンカンの木だけは、丸い実をたくさんぶら下げて、静かにそこに在った。
美央がその家を訪れるのは、年に一度、年末だけだった。都会で働くようになってからは、忙しさを理由に帰省の回数も減っていた。それでも、玄関を開けた瞬間に感じるあの匂いだけは、何年経っても変わらなかった。
「寒いでしょ。あとでキンカン煮るからね」

祖母はいつもそう言って、台所へ向かう。小さな鍋に水と砂糖を入れ、下ごしらえした実を静かに煮詰める。その音を聞きながら、美央はこたつに入り、ぼんやりと庭を眺めた。枝いっぱいに実るオレンジ色が、冬の灰色の空によく映えた。
子どもの頃、美央は風邪をひくたびに、祖母のキンカンを口にした。少し苦くて、少し甘い。その味は、薬よりもずっと優しく、喉だけでなく心まで温めてくれた気がした。祖母は「小さいけど、ちゃんと効くんだよ」と笑っていた。

大人になった今、その意味が少しわかる。キンカンは派手な果物ではない。特別な日の主役にもならない。けれど、暮らしの中に静かに根を張り、必要なときに思い出される存在だ。
年末の夜、祖母と並んでキンカンを食べながら、美央はふと問いかけた。「この木、いつからあるの?」。祖母は少し考えてから言った。「あなたのお母さんが、小さいころからだね。もっと前かもしれない」。
その言葉に、美央の胸がじんわりと温かくなる。自分が生まれる前から、この庭には同じ風景があったのだ。同じ冬、同じ匂い、同じ味。人が変わっても、季節が巡っても、キンカンは変わらず実を結んできた。

翌朝、庭に出て一粒もいで口に入れると、甘酸っぱさの向こうに、たくさんの声が浮かんだ。幼い自分の笑い声、母の呼ぶ声、祖母のゆっくりとした足音。小さな実の中に、確かに時間が詰まっている。
美央は思う。思い出とは、大げさな出来事ではなく、こうした何気ない積み重ねなのだと。冬の寒さ、家族のぬくもり、何度も繰り返された同じ味。そのすべてが、今の自分を形作っている。
帰り際、祖母は袋いっぱいのキンカンを手渡した。「持っていきなさい」。美央は頷き、胸に抱えた。その重みは、果実以上のものだった。
都会の部屋でキンカンを口にしたとき、きっとまた、あの庭を思い出すだろう。小さくて、目立たないけれど、確かに心に残る金色の記憶を。