1月9日の誕生花「ハコベ」

「ハコベ」

基本情報

  • 分類:ナデシコ科ハコベ属
  • 学名:Stellaria
  • 原産地:ユーラシア大陸
  • 開花時期:2月〜6月頃
  • 生育環境:道端、畑、庭先など身近な場所
  • 別名:ハコベラ、コハコベ

ハコベについて

特徴

  • 草丈は低く、地面を這うように広がって育つ
  • 白く小さな五弁花だが、花弁が深く裂けて十枚に見える
  • 繊細で柔らかな茎と葉を持ち、春の七草の一つとして親しまれる
  • 厳しい環境でもよく育ち、身近な場所に自然に溶け込む存在


花言葉:「愛らしい」

由来

  • 小さく可憐な白い花が、控えめながら親しみやすい印象を与えることから連想
  • 足元にそっと咲き、人知れず季節を告げる姿が、無邪気で愛らしい存在として捉えられた
  • 人々の暮らしの近くで静かに寄り添い続けてきた歴史が、素朴で温かな魅力を象徴した


「足元で春を告げるもの」

 朝の空気はまだ冷たく、吐く息がわずかに白くなる頃だった。早苗はゴミ出しの帰り、いつものように団地の裏道を歩いていた。特別な景色はない。コンクリートの道、低いフェンス、その向こうの小さな空き地。毎日通るからこそ、目に映るものはいつも同じで、意識に上ることもない。

 その日、なぜか足が止まった。靴先のすぐ脇、踏み固められた土の隙間に、小さな白が見えたからだ。しゃがみ込むと、それはハコベだった。指先ほどの花が、いくつも寄り添うように咲いている。白い花弁は繊細で、よく見ると十枚に裂けているように見えた。

 「こんなところに……」

 声に出すと、思いのほか柔らかな響きがした。ハコベは主張しない。背を高く伸ばすことも、鮮やかな色で目を引くこともない。ただ、そこに在る。気づく人がいれば、そっと存在を知らせる程度に。

 早苗は、ふと幼い頃の記憶を思い出した。祖母の家の庭。畑の端や縁側の下、どこにでもハコベは生えていた。祖母はそれを摘み、春の七草だと言って味噌汁に入れた。「小さいけどね、ちゃんと役に立つんだよ」と笑っていた顔が、妙に鮮明によみがえる。

 早苗は都会で暮らし、結婚し、子どもを育て、今はまた一人の時間が増えつつある。特別な成功も失敗もない。ただ日々が過ぎていく。その平凡さに、時折、取り残されたような気持ちになることもあった。

 けれど、足元のハコベを見ていると、不思議と心が和らいだ。誰に褒められるわけでもなく、評価されるわけでもない。それでも、季節が巡れば、ちゃんと芽を出し、花を咲かせる。人知れず春を告げる役目を、黙って果たしている。

 早苗は思う。愛らしさとは、きっと声を上げることではない。目立たない場所で、誰かの暮らしのそばに在り続けること。踏まれそうな場所でも、へこたれず、次の季節を迎えること。その健気さに、人は無意識のうちに心を預けるのだ。

 立ち上がると、朝日が少し高くなっていた。フェンスの影が伸び、空き地の土が淡く光る。その中で、ハコベは相変わらず小さく咲いている。まるで「気づいてくれてありがとう」とでも言うように。

 早苗は道を変え、花を踏まないように歩いた。ほんの数センチの違いだが、それだけで気持ちが整う。今日も洗濯をして、買い物に行き、夕飯を作る。それだけの一日だ。それでも、足元に咲く白い花を知っているだけで、世界は少し優しくなる。

 人々の暮らしの近くで、静かに寄り添い続ける存在。ハコベは何も語らない。ただ、その小さな花で、春と、ささやかな愛らしさを、確かに伝えていた。

ジャマイカ ブルーマウンテンコーヒーの日

1月9日はブルーマウンテンコーヒーの日です

1月9日はブルーマウンテンコーヒーの日

1月9日は、ジャマイカコーヒー輸入協議会が制定した「ジャマイカコーヒーの日」です。この記念日は、輸入ジャマイカコーヒーの品質維持向上や秩序ある流通を目的としています。

特に注目すべきは、1967年1月9日にジャマイカ産コーヒーが首都キングストンの港から日本向けに初めて大型出荷されたことです。この際、1400袋(1袋60Kg相当)のコーヒーが日本に届けられました。これを機に、日本とジャマイカのコーヒー文化の交流が深まり、現在でもブルーマウンテンコーヒーなどの高品質なジャマイカコーヒーが多くのコーヒーファンに愛されています。

ジャマイカコーヒー

コーヒー豆

ジャマイカコーヒーは、繊細な味で香りが高いのが特徴で、他の香りが弱いコーヒー豆とブレンドされることが多い品種です。また、味わいは際だつ甘味と調和の取れた酸味が特徴といわれています。このジャマイカコーヒーは、コーヒーの王様と呼ばれていて、現在では麻袋ではなく樽詰めで輸出されているようです。

ブルーマウンテンと樽

ブルーマウンテンの袋

ブルーマウンテンは、唯一コーヒーの中で樽詰めで輸出されています。18世紀中頃からイギリスの植民地時代、イギリスからの小麦粉などに使用して空いた樽をリサイクルし、ラム酒やコーヒーなどを入れて出荷したのが始まりだといわれています。また、ブルーマウンテンに使われる樽の材質は、アメリカの温帯林の物であるため、匂いがないそうです。そして、木が湿気を吸収し放出するため内部の変化を与えません。その上、輸送時に起こる急激な温度の変化を緩和することができます。こういうメリットがあるために樽に詰めて輸出されるのです。

ブルーマウンテンの栽培される産地

最高峰「ブルーマウンテン」

ジャマイカの80%が山地であり、その最高峰「ブルーマウンテン」で標高が2256mある山です。この地は、全体的に亜熱帯海洋性気候で日光と雨や濃霧があって、昼と夜の温度差が激しいのが特徴です。実際にコーヒーを栽培するにあたり、土壌や日中寒暖差と雨量、栽培高度が良質のコーヒーにとって良い条件が整っています。

香りと後味の良さは、No.1!?

コーヒーが入ったカップとコーヒー豆

コーヒーは、最低3人の国家資格を持つ検査官の品質検査により、6項目の味覚鑑定が行われます。そして、その検査に合格したものだけが認められます。その検査でNo.1の称号が得られるのは3割程度だそうです。その6項目の味覚鑑定内容は、「香り」「酸味」「炒りあがり」「コク」「後味」「雑実・異味」です。

そこで、私個人が興味深いのは香りと後味です。美味しいコーヒー店に行くとその香りにつられて入店してしまい、後味でまた来ようとリピーターとなります。美味しいコーヒーがきっかけで人気店になるのも分かるような気がします。


「ジャマイカ ブルーマウンテンコーヒーの日」に関するツイート集

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1月8日、9日の誕生花「スミレ」

「スミレ」

基本情報

  • 学名:Viola mandshurica
  • 科名/属名:スミレ科/スミレ属
  • 分類:多年草(種類によっては一年草)
  • 原産地:日本列島、中国東北部から東部、朝鮮半島、ウスリー
  • 開花時期:4〜5月
  • 草丈:5〜15cm程度
  • 生育環境:野原、道端、林縁、庭先など

スミレについて

特徴

  • 地面に近い低い位置で、可憐な小花を咲かせる
  • 紫・白・黄など花色が豊富で、種類も非常に多い
  • 強い香りはないが、やさしく親しみやすい印象を与える
  • ひっそりとした場所でもたくましく育つ
  • 早春に咲き、季節の訪れを静かに知らせる花


花言葉:「小さな幸せ」

由来

  • 小ぶりな花を足元でそっと咲かせる姿が、日常の中のささやかな喜びを連想させた
  • 目立たない場所でも確かに存在し、見つけた人の心を和ませることから象徴された
  • 派手さはないが、ふと気づいたときに心を温める美しさが「小さな幸せ」に重ねられた


「足元に咲く灯り」

 駅から自宅までの道は、特別なものではない。商店街を抜け、古い公園の脇を通り、少し坂を上る。それだけの、毎日変わらない帰り道だ。恵はその日も、スマートフォンの画面から目を離さないまま歩いていた。仕事の連絡、未読の通知、明日の予定。頭の中は常に先のことで埋まっている。

 ふと、足先に柔らかな違和感を覚え、恵は立ち止まった。舗道の端、コンクリートの隙間に、小さな紫色が見えた。しゃがみ込むと、それはスミレだった。背の低い花が、地面すれすれに、控えめに咲いている。踏まれそうな場所なのに、ちゃんとそこに在った。

 「こんなところに……」

 思わず声が漏れる。花は風に揺れても、こちらを見上げることはない。ただ、静かに、変わらぬ姿で咲いている。その小ささに、恵は胸の奥が少しだけ緩むのを感じた。

 最近、恵は「幸せ」という言葉が遠くなっていた。昇進もしたし、給料も上がった。周囲から見れば、順調そのものだ。それでも、満たされた実感は薄い。何かが足りない気がして、けれどそれが何なのか分からない。大きな目標ばかりを追いかけて、足元を見る余裕を失っていた。

 幼い頃、祖母と散歩をすると、祖母はよく立ち止まった。道端の草花を見つけては、「ほら、可愛いね」と微笑む。そのたび、恵は早く先へ行きたくて、手を引いたものだ。あの頃は、なぜ立ち止まるのか分からなかった。

 今、目の前のスミレは、まさに祖母が好きだった花だった。目立たない場所で、誰に褒められるわけでもなく、ただ咲く。その姿を見つけた人だけが、少しだけ得をする。そんな花。

 恵は写真を撮ろうとして、やめた。画面越しに残すより、今この瞬間を胸にしまいたかった。代わりに、深く息を吸う。春の空気はまだ冷たいが、どこか柔らかい。小さな花が、確かに季節を告げている。

 立ち上がると、いつもの道が少し違って見えた。公園の木の芽、店先の鉢植え、遠くの空の色。今まで見えていなかったものが、ゆっくりと浮かび上がる。

 幸せは、きっと大きな出来事だけではない。足元に咲く花に気づけること。少し立ち止まれること。その瞬間に、心が温まること。

 恵は歩き出した。スミレを踏まないよう、ほんの少しだけ進路を変えて。明日もまた、忙しい一日が始まるだろう。それでも、あの花を思い出せば、心はきっと軽くなる。

 足元に咲く、小さな幸せ。それは、いつもそこにあったのだ。気づかれるのを、静かに待ちながら。

12月24日、1月9日の誕生花「ノースポール」

「ノースポール」

基本情報

  • 和名:ノースポール
  • 別名:クリサンセマム・パルドサム
  • 学名Leucanthemum paludosum(Chrysanthemum paludosum)
  • 科名/属名:キク科/レウカンセマム属
  • 原産地:北アフリカ
  • 開花時期:12月〜5月(冬〜春)
  • 花色:白(中心は黄色)
  • 草丈:20〜40cm
  • 分類:一年草
  • 用途:花壇、鉢植え、寄せ植え

ノースポールについて

特徴

  • 白と黄色のコントラストが鮮やか
    清楚な白い花弁と、明るい黄色の花芯が印象的で、遠くからでもよく目立つ。
  • 寒さに強く、長く咲き続ける
    冬の寒さに耐え、霜にも比較的強いため、花の少ない季節にも庭を明るくする。
  • 手入れが簡単で育てやすい
    丈夫で病害虫にも強く、ガーデニング初心者にも向く。
  • 次々と花を咲かせる性質
    一輪が終わってもすぐに新しい花をつけ、全体として長期間花壇を彩る。
  • 控えめだが親しみやすい姿
    派手さはないが、整った形と素直な咲き方が安心感を与える。

花言葉:「誠実」

由来

  • まっすぐで素直な花姿から
    花弁が均等に並び、歪みのない姿が、嘘や飾りのない心=誠実さを連想させた。
  • 環境に左右されず咲き続ける性質
    寒さや多少の悪条件でも、変わらず花を咲かせる様子が「一貫した心」「裏切らない姿勢」を象徴している。
  • 長い開花期が示す信頼感
    派手に咲いてすぐ散るのではなく、静かに、しかし長く咲き続けることが、継続する誠意や信頼につながった。
  • 白い花色の象徴性
    白は純粋さ・正直さを表す色とされ、ノースポールの印象と重なり「誠実」という花言葉が与えられた。

「白は、嘘をつかない」

冬の朝、真帆はマンションのエントランス横に並ぶ花壇の前で、ほんの数秒だけ足を止める。白い小さな花が、寒風に揺れながらも整った形を崩さずに咲いていた。ノースポールだ、と彼女は名前を知っているわけでもないのに、なぜか心の中でそう呼んでいた。

 花弁は均等で、中心の黄色を囲むようにまっすぐ並んでいる。華美な色でも、甘い香りでもない。それなのに、毎朝目に入るたび、少しだけ胸が落ち着いた。

 真帆は、嘘が苦手だった。
 正確には、嘘をつかずに生きることが、年々難しくなっていると感じていた。

 職場では、空気を読むことが最優先される。曖昧な返事、濁した言葉、賛成でも反対でもない表情。それらを使いこなせる人ほど「大人」と呼ばれ、評価される。真帆はそれができなかった。
 正直に言えば角が立ち、黙れば誤解される。誠実でいようとするほど、不器用さだけが目立った。

 ある日、会議で提出された企画案に、真帆は違和感を覚えた。数字の整合性が取れていない。見栄えはいいが、実行すれば現場が疲弊する。
 言うべきか、黙るべきか。
 迷っている間に、会議は終わった。

 その夜、帰宅途中で花壇の前に立ち止まった。
 ノースポールは、相変わらず同じ姿で咲いている。寒さのせいで他の花が弱っている中、白い花弁は歪まず、欠けもせず、淡々とそこにあった。

 派手に自己主張するわけでもない。
 だが、昨日と同じ姿で、今日も咲いている。

 「……ずるいな」

 真帆は小さく息を吐いた。
 変わらずにいることが、こんなにも強いなんて。

 翌朝、彼女は会議室で手を挙げた。
 声は震えた。視線が集まるのが怖かった。それでも、事実だけを、飾らずに伝えた。感情は抑え、数字と現場の状況を淡々と。

 一瞬、空気が止まった。
 だが、誰かがうなずき、別の誰かが補足を加え、議論が生まれた。最終的に企画は修正され、より現実的な形に落ち着いた。

 評価がどうなるかは分からない。
 それでも、真帆の胸には、奇妙な軽さがあった。

 帰り道、花壇の前でまた足を止める。
 ノースポールは、やはり白いままだった。
 風に揺れても、形は崩れない。昨日と同じように、今日も咲き続けている。

 誠実とは、派手な正しさではない。
 誰かに認められるための姿勢でもない。
 たぶんそれは、自分の中で一度決めた「嘘をつかない」という約束を、何度も、何日も、裏切らずに守り続けること。

 白は、嘘をつかない。
 汚れやすいからこそ、誤魔化しがきかない。

 真帆は小さく微笑み、再び歩き出した。
 明日も、同じ花が咲いているだろう。
 そして自分もまた、同じ心でいられたらいい。

 ノースポールは何も語らない。
 それでも、その静かな白は、今日も変わらず、誠実だった。

正月事納め

1月8日、正月事始めの日付と由来を解説

1月8日は正月の各種行事・飾りを終える日

正月の各種行事や飾りを終える日は、多くの地域で重要な節目とされています。この日は、お正月の飾りを片付け、新しい年に向けた準備を完了するタイミングです。また、「正月事始め」と呼ばれる正月準備の開始日は、元々旧暦の12月13日で、新暦でも同じ12月13日に行われます。この記事では、正月事始めの歴史や文化的背景について詳しく解説します。

正月行事は福を呼ぶ神様を迎える期間

正月の鏡餅

正月行事は、福を呼ぶ神を家に迎え入れる行事です。門松は、元々はこの神の依代(よりしろ)でした。松は、不老長寿の象徴である常緑  で選ばれています。また、門松と並び正月の代表的な物で、藁で編まれた正月飾りがありますが、このルーツは「注連の内」からあり、注連縄です。注連縄は、普段は神社で見かけるように、聖域の範囲を示す結界に張られた縄であったといわれています。

正月事始めと事納め

正月の鏡餅と門松

「正月事納め」は、「松の内」又は「注連(しめ)の内」の期間に飾られた門松や注連縄(しめなわ)の飾りを取り外す日です。「松の内」「注連の内」は元々、1月1日から1月15日までとされていました。しかし、現在人の多くは1月7日までとしています。関東では1月7日ですが、関西では1月15日までとする地域が未だに多いそうです。逆に「正月事始め」は、12月13日に「煤(すす)払い」や、門松などに用いる松取りに行く「松迎え」などの正月の準備に入る日となります。

正月気分もそろそろ抜け始め

門松

去年の暮れから正月休みに入り、新型コロナで自粛生活とは言え、家でダラダラと過ごして来ました。しかし、今週から仕事始めがあり、このだらけっぷりからの仕事はキツかったです。正月の飾り物を片付けるとようやくカラダ元の生活に順応してきたような気がします。これからが、良い年にするための第一歩。


「正月事納め」に関するツイート集

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1月7日の誕生花「セリ」

「セリ」

基本情報

  • 学名:Oenanthe javanica
  • 科名/属名:セリ科/セリ属
  • 分類:多年草
  • 原産地:日本全土、朝鮮、中国、ロシアインド、パキスタン、東南アジア
  • 開花時期:7~8月
  • 生育環境:湿地、水辺、田のあぜなど
  • 旬:春(特に早春)
  • 利用:食用(七草粥、和え物、鍋物など)

セリについて

特徴

  • 清らかな水辺に自生し、みずみずしい香りと歯切れのよい食感をもつ
  • 細く伸びた茎と、切れ込みのある明るい緑色の葉が特徴
  • 白く小さな花を多数咲かせ、可憐で目立たない姿
  • 強い生命力があり、地下茎で広がる
  • 香味野菜として古くから日本人の食文化に根付いている


花言葉:「清廉で高潔」

由来

  • 汚れた水では育たず、澄んだ環境を選んで生きる性質が、清らかな心を連想させた
  • 見た目は控えめでも、凛とした香りと姿勢を保つ様子が、高潔な生き方に重ねられた
  • 日常の中で人々の健康を支えてきた存在が、誠実で清廉な徳を象徴すると考えられた


「澄水(すみみず)のほとりで」

 春まだ浅い頃、村の外れを流れる小川は、冬の名残を抱えながらも静かに澄んでいた。山から引かれた水は冷たく、底の小石までくっきり見える。その流れに沿って、細く柔らかな緑が揺れている。セリだった。

 遥は久しぶりにその川辺に立っていた。都会での生活に疲れ、仕事を辞め、逃げるように戻ってきた故郷。ここには何も変わらないものがあると思っていたが、自分だけが変わってしまったような気がして、胸の奥がざわついていた。

 祖父は生前、この川をよく手入れしていた。ゴミを拾い、流れを整え、余計なものが溜まらないようにする。「水はな、正直なんだ」と祖父は言っていた。「汚れれば、育つものも育たん。澄んでいれば、ちゃんと命が応えてくれる」

 遥は子どもの頃、その言葉の意味がよく分からなかった。ただ、祖父と一緒に川に入って、足先が冷たくなるのを面白がり、摘み取ったセリの香りを嗅いで笑っていた。青く、少し苦く、鼻の奥に残る匂い。それは今でも記憶の底に、鮮やかに残っている。

 都会では、結果を出すことがすべてだった。多少の不正や妥協も、「仕方がない」の一言で流される。遥もいつの間にか、それに慣れていた。違和感を覚えながらも、声を上げることはなかった。その結果、心の中に濁りが溜まっていったことに、気づかないふりをしていた。

 川辺にしゃがみ込み、遥はセリに手を伸ばす。茎は細く、派手さはない。それでも、流れに逆らわず、凛と立っている。指で軽く触れると、清々しい香りが立ち上った。その瞬間、胸の奥にあった重たいものが、少しだけ和らいだ。

 「ここは、変わらないね」

 背後から声がして、遥は振り返った。近所に住む美代子だった。祖父が亡くなったあとも、この川を気にかけてくれている人だ。

 「セリが育ってるってことは、水がまだ大丈夫だって証拠よ」と美代子は言う。「正直な植物だからね。ごまかしがきかない」

 遥は小さく笑った。自分はどうだろう。ごまかしながら生きてきた自分は、どんな場所でなら、ちゃんと育てるのだろうか。

 その日、遥はセリを少しだけ摘んで帰った。夕飯に、おひたしにするためだ。派手な料理ではないが、体にすっと染み込む味。口に含んだ瞬間、子どもの頃の食卓と、祖父の背中が蘇った。

 翌日から、遥は毎朝川に通うようになった。水を見て、セリの様子を確かめ、ゴミがあれば拾う。誰に頼まれたわけでもない。ただ、自分の中の濁りを、少しずつ澄ませたかった。

 すぐに何かが変わるわけではない。それでも、セリは今日も同じ場所で、凛とした香りを放っている。控えめで、誠実で、清らかに。

 遥は思った。清廉で高潔な生き方とは、声高に正しさを主張することではないのかもしれない。澄んだ場所を選び、静かに根を張り、誰かの健康や暮らしを支えること。日常の中で、それを続けていくこと。

 夕暮れの川面に光が揺れる。セリは流れに身を任せながらも、確かにそこに在り続けていた。遥は深く息を吸い、胸いっぱいにその香りを取り込む。

 この場所のように、自分の心も、いつかまた澄んでいく。そう信じられるだけの静かな強さを、セリは何も言わずに教えてくれていた。

七草の日

1月7日は「人日の節句」!七草粥を食べて無病息災を願おう

1月7日は七草の日

毎年1月7日は、「人日の節句」として知られています。この日に食べられる「七草粥(ななくさがゆ)」は、春の七草を使った伝統的な日本の料理です。「七種粥」とも書かれ、無病息災や一年の健康を祈る風習があります。七草粥には、セリやナズナ、ゴギョウ、ハコベラなどの春の七草が使われ、胃腸に優しい食べ物としても親しまれています。

七草粥を食べることで、年末年始のご馳走で疲れた体を癒し、新しい一年を健康に過ごすための準備をしましょう。
七草粥の作り方や七草の効能について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。

七草の日の由来

七草の日の由来

七草の日の七草粥は、正月行事として一般的に定着していますが、本来は1月7日の「人日」に行われる「人日の節句」行事、五節句のひとつです。五節句とは、江戸幕府が定めた式日であり、1月7日は「人日」、3月3日は「上巳」、5月5日は「端午」、7月7日は「七夕」、9月9日は「重陽」を指します。

7日は「人日の日」

若菜

人日とは、文字の通り 「人の日」という意味で中国の前漢の時代、「元日は鶏」「2日は狗(犬)」「3日は猪」「4日は羊」「5日は牛」「6日は馬」「7日は人の日」に、それぞれの占いをして、最後の8日に穀を占って新年の運勢をみることに由来します。さらに唐の時代は、人日の日に「七種菜羹(ななしゅさいのかん)」という7種類の若菜を入れた汁物を食べ、無病息災を願うようになったといいます。また、1月7日に「官吏昇進」を決めたいたことで、その日の朝に七種菜羹を食べて出世を願ったといわれています。

春の七草

七草各種

七草粥の春の七草は、「芹(セリ)」「薺(ナズナ)」「御形(ゴギョウ)」「繁縷(ハコベラ)」「仏の座(ホトケノザ)」「菘(スズナ)」「蘿蔔(スズシロ)」の7種類です。しかし、地域によっては食材が異なる場合もあります。また、スズナは蕪(カブ)で、スズシロは大根(ダイコン)のことをいいます。

七草粥が定着した背景

七草粥

現在まで七草粥が定着してきた理由は、お正月のご馳走を食べ過ぎた胃腸をいたわり、青菜の不足しがちな冬場の栄養補給をする効用があります。また、この日に七草粥を食べることにより、新年の無病息災を願うことに繋がったということだそうです。正月から身体を悪くしてしまったのでは、良い年が迎えられそうもないですものね(^-^)


「七草の日」に関するツイート集

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https://twitter.com/hotomeki/status/1743521940202279144?s=20

1月5日の誕生花「ミスミソウ」

「ミスミソウ」

基本情報

  • 和名:ミスミソウ(三角草)/ユキワリソウ(雪割草)
  • 学名:Hepatica nobilis
  • 科名:キンポウゲ科
  • 分類:多年草
  • 開花時期:2月~5月(早春)
  • 原産地:日本(本州~九州)
  • 自生環境:落葉樹林の林床、山地の湿り気のある場所

ミスミソウについて

特徴

  • 雪が残る時期に地面すれすれで花を咲かせる早春の山野草
  • 葉が三つに裂けた形(三角形)をしていることが名前の由来
  • 花色は白・紫・青・ピンクなど変化が豊富
  • 花は晴れた日に開き、寒さや曇天では閉じる性質がある
  • 成長は非常にゆっくりで、開花までに数年かかることもある

花言葉:「忍耐」

由来

  • 厳しい寒さと雪に覆われた環境の中で、じっと春を待ち続ける姿から
  • 地上に出る時期が早い一方、成長は緩やかで長い時間を要する性質に由来
  • 林床の弱い光の中でも耐え、毎年確実に花を咲かせる生命力が重ね合わされた
  • 派手さはないが、静かに季節の訪れを告げる存在感が「耐え抜く強さ」を象徴した

「雪の下で待つ声」

その冬は、いつまでも終わらないように思えた。山あいの町に暮らす澪は、朝起きるたび、窓の外に広がる白い世界を見て同じ感情を抱く。寒さそのものよりも、「まだ続く」という感覚が、心を少しずつ削っていった。

 町役場で働く澪は、目立つ仕事を任されることはなかった。誰かの補佐、書類の整理、滞りなく進むように裏側を整える役目。必要だとは言われるが、評価される場面は少ない。同期が次々と異動や昇進の話を手にする中で、澪は足踏みをしているような気持ちを拭えずにいた。

 「焦らなくていい」

 祖母はそう言って、いつも同じ山道を散歩に誘った。雪が残る林の中は静かで、音といえば踏みしめる雪のきしむ音だけだった。

 「春になれば、ここに花が咲くのよ」

 祖母が指さしたのは、今は何もない地面だった。枯葉と雪に覆われ、命の気配は見えない。

 「何もないように見えてもね、下ではちゃんと待ってる」

 澪は曖昧に頷いた。待つことは、得意ではなかった。待つ時間は、不安が膨らむ時間でもあるからだ。

 それからしばらくして、雪解けが少し進んだある日、澪は一人でその道を歩いた。足元に、小さな色があることに気づく。しゃがみ込むと、薄紫の花が、枯葉の隙間から顔を出していた。

 ミスミソウだった。小さく、控えめで、派手さはない。それでも、凍えるような冬を越え、ここに咲いている。

 澪はしばらく動けなかった。誰に見られるわけでもなく、称えられるわけでもない場所で、ただ季節が来るのを信じて咲いた花。その姿は、どこか自分に重なって見えた。

 花はすぐに大きくはならない。成長は緩やかで、時間がかかる。それでも毎年、確実にこの場所で花を咲かせる。林床の弱い光の中で、耐えながら。

 澪は息を吸い込み、ゆっくり吐いた。焦りが消えたわけではない。ただ、少しだけ見方が変わった気がした。すぐに結果が出なくても、今は見えなくても、積み重ねた時間は確かに自分の中にある。

 数日後、職場でまた雑務を任されたとき、澪は黙って引き受けた。誰かが前に進むために必要な場所を整えること。それもまた、意味のある役目だと、今は思える。

 窓の外では、まだ風が冷たい。それでも、季節は確実に進んでいる。雪の下で、静かに春を待つものがあるように、自分の中にも、芽吹く準備をしている何かがあるはずだ。

 帰り道、澪は足元を見ながら歩いた。もしまたあの花に出会えたら、今度は迷わず立ち止まろうと思った。

 忍耐とは、耐え続けることではない。信じて待つことなのだと、ミスミソウは何も言わず、教えてくれていた。

六日年越し

1月6日は六日年越しです

1月6日は六日年越し

六日年越しは、古くから日本の伝統的な正月行事の一つとして、毎年1月6日に行われていました。この行事は地方によって「神年越し」や「女の年越し」、「馬の年越し」といった異なる名前でも親しまれており、それぞれ独自の風習が見られます。六日年越しの歴史や各地方の特徴を詳しく解説し、現代における意義を探ります。

六日年越し

蘇民将来

六日年越しは、大みそかに似たことをする地域が多く、この日は麦飯を食べ、サワガニをチガヤの串に刺して家の出入口に挟む地方があります。他にも「蘇民将来」と書いた札を出入口にはる地方や、柊木などトゲのある木の枝を出入口に差し、「かに年取り」といってカニを食べて、そのハサミを勝手口などに差したりする地方もあります。またこの日の夜は、翌日の七草粥に入れる七草をまな板に載せて、神棚の前で包丁でたたきながら「七草なずな、唐土の鳥と日本の鳥と、渡らぬ先に…」などと唱える行事を東京でも、近年まで行われていたそうです。

蘇民将来符とは、信濃国分寺が1月7日・8日の縁日の参拝者たちに授ける護符のことです。

蘇民将来符、その他の信仰と伝承より引用

蘇民将来とは

蘇民将来とは

蘇民将来(そみんしょうらい)は、護符の一種で、八角柱の木片に『蘇民将来子孫也』と書いたものです。「京都の祇園」「上田市の国分寺」「新発田市の天王寺」等で発行し、水沢市(現・奥州市)の蘇民祭は裸祭でこの護符を取り合います。

蘇民将来の由来

お礼に茅の輪と護符

ある日、厄病神が旅に疲れて宿を頼んだが、金持の巨旦(こたん)将来は拒絶しました。貧しい弟の蘇民将来は茅(かや)の床に粟(あわ)の飯で歓待したそうです。神は、そのお礼に茅の輪と護符を残して、これを手にしたものは無病息災と告げたという話に由来するそうです。

地域によって行いは違うが

この習わしは、地域によって違うようですが、全国的にも意味合いは同じようです。今でこそテレビやネットで全国に広げることはできます。しかし、当時は何もない時代からの言い伝えは、神様が絡んでいるためか、何か神秘的な感じさえさせてくれます。


「六日年越し」に関するツイート集

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1月6日の誕生花「コチョウラン」

「コチョウラン」

基本情報

  • 用途:鉢植え、贈答用、室内観賞
  • 学名:Phalaenopsis
  • 科名/属名:ラン科/ファレノプシス属
  • 分類:多年草(常緑性の着生ラン)
  • 原産地:台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシアなど
  • 開花時期:不定期(春から夏に比較的多く開花)
  • 草丈:30〜70cm程度

コチョウランについて

特徴

  • 蝶が舞うように見える大輪の花を、花茎に連なって咲かせる
  • 花もちが非常によく、1〜3か月以上美しさを保つ
  • 香りは控えめで、室内に飾りやすい
  • 直射日光を避けた明るい場所を好み、室内管理に適する
  • 高級感があり、開店祝いや慶事の贈り花として定番

花言葉:「純粋な愛」

由来

  • 透き通るように整った花姿が、混じり気のない想いを連想させる
  • 長期間変わらぬ美しさが、一途で揺るがない愛情を象徴
  • 優雅で穏やかな佇まいが、見返りを求めない無垢な愛に重ねられた

「白い蝶の約束」

 病室の窓辺に置かれたコチョウランは、朝の光を受けて静かに咲いていた。白い花弁は曇りなく、まるで何も疑わない心そのもののように整っている。香りはほとんどないのに、そこに在るだけで空気が澄む気がした。

 美羽は椅子に腰掛け、点滴の音を聞きながら、その花を見つめていた。見舞いに来るたび、言葉より先に目に入るのがこの花だ。彼が置いていったもの。理由を説明するメモも、期待を匂わせる言葉も、何も残さずに。

 出会った頃、彼は多くを語らなかった。代わりに、必要なときにだけ、必要なことをしてくれた。雨の日に差し出された傘、忙しい夜に届く短い一文。「無理しないで」。それだけで十分だった。美羽は、その距離感が心地よかった。

 治療が始まり、生活は一変した。先の見えない不安に、心が尖る日もある。それでも彼は、以前と同じ調子で病室を訪れ、窓を少し開け、花の向きを整えた。変わらない態度は、励ましの言葉よりも確かだった。長く美しさを保つコチョウランのように、彼の想いは揺れなかった。

 「どうして、これを選んだの?」と、美羽は一度だけ尋ねたことがある。
 彼は少し考えてから言った。「きれいだから。それだけ」
 理由はそれ以上でも以下でもない。見返りを求めない選択。美羽はその潔さに、胸が熱くなった。

 日々が過ぎ、花は相変わらず咲き続ける。枯れる気配すら見せない。世話は看護師がしてくれているが、彼が来ると、必ず一輪ずつを確かめる。触れない。直さない。見守るだけ。透き通る花姿は、手を加えなくても、すでに完成されている。

 ある午後、検査結果が出た。良好だった。医師の言葉は簡潔で、未来はまだ白紙だと言った。それでも、美羽の胸に小さな光が灯る。病室に戻ると、コチョウランの白がいっそう明るく見えた。

 「ねえ」と美羽は、彼に向かって言った。「この花、蝶みたい」
 彼は笑って頷いた。「飛び立つ準備、できた?」
 その問いに、答えはすぐに出なかった。けれど、恐れはなかった。純粋な愛は、背中を押す。縛らない。そばに在り続けるだけで、前へ進む力をくれる。

 夕方、彼は用事があると言って先に帰った。美羽は一人、窓辺に近づく。白い蝶は、今日も変わらぬ姿で咲いている。長く、静かに、美しく。見返りを求めない想いが、そこにある。

 美羽は小さく息を吸い、吐いた。自分もまた、誰かをそうやって想えるだろうか。条件も、計算もなく。答えは、花の白に溶けていった。

 コチョウランは何も語らない。ただ、純粋な愛のかたちを、今日も揺るがず示していた。