「コエビソウ」

基本情報
- 学名:Justicia brandegeeana
- 科名:キツネノマゴ科
- 属名:キツネノマゴ属(ジャスティシア属)
- 原産地:メキシコ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス またはメキシコから中央アメリカ
- 分類:常緑低木(または多年草として扱われる)
- 開花時期:5月〜10月頃(温暖な環境ではほぼ周年)
- 草丈:30〜100cmほど
- 別名:ベロペロネ
コエビソウについて

特徴
- 赤褐色〜ピンク色の苞(ほう)が重なり、エビのような形に見える独特な花姿
- 苞の間から小さな白い花が顔を出す
- 暖かい地域では長期間花を楽しめる
- 鉢植えや庭植えで人気があり、観賞価値が高い
- 日当たりと水はけのよい環境を好む
- ユニークで愛嬌のある見た目から、親しみやすい印象を持つ
花言葉:「思いがけない出会い」

由来
- エビのように見えるユニークで珍しい花姿が、人の目を引き、偶然の発見のような驚きを与えるため
- 一見すると花に見えない姿が、近づいて初めて花だと気づくことから、予期しない出会いの感覚を連想させた
- 苞の中から白い花がふと現れる様子が、思いがけず誰かに出会う瞬間を思わせた
- 個性的で他の花とは違う存在感が、偶然の縁や予想外の巡り合わせと結びついたことから
「赤いかたちの、その先で」

それは、本当に偶然だった。
その日、私はいつもと違う道を歩いていた。
駅前の大通りは人が多くて、なんとなく避けたくなっただけのこと。少し遠回りになる裏通りを選んだのは、特別な理由なんてなかった。
ただ、少しだけ静かな場所を歩きたかった。
春も終わりに近づいた午後。
空気はやわらかく、どこか少しだけ甘い匂いが混じっている。新しい季節に押し出されるように、古い時間がゆっくりとほどけていくような、そんな日だった。
角を曲がったところに、小さな園芸店があった。
今まで気づかなかった店だった。看板も控えめで、通り過ぎてしまえば気づかないような、そんな場所。けれど、その日はなぜか足が止まった。
店先に、見慣れない花が並んでいたからだ。
赤くて、丸みを帯びていて、どこか奇妙なかたち。
いくつも重なり合って、まるで小さな生き物のようにも見える。
――なんだろう、これ。
思わず一歩近づいた。
最初は、花だとは思わなかった。
飾りものか、あるいは何かの置物のようにさえ見えた。
けれど、よく見ると、その赤いかたちの隙間から、小さな白い花が顔を出している。
控えめに、けれど確かにそこに咲いている。

「それ、コエビソウっていうんですよ」
背後から声がした。
振り向くと、店の奥から出てきたらしい男性が、こちらを見ていた。三十代くらいだろうか。エプロン姿で、どこか穏やかな雰囲気の人だった。
「コエビソウ……?」
「ええ。エビみたいに見えるでしょう」
そう言われて、もう一度花を見る。
確かに、言われてみれば、エビに似ている。
丸まった背中や、重なった殻のようなかたち。
さっきまで奇妙に見えていたものが、急に親しみやすく感じられた。
「最初、花だって気づかない人、多いんです」
彼は少し笑った。
「でも、近づくとちゃんと花が見える。そういうところが面白くて」
私は頷いた。
本当に、その通りだった。
遠くから見たときと、近くで見たときで、まるで印象が違う。
気づかなければ、ただ通り過ぎてしまう。
でも、少しだけ立ち止まれば、そこにちゃんと存在している。
「なんだか、不思議ですね」
そう言うと、彼は小さく肩をすくめた。
「出会いみたいですよね」
「出会い?」
「ええ。思いがけない出会いっていう花言葉があるんです」

その言葉に、少しだけ胸が動いた。
――思いがけない出会い。
その響きは、どこか遠くのもののようで、でも同時に、すぐそばにあるもののようにも感じられた。
「予想してないときに、ふっと見つかるものってあるじゃないですか」
彼は花に水をやりながら続けた。
「それまで気づかなかったのに、ある瞬間に急に目に入ってくる。そういうのって、なんだか特別な気がするんです」
私は何も言わずに、その言葉を聞いていた。
思い当たることが、あったからだ。
少し前まで、私は人と距離を置いていた。
忙しさを理由にして、誰とも深く関わらないようにしていた。
傷つくことも、傷つけることも、できるだけ避けたかった。
だから、毎日が穏やかで、そして少しだけ空っぽだった。
けれど今、こうして知らない道を歩き、知らない店に入り、知らない人と話している。
それは確かに、思いがけないことだった。
「……私、今日ここに来るつもりなかったんです」
気づけば、そんなことを口にしていた。
「そうなんですか?」
「はい。たまたま、違う道を選んだだけで」
彼は「なるほど」と頷いた。
「じゃあ、この花との出会いも、偶然ですね」
私は少しだけ笑った。
「そうですね」
偶然。
でも、その言葉だけで片付けるには、少し惜しい気もした。
もしあのとき、いつもの道を歩いていたら。
もしあのとき、足を止めなかったら。
この花も、この人も、私の中には存在しなかったはずだ。
そう思うと、ほんの少しだけ、この瞬間が大切に感じられた。
「よかったら、一鉢どうですか?」
彼が、コエビソウを一つ手に取った。

小さな鉢の中で、赤いかたちがいくつも重なり、その隙間から白い花がのぞいている。
私は少しだけ迷った。
植物を育てるのは得意じゃない。
それに、部屋に花を置く習慣もなかった。
けれど――
「……ください」
気づけば、そう言っていた。
彼は穏やかに笑って、鉢を包み始めた。
「日当たりのいいところに置いて、水は乾いたらあげてください。難しく考えなくて大丈夫ですよ」
「はい」
包まれた鉢を受け取ると、不思議と軽かった。
でも、その軽さの中に、何か新しいものが含まれている気がした。
店を出ると、さっきよりも少しだけ風が強くなっていた。
手の中のコエビソウが、かすかに揺れる。
赤いかたちの中から、小さな白い花が静かに顔を出している。
最初は気づかなかったもの。
近づいて、ようやく見えたもの。
それはきっと、人も同じなのかもしれない。
すぐにはわからない。
でも、少しだけ足を止めて、目を向ければ、見えてくるものがある。
私は歩き出した。
いつもの道とは違う帰り道。
でも、その違いは、もう「遠回り」ではなかった。
思いがけない出会いが、そこにあったから。
そしてきっと、これからも。
気づかないだけで、すぐそばに――
そんな出会いは、静かに待っているのだと思う。






























































