「白いスミレ」

基本情報
- 和名:スミレ(白花種)
- 学名:Viola mandshurica(白花変種を含む)
- 科名:スミレ科
- 分類:多年草
- 開花時期:4月~5月(春)
- 花色:白(中心に淡い紫や黄が入ることもある)
- 原産地:日本列島、中国東北部から東部、朝鮮半島、ウスリー
- 生育環境:野原、道端、林縁、庭先など身近な場所
白いスミレについて

特徴
- 草丈が低く、地面に寄り添うように咲く可憐な姿
- 白い花弁が清楚で、控えめな印象を与える
- 香りをもつ品種もあり、近づくとほのかに甘い香りがする
- 丈夫で環境適応力が高く、人知れず毎年花を咲かせる
- 派手さはないが、見る人の心をそっと引き寄せる存在感
花言葉:「あどけない恋」

由来
- 小さく清らかな花姿が、幼く純粋な想いを連想させることから
- 白という色が、無垢さ・誠実さ・汚れのない感情を象徴した
- ひっそりと足元に咲き、気づいたときに胸に残る存在感が、初恋の感覚と重ねられた
- 強く主張せず、そっと寄り添うように咲く性質が、未熟で一途な恋心を表しているとされた
「足元に咲いた白」

その春、由依は自分の気持ちに名前をつけられずにいた。
新学期が始まって間もない頃、校舎裏の小さな坂道を通るのが、彼女の日課になっていた。遠回りだと分かっていても、その道を選んでしまうのは、理由があった。
坂の途中に、白いスミレが咲いていたのだ。
初めて見つけたとき、由依は靴先を止めるまで、その存在に気づかなかった。背丈は低く、華やかさもない。ただ、落ち葉の間から、清らかな白い花弁がそっと顔を出していた。
不思議なことに、目に入った瞬間、胸の奥がきゅっとした。
――あ、きれい。

それは感動というほど大きなものではなく、誰にも言わずにしまっておきたい、小さな驚きだった。
同じ頃、由依のクラスに転校生が来た。名前は直哉。特別に目立つタイプではなく、声も穏やかで、笑うと少し困ったような表情になる。最初は、ただ「感じのいい人」だと思っただけだった。
けれど、ある日、プリントを拾ってもらったとき、「ありがとう」と言った声が、いつもより少し近くで聞こえた。その瞬間、心臓が跳ねた。
理由は分からない。ただ、白いスミレを見つけたときと、同じ感覚だった。
由依は、自分の気持ちを誰にも話さなかった。好きだと断言するほど強くはない。かといって、どうでもいいとも思えない。その曖昧さが、かえって大切に思えた。

放課後、直哉と廊下ですれ違うだけで、胸の奥が静かに温かくなる。会話は短く、視線も長くは合わない。それでも、その一瞬が、なぜか一日を支えてくれた。
白いスミレは、相変わらず坂道の途中で咲いていた。誰かに踏まれそうになりながらも、強く主張することなく、ただそこに在る。
由依は思った。この花みたいな気持ちだ、と。
声に出さなくてもいい。知られなくてもいい。ただ、確かに自分の中にある想い。
ある雨の日、由依は坂道で足を止めた。スミレの花弁には小さな水滴が乗り、白さはいっそう際立っていた。汚れやすそうなのに、なぜか清らかで、触れるのがためらわれるほどだった。
白という色は、不安定で、脆そうなのに、同時に誠実だった。嘘をつかず、飾らず、ただそこにある感情。
その日の帰り道、直哉が声をかけてきた。
「この辺、花が咲くんだね」

由依は驚き、そして少しだけ笑った。
「うん。白いスミレが、あるよ」
直哉は少し探してから、「あ、本当だ」と言った。
それだけだった。特別な会話はなかった。でも、由依の胸には、確かな余韻が残った。
気づいたときに、心に残る。白いスミレのように。
恋とは、きっと、こういうものなのだろう。激しく揺れる前の、静かな始まり。未熟で、頼りなくて、それでも一途な想い。
春が深まるにつれ、スミレの花は少しずつ数を減らしていった。けれど、由依の中には、確かに何かが根づいていた。
それはまだ、恋と呼ぶには幼い感情かもしれない。
けれど、白いスミレがそうであるように、あどけなく、誠実で、胸の奥にそっと寄り添うものだった。
由依は今日も、坂道をゆっくりと歩く。
足元に咲いた白を、見失わないように。





















































