9月9日の誕生花「ヘクソカズラ」

「ヘクソカズラ」

ヘクソカズラは、夏に白い花を咲かせるつる性の多年草です。花の中心は赤紫色で可愛らしい一方、葉や茎を傷つけると独特の強い臭いがすることから、この名がつきました。秋には黄褐色の実をつけます。

基本情報

  • 名称:ヘクソカズラ(屁糞葛)
  • 学名Paederia scandens
  • 分類:アカネ科ヘクソカズラ属
  • 原産地:日本
  • 開花時期:7月~9月頃
  • 花の色:白色から淡い紫色
  • 花の形:小さな筒状・漏斗状の花を咲かせ、中心部が赤紫色になるのが特徴です
  • 生育場所:道端や野原、林の縁などに自生します

ヘクソカズラについて

特徴

  • つるを伸ばして、周囲の植物や柵などに絡みつきながら成長します。
  • 花は小さく可愛らしく、白い花びらと赤紫色の中心部分の組み合わせが印象的です。
  • 葉や茎を傷つけると、独特の強い臭いを放つことから「ヘクソカズラ」という名前が付けられました。
  • 名前や臭いからは想像できないほど、花そのものは可憐で美しい姿をしています。
  • 秋には黄褐色の実をつけ、つる性植物として自然の中でたくましく育ちます。


花言葉:「意外性」

由来

  • ヘクソカズラの「意外性」という花言葉は、強烈な名前や独特の臭いから受ける印象と、実際に咲く花の可憐で美しい姿との大きなギャップに由来すると考えられています。
  • 「ヘクソカズラ」という少し変わった名前からは想像できない、白く可愛らしい花を咲かせることが「意外性」につながりました。
  • 花の中心には赤紫色が入り、小さくても印象的な美しさがあります。
  • 一見すると目立たない野草ですが、よく見ると繊細で愛らしい花を咲かせることも、思いがけない魅力を感じさせます。
  • こうした「第一印象と本当の姿の違い」「知れば知るほど新しい魅力に気づく姿」から、花言葉の**「意外性」**が結びつけられたといえるでしょう。


「名前の向こうに咲く花」

  「ヘクソカズラ?」

 美咲は思わず顔をしかめた。

「すごい名前ですね」

 隣を歩いていた祖父が、声を上げて笑った。

「だろう?」

「もっと、いい名前はなかったんですか?」

「昔の人は、思ったことをそのまま名前にすることもあったんだろうな」

 夏の午後だった。

 美咲は祖父の家へ遊びに来ていた。

 大学が夏休みに入り、久しぶりに都会を離れて祖父の住む町へ戻ってきたのだ。

 祖父の家は山の近くにあった。

 庭の向こうには田んぼが広がり、そのさらに先には低い山々が連なっている。

 子どもの頃は毎年のように遊びに来ていた。

 けれど、大学に入ってからは忙しくなり、訪れる機会も少なくなっていた。

「ちょっと散歩しよう」

 昼食のあと、祖父に誘われた。

 最初は暑いから嫌だと言った美咲だったが、祖父が「アイスを買ってやる」と言うので、結局ついて行くことにした。

 家から少し離れた細い道を歩いていると、祖父が突然立ち止まった。

「ほら、これ」

 祖父が指差した先には、細いつるが伸びていた。

 周りの草や低い木に絡みつきながら、あちこちへ自由に広がっている。

「これがヘクソカズラ?」

「そうだ」

 美咲は近づいて、もう一度顔をしかめた。

「本当に変な名前」

「葉っぱを傷つけると、ちょっと臭うんだ」

「本当に?」

「試してみるか?」

「絶対に嫌」

 祖父はまた笑った。

 美咲は何気なく、つるの先を見た。

 そして、思わず息を止めた。

「……あれ?」

「どうした?」

「花、咲いてる」

 小さな花だった。

 白く、丸みを帯びた可愛らしい花。

 中心には赤紫色が入っている。

 名前から想像していた姿とは、まったく違っていた。

「きれい」

 美咲は思わずそう言った。

「だろう?」

「こんな花が咲くんですね」

「名前だけじゃ、わからんだろう?」

 祖父の言葉に、美咲は黙った。

 確かにそうだった。

 ヘクソカズラ。

 その名前を聞いた瞬間、美咲は勝手に汚い植物を想像していた。

 花が咲いているとも思わなかった。

 まして、こんなに可愛らしい花だとは想像もしていなかった。

「変な名前なのに」

「変な名前だからって、悪いとは限らん」

 祖父はそう言った。

「人間も同じだ」

 美咲は祖父の方を見た。

「人間も?」

「そうだ。見た目や名前、最初に会ったときの印象だけで、その人の全部を決めつけちゃいかん」

 美咲は何も答えなかった。

 なぜなら、その言葉には思い当たることがあったからだ。

 大学に入ってから、美咲には苦手な人がいた。

 同じゼミにいる翔太という男子学生だった。

 初めて会ったときから、あまり良い印象がなかった。

 無愛想。

 口数が少ない。

 いつも黒い服を着ている。

 髪も少し長く、目が合ってもあまり笑わない。

 しかも、ゼミの飲み会にもほとんど参加しない。

 美咲は勝手に思っていた。

――きっと、人と関わるのが嫌いな人なんだ。

 あるいは。

――自分のことしか考えていない人なのかもしれない。

 理由はなかった。

 ただ、第一印象だけでそう思っていた。

 そして、美咲はできるだけ翔太と話さないようにしていた。

 けれど、ある日。

 教授が発表のグループ分けをした。

「次の課題は四人一組で発表してください」

 美咲のグループには、翔太がいた。

「最悪」

 思わず、小さな声が漏れた。

 隣にいた友人が笑った。

「まあまあ。話してみたら意外と普通かもよ」

「普通じゃなかったら?」

「そのときは頑張って」

 美咲はため息をついた。

 最初の打ち合わせの日。

 美咲は覚悟を決めて教室へ向かった。

 すでに翔太が来ていた。

 机の上には、資料がきれいに並べられていた。

「遅れてごめん」

 美咲が言うと、翔太は顔を上げた。

「まだ時間前」

「え?」

「五分前だから」

 それだけ言って、また資料に目を落とした。

――やっぱり、無愛想。

 美咲はそう思った。

 けれど、打ち合わせが始まると、少し印象が変わった。

 翔太は誰よりも準備をしていた。

「この部分は、こういう資料が使えると思う」

「え?」

「昨日、図書館で調べた」

「全部?」

「うん」

 翔太はパソコンの画面を見せた。

 そこには、参考資料が細かくまとめられていた。

「すごい」

 美咲は思わず言った。

「別に」

「いや、すごいよ」

 翔太は少しだけ困ったような顔をした。

 そして、ほんの少し笑った。

 美咲は驚いた。

――笑うんだ。

 当たり前のことなのに、なぜか意外だった。

     *

 それから、美咲たちは何度か集まった。

 話しているうちに、翔太には意外な一面がたくさんあることがわかった。

 実は映画が好きだった。

 しかも、美咲と好きな映画が似ていた。

 実は料理が得意だった。

 さらに、休日には祖母の買い物を手伝っているらしい。

「翔太くんって、おばあちゃん子なの?」

 美咲が聞くと、翔太は少し恥ずかしそうに言った。

「まあ」

「意外」

「何が?」

「なんか、そういうことしなさそうだったから」

「どういうこと?」

「いや……」

 美咲は言葉に詰まった。

 自分がどんな印象を持っていたのか、今さら説明するのが恥ずかしかった。

 翔太は少し考えてから言った。

「よく言われる」

「何を?」

「怖そうって」

「……ごめん」

「なんで?」

「私も、最初そう思ってたから」

 翔太は驚いたように美咲を見た。

 そして、笑った。

「別にいいよ。本当によく言われるから」

「でも、今は違う」

「今は?」

「意外と優しい人だと思ってる」

「意外と?」

「そこは許して」

 二人は笑った。

 その瞬間、美咲の心の中にあった「苦手」という気持ちが、少しずつ消えていくのを感じた。

 人は、知れば知るほど変わって見える。

 最初は怖いと思っていた人が、優しい人だった。

 無愛想だと思っていた人が、実は人見知りだった。

 自分勝手だと思っていた人が、誰よりも周囲のことを考えていた。

 美咲は、自分がいかに何も知らなかったかを思い知った。

     *

 夏休みが終わり、再び大学へ戻った。

 ある日、美咲は祖父の家で見たヘクソカズラの写真をスマートフォンで見返していた。

 白い花。

 赤紫色の中心。

 小さく、繊細な姿。

 そして、あの強烈な名前。

「何見てるの?」

 友人に聞かれ、美咲は写真を見せた。

「ヘクソカズラ」

「何それ」

「花」

「変な名前」

「でしょ?」

 美咲は笑った。

 以前なら、自分も同じように笑っていた。

 けれど今は、違う。

「でも、見て」

 美咲は写真を指差した。

「こんなに可愛い花が咲くんだよ」

「本当だ。意外」

「うん」

 その言葉を聞いた瞬間、美咲は祖父の言葉を思い出した。

――見た目や名前、最初に会ったときの印象だけで、その人の全部を決めつけちゃいかん。

 あのとき、なぜ祖父が急に人間の話をしたのか。

 今ならわかる。

 花も人も、最初に見えるものだけがすべてではない。

 名前の向こう側に、その人だけの物語がある。

 無愛想な人には、無愛想になる理由があるかもしれない。

 口数の少ない人は、言葉を大切にしているのかもしれない。

 笑わない人にも、誰かの前でだけ見せる笑顔があるかもしれない。

 そして。

 変な名前をつけられた植物にも、こんなにも可愛らしい花が咲く。

     *

 秋が近づいた頃、グループ発表の日がやってきた。

 発表は無事に終わった。

 教授からも良い評価をもらえた。

「終わったね」

 教室を出たところで、美咲が言った。

「うん」

「お疲れさま」

「美咲も」

 翔太はそう言って、少しだけ立ち止まった。

「そういえば」

「何?」

「夏休み、祖父の家に行ったって言ってたよね」

「うん」

「どんなところだった?」

 美咲は少し考えた。

「すごく田舎」

「へえ」

「でも、面白い花があった」

「花?」

「ヘクソカズラ」

 翔太は数秒間、黙った。

「……何その名前」

 美咲は吹き出した。

「でしょ?」

「誰がつけたんだよ」

「昔の人」

「センスないな」

「でもね」

 美咲はスマートフォンを取り出した。

 保存していた写真を見せる。

 翔太は画面をのぞき込んだ。

「きれい」

「そうなの」

「意外」

「その言葉が花言葉なんだって」

「本当に?」

「うん。第一印象と、本当の姿が全然違うから」

 翔太は写真を見ながら言った。

「なんか、美咲が好きそう」

「どういう意味?」

「人のこと、最初に決めつけそうだから」

「ひどい」

「冗談」

 翔太は笑った。

 美咲も笑った。

「でも、当たってるかも」

「え?」

「私、最初、翔太くんのこと苦手だった」

「知ってる」

「知ってたの?」

「なんとなく」

「ごめん」

「だから別にいいって」

 翔太は前を向いた。

「今は?」

 美咲は少し考えた。

「今は……」

 ヘクソカズラの花が頭に浮かんだ。

 変な名前。

 独特の臭い。

 けれど、その中に咲く小さな花。

「今は、意外な人だと思ってる」

「また意外?」

「うん」

「どんなところが?」

「秘密」

「なんだそれ」

 二人は並んで歩き出した。

 窓の外には、秋の光が差し込んでいた。

     *

 その年の冬。

 美咲は再び祖父の家を訪れた。

 庭はすっかり冬の景色になっていた。

 夏に見たヘクソカズラの花は、もう咲いていない。

 けれど、美咲はあの場所へ行った。

 つるは、今もそこに残っていた。

「また来たのか」

 祖父が後ろから声をかけた。

「うん」

「ヘクソカズラを見に?」

「そう」

「花は咲いてないぞ」

「わかってる」

 美咲は笑った。

「でも、また夏になったら咲くんでしょ?」

「咲くさ」

「じゃあ、また見に来る」

 祖父はうなずいた。

 美咲は、枯れたつるを見つめた。

 今は何の変哲もない植物に見える。

 知らなければ、そのまま通り過ぎてしまうだろう。

 けれど、美咲は知っている。

 夏になれば、そこに小さな白い花が咲くことを。

 中心に赤紫色を抱いた、可愛らしい花が咲くことを。

 知っているから、今の姿も違って見える。

 人も同じなのだと思った。

 一度、その人の優しさを知れば。

 笑顔を知れば。

 大切にしているものを知れば。

 以前とは違う目で、その人を見ることができる。

 美咲は空を見上げた。

「おじいちゃん」

「なんだ?」

「第一印象って、変わるね」

「変わるさ」

「最初からちゃんと知ろうとするのって、大事なんだね」

 祖父はしばらく黙っていた。

「まあ、全部を知ることはできんけどな」

「うん」

「でも、知ろうとすることはできる」

 美咲はうなずいた。

 その言葉が、静かに胸へ落ちていった。

 全部を知ることはできない。

 けれど、最初から決めつけないことはできる。

 少し話してみる。

 少し近づいてみる。

 もう一度、その人を見る。

 そうすれば、思いがけない魅力に出会えるかもしれない。

 変な名前の花が、想像以上に美しかったように。

 苦手だと思っていた人が、誰よりも優しかったように。

 人生には、まだ知らない「意外」がたくさんある。

 そしてきっと、その意外な出会いこそが、毎日を少し面白くしてくれるのだろう。

 美咲は微笑んだ。

 次の夏。

 またあの小さな花が咲く頃には、自分はどんな新しい出会いをしているだろう。

 どんな人の、まだ知らない一面を知るのだろう。

 そんなことを考えながら、美咲は祖父と並んで家へ戻った。

 冬の風が、静かに頬を撫でていく。

 道の脇には、今は目立たないつるが伸びていた。

 けれど美咲には見えていた。

 まだ咲いていない、小さな白い花が。

 名前だけでは想像できない、美しい花が。

 そして、その花のように。

 誰の心にも、まだ誰かに知られていない魅力が咲いているのだと、美咲は思った。

 だからもう、最初の印象だけで決めつけるのはやめよう。

 少しだけ近づいてみよう。

 もう一度、よく見てみよう。

 そうすればきっと。

 名前の向こう側にある、本当の美しさに出会えるから。

 美咲は振り返り、もう一度ヘクソカズラのつるを見つめた。

「またね」

 小さくそう言って、微笑んだ。

 まだ花は咲いていない。

 けれど、美咲は知っていた。

 夏が来れば、そこにはまた、思いがけないほど可憐な花が咲くことを。

 そして人生にもまた。

 思いがけない出会いと、美しい発見が待っていることを。

 それこそがきっと、ヘクソカズラが教えてくれた「意外性」の意味だった。

9月9日、28日、10月16日の誕生花「シオン」

「シオン」

基本情報

  • 和名:シオン(紫苑)
  • 学名Aster tataricus
  • 英名:Tatarian aster
  • 科属:キク科・シオン属
  • 原産地:日本、東アジア
  • 開花期:9月~10月
  • 草丈:1~2mほどに育つ多年草
  • 利用:観賞用だけでなく、根は生薬(紫苑:しおん)として咳止め・去痰薬に使われる。

シオンについて

シオン(紫苑)は、秋に淡紫色の花を咲かせるキク科の多年草です。細い花びらが星のように広がり、群れ咲く姿が美しく、古くから日本で親しまれてきました。花言葉は「追憶」「君を忘れない」です。

特徴

  • 花の姿:淡い紫色の舌状花と、黄色の筒状花を持つ、菊に似た花を咲かせる。花は直径3~4cmほどで、茎の先端に多数つく。
  • :長楕円形で厚みがあり、下部の葉は大きく、上に行くほど小さくなる。
  • 草姿:まっすぐに高く伸びる茎の先に、群れ咲くように花をつける。すっきりとした立ち姿だが、風に揺れると少し儚げに見える。
  • 性質:丈夫で育てやすく、日当たりと水はけの良い場所を好む。切り花にしても長持ちする。

花言葉:「ためらい」

由来

  • 紫苑の花は、満開になってもどこか控えめで、はっきりと開ききらない印象を与える。その遠慮がちな咲き方から、「ためらい」という花言葉がつけられた。
  • また、花びらは繊細に細く広がるが、重なり合って揺れる姿が、思いを伝えたいのに口にできずに揺らぐ心を連想させる。
  • 日本では古くから和歌や物語にも登場し、**「言い出せない恋心」や「控えめな心情」**の象徴として描かれてきたことも、この花言葉に重なっている。

「紫苑のためらい」

夏の名残をひきずる風が、山裾の道を渡っていく。
 紗英は祖母の古い家の庭に立ち、揺れる紫苑の群れを見つめていた。

 ――どうして、こんなときに。

 胸の奥がざわつく。幼なじみの翔が来月、遠い街へ引っ越すことを知ったのは昨日のことだった。
 別れの言葉を口にすべきなのに、会えば笑ってしまい、肝心な想いは喉の奥で渦を巻くばかり。

 紫苑は満開に咲いているはずなのに、どこか控えめで、花弁を広げきらない。淡い紫が幾重にも重なり合い、風に吹かれて小さく揺れている。その姿が、紗英には自分の心そのもののように映った。

 「ためらい……」

 思わず声に出す。かつて祖母が教えてくれた花言葉が蘇る。
 ――この花は、思いを伝えたいのに言えない心を映すんだよ。

 紫苑の群れの向こう、木戸を押して翔が入ってきた。白いシャツに汗がにじんでいる。
 「おばさんから栗もらった。ほら」
 差し出された袋を受け取りながら、紗英は視線を合わせられない。口を開けば、涙が零れてしまいそうだった。

 庭の端で、翔も紫苑を見ていた。
 「小さい頃さ、この花の蜜を吸おうとして、蜂に追いかけられたの覚えてる?」
 「……覚えてるよ」
 思わず笑ってしまい、二人の間にやわらかな空気が流れる。けれどその優しさが、かえって紗英を苦しめた。

 伝えなきゃ。
 でも――。

 風に揺れる紫苑の花弁が、彼女の心を映すように震えていた。

 翔は、まるで心を見透かすように静かに言った。
 「紗英、俺……ずっと言えなかったことがある」
 驚いて顔を上げると、彼の目が真っ直ぐにこちらを射抜いていた。
 「離れても、おまえのこと忘れない。ずっと、大事な人だから」

 胸が熱くなった。言葉は喉で絡まり、涙で視界が滲む。紫苑の花が揺れて、空気そのものがやさしく震えているようだった。

 「……私も」
 ためらいながら、それでも声を絞り出す。
 「私も、同じ気持ち。ずっと言えなかったけど」

 翔は少し驚いたように、そして安堵したように笑った。ふたりの間を吹き抜ける風が、紫苑の群れを大きく揺らした。

 言えなかった想いは、花に重ねて咲き続けていた。
 ためらいの果てにようやく零れ落ちた言葉は、紫苑の紫のように淡く、けれど確かな色を持って、二人の心を結んでいった。

9月9日、12月1日の誕生花「キク」

「キク」

キクは、秋を代表する花の一つで、古くから日本人に親しまれてきました。花色や形が豊富で、観賞用のほか、切り花や食用にも利用されます。長寿や高潔さの象徴としても知られ、秋の風情を感じさせる美しい花です。

基本情報

  • 学名Chrysanthemum morifolium(和菊の代表種)
  • 科名:キク科
  • 原産地:中国
  • 開花期:9月~11月(秋を代表する花)
  • 花色:白、黄、赤、紫、ピンクなど多彩
  • 利用:観賞用(庭園、切り花、仏花、茶花)、食用(食用菊)、薬用

日本へは奈良時代頃に中国から伝わり、平安時代以降は貴族の間で観賞されました。江戸時代には品種改良が進み、多様な形や色の菊が作られました。

キクについて

特徴

  1. 多様な花姿
    一重咲きから八重咲き、大輪や小輪、細管のような花びらや糸のように繊細なものまで、変化に富む。
  2. 長寿や繁栄の象徴
    中国では「四君子」の一つとされ、気品や節操を表す花。日本では天皇家の御紋(十六八重表菊)に用いられ、「菊花紋章」として高貴さの象徴。
  3. 強い生命力
    切り花でも長持ちし、仏花や供花としても広く親しまれている。

花言葉:「高貴」

由来

キクに「高貴」という花言葉が与えられた背景には、以下の理由があります。

  1. 天皇家の象徴
    菊花紋章は天皇および皇室のシンボルであり、古くから権威や高貴さを表してきた。
    → 菊は「高貴な家柄」や「格式の高さ」と直結する花となった。
  2. 品格ある花姿
    放射状に整然と広がる花弁は、端正で気品のある印象を与える。特に白や紫の菊は清楚で凛とした美しさを持つ。
  3. 文化的背景
    中国では菊が「君子の花」とされ、節操を保つ姿の象徴とされたことが、日本にも影響を与えた。

「菊花の紋の下で」

秋の澄んだ空気の中、宮中の庭には白い菊が一面に咲き誇っていた。香りは控えめでありながら、どこか背筋を正させるような清らかさを放っている。

 今日、この庭に足を踏み入れたのは、地方から選ばれて上京した一人の青年、悠真であった。代々続く家に生まれたが、決して高い身分ではなく、ただ学問と誠実さを買われて宮廷の小役人に任じられたに過ぎない。

 しかし彼の胸を占めていたのは誇らしさではなく、不安だった。自分のような者が、この由緒ある場にふさわしいのだろうか――。

 庭の奥で、彼は一人の老臣と出会った。長く仕え、今は引退に近いその男は、悠真のためらう心を見透かしたように微笑んだ。
「迷いを抱えているのか」
「はい。私は、ここに立つにはあまりに小さな人間です」
「ふむ。しかし小さきものをも包み込むのが、この菊花の紋の意味だ」

 老臣は庭の中央に咲く大輪の菊を指差した。放射状に整った花弁が、白い光の輪のように広がっていた。
「菊は古来、皇室の象徴であり、‘高貴’を表す花とされてきた。しかしなぜか、わかるか?」
「……気品があるから、でしょうか」
「それもある。しかし真の理由は、菊が誰にでもその美を見せ、長く咲き続けるからだ。権威や格式はもちろんだが、同時に人々に寄り添い続ける花なのだよ」

 悠真は目を見開いた。高貴とは、ただ高みにあることではない。周囲を照らし、人を導き、誰もが仰ぎ見る存在になること――それが菊に託された意味だった。

 ふと吹いた秋風に、花弁が揺れる。白い花びらは、一斉に同じ方向を向き、天へと気高く伸び上がるように見えた。その姿に、悠真の心は静かに奮い立った。

 その後、彼は宮廷で小さな役目を一つひとつ誠実に果たし、次第に人々から信頼を得ていった。決して派手な功績ではない。だが彼の態度は、白菊のように清らかで凛としていた。

 数年後。老臣の言葉を思い出しながら悠真は、庭の菊を前に深く頭を垂れた。
「私はまだ小さな存在かもしれない。しかし、この花のように誠実でありたい。人に寄り添いながら、気品を失わずに生きていきたい」

 その瞬間、頭上の雲間から陽が差し込み、菊の花々が輝いた。彼の決意を祝福するかのように。

温泉の日

9月9日は温泉の日です

大分県九重町の温泉

この温泉の日は、大分県九重町(ここのえまち)が制定しています。この日に決めた理由ですが、九重町では数多くの温泉が存在していて「九重九湯」(ここのえきゅうとう)と言われていたことからだそうです。

大分県九重町

大分県九重町

大分県の九重町には、「筋湯温泉」はもちろん、数々の穴場なドライブスポットがあります。「九重“夢”大吊橋」「牧ノ戸峠」「小松地獄」「 龍門の滝 」などおすすめのスポットが他にもたくさんあります。その中でもおすすめな所をいくつか紹介します。

筋湯温泉

筋湯温泉

筋湯温泉には、共同の打たせ湯があります。18本あるパイプからお湯を落とし、それに肩や腰に打たせると、疲労や筋肉の痛みが取れるそうです。昔から治療で浸かりに来る人が多く、今も都塵を流す温泉場として人気があります。小松地獄からの蒸気によって蒸し上げた郷土料理の「極楽温鶏」は絶品です。

牧ノ戸峠

久住山への登山口

牧ノ戸峠は標高1333mで、やまなみハイウェイ最高地点にある峠です。こちらは久住山への登山口で、休日は登山客で賑わっています。また、登山口対面の展望台から迫る九重連山、遠くに見える阿蘇五岳を見渡す事ができます。そして春になると、山肌を覆っているミヤマキリシマ、秋には紅葉、冬では樹氷という風に「くじゅうの四季」の自然が感じることができる絶景ポイントです。

龍門の滝

龍門の滝

龍門の滝は、松木川沿いにある竜門寺にある滝です。この滝は1段目と2段目があり、滝の高さは、20mと幅40mあって、深い滝壷があります。そして滝壺から流れ落ちる2段目の滝は、岩壁を滑りながら落ちる約50mの滝です。この中でも、滑って楽しむ2段目の滝が絶好の若者の遊び場になっています。また、1段目の滝壺もプールのように泳いだりできる絶好の遊び場になっています。中には、岸壁から滝壺に飛び込んで遊ぶ人もいます。

個人的には「九重“夢”大吊橋」がおすすめ!

九重町の大吊り橋

九重の大吊り橋は、全長390m、そして何よりも、川床からの高さが173mの「日本一の高さ」といわれるほどの人道専用吊橋です。

怖いけど、思わずシャッターを押してしまう

九重町の大吊り橋の紅葉

2020年から2021年は、新型コロナウイルス感染防止対策により、旅行などはまだ厳しい状態ですが、自粛生活が落ち着きコロナウイルス感染が収束したらぜひ一度「百聞は一見にしかず」、とにかくチャレンジしてみてください。きっと、渡ったら皆さんも感じるでしょう。当然この高さは、高所恐怖症でなくても足がすくみますが、きっと絶景を眺めれば感動するはずです。「でも、決して下を見ないでね!恐怖が、ぶり返しますよ」(^-^)


「温泉の日」に関するツイート集

2026年の投稿

2025年の投稿

9月8日の誕生花「アブチロン」

「アブチロン」

アブチロンは、南米原産のアオイ科の植物で、春から秋にかけて釣り鐘のような花を咲かせます。赤や黄、橙色など花色が豊富で、長く伸びる枝に次々と花をつける姿が魅力。鉢植えや庭植えで楽しめ、明るく温かな場所を好みます。

基本情報

  • 名称:アブチロン
  • 別名:チロリアンランプ、ウキツリボク(浮釣木)
  • 学名Abutilon
  • 分類:アオイ科イチビ属(アブチロン属)
  • 原産地:ブラジル
  • 開花時期:4月~11月頃(温暖な地域では長期間開花)
  • 花の色:赤、黄、オレンジ、白、ピンクなど
  • 花の形:ベルやランプのように下向きに咲くのが特徴です。

アブチロンについて

特徴

  • 細い枝から、可愛らしい花を下向きに吊り下げるように咲かせる植物です。
  • 花の姿がランプに似ていることから、「チロリアンランプ」という別名でも親しまれています。
  • 品種が豊富で、鮮やかな花色や、葉に斑が入るものもあります。
  • 温暖な環境を好み、条件がよければ長い期間、次々と花を咲かせます。
  • 可憐で明るい花姿は、庭やベランダを華やかに彩ります。

花言葉:「良い便り」

由来

  • アブチロンの「良い便り」という花言葉は、風に揺れるランプのような花姿が、遠くから届く嬉しい知らせや、誰かのもとへ運ばれる便りを連想させることに由来するといわれています。
  • 下向きに咲く花が、まるで大切な誰かへそっとメッセージを届けているように見えることも、その由来の一つと考えられています。
  • 次々と花を咲かせる姿には、嬉しい知らせが続けて届くような明るい印象があります。
  • こうした可愛らしく温かみのある花姿から、**「良い便り」**という前向きな花言葉が結びつけられました。
  • 大切な人の幸せを願ったり、嬉しい知らせを待つ気持ちを表したりするのにふさわしい花といえるでしょう。


「風に揺れる、幸せの便り」

 郵便受けの蓋が鳴る音を聞くたびに、千尋は胸を高鳴らせるようになっていた。

 カタン。

 たったそれだけの音だった。

 朝、新聞配達の人が通ったとき。

 昼過ぎ、郵便配達員が手紙を入れたとき。

 夕方、近所の子どもが誤って郵便受けにぶつかったとき。

 そのたびに千尋は窓の方を見てしまう。

 けれど、待っている便りは、なかなか届かなかった。

「また何か来た?」

 居間から母が声をかける。

「ううん。電気代の請求書」

「世の中には、待ってなくても届くものが多いのよね」

 母の言葉に、千尋は苦笑した。

「本当にね」

 待っているものほど、なかなか届かない。

 千尋は請求書をテーブルの上に置き、窓の外を見た。

 庭先では、アブチロンの花が風に揺れていた。

 赤と黄色の花。

 細い枝から、ランプのような形をした花が下向きに咲いている。

 風が吹くたび、花は小さく揺れた。

 まるで誰かに何かを伝えようとしているように。

「今年もよく咲いたわね」

 母がいつの間にか隣に立っていた。

「うん」

「あなたのおばあちゃんが好きだったのよ、この花」

 千尋は庭を見つめた。

 祖母が亡くなって、もう五年になる。

 庭にあるアブチロンは、祖母が植えたものだった。

 千尋が子どもの頃、祖母はよく花の前で言っていた。

「この花はね、良い便りを運んできてくれるんだよ」

「本当に?」

 幼い千尋が尋ねると、祖母は笑った。

「本当だとも」

「どうして?」

「ほら、見てごらん」

 祖母はアブチロンの花を指差した。

「風が吹くと揺れるだろう?」

「うん」

「遠くから誰かが、便りを届けに来ているみたいじゃないか」

 千尋には、その意味がよくわからなかった。

 けれど、ランプのような花が風に揺れる姿は、確かに誰かの手紙のように見えた。

「じゃあ、良い便りが来たら教えてくれる?」

「きっと教えてくれるよ」

 祖母はそう言って、千尋の頭を撫でた。

 千尋が待っていたのは、弟からの連絡だった。

 三年前、弟の悠人は海外へ渡った。

 昔から、海外で働くことが夢だった。

 大学を卒業してから何年も勉強を続け、何度も面接を受け、ようやく希望していた仕事を見つけた。

「行ってくる」

 空港でそう言った弟の顔を、千尋は今でも覚えている。

「体に気をつけてね」

「姉ちゃんこそ」

「私は大丈夫」

「本当に?」

「大丈夫、大丈夫」

 千尋は笑った。

 けれど、弟が搭乗口の向こうへ消えていったあと、しばらくその場を動けなかった。

 小さな頃から、いつも一緒だった。

 喧嘩もした。

 くだらないことで笑った。

 お互いに大人になり、それぞれの生活を持つようになっても、何かあれば連絡を取り合っていた。

 そんな弟が、遠い国へ行ってしまった。

 最初の頃は、頻繁に連絡があった。

「こっちは暑いよ」

「今日、変な料理を食べた」

「仕事、めちゃくちゃ忙しい」

 短いメッセージばかりだったが、それでも千尋は安心した。

 生きている。

 元気にしている。

 それだけで十分だった。

 けれど、半年ほど前から連絡が少なくなった。

 仕事が忙しいのだろう。

 そう思っていた。

 最初は。

 しかし、一週間。

 二週間。

 そして一か月。

 連絡が来なくなった。

 千尋が送ったメッセージにも、返事がない。

 電話をかけてもつながらない。

「何かあったのかな」

 千尋は何度もそう思った。

 けれど、考えれば考えるほど、不安は大きくなる。

 事故に遭ったのではないか。

 病気になったのではないか。

 何か困っているのではないか。

 そんな考えが、夜になると次々に浮かんだ。

「大丈夫よ」

 母はそう言った。

「きっと忙しいだけ」

「でも、一か月だよ」

「悠人は昔から連絡がまめじゃないもの」

「それにしても」

 千尋は言葉を失った。

 心配している自分を、誰かに否定してほしくなかった。

 けれど、母を不安にさせることもできなかった。

 だから千尋は、毎日を普通に過ごした。

 仕事へ行く。

 買い物をする。

 夕飯を作る。

 母と話す。

 そして、時々、郵便受けを見る。

 もちろん、海外にいる弟から手紙が届くはずもない。

 今の時代、手紙よりもメッセージの方が早い。

 それでも千尋は、なぜか郵便受けを見てしまう。

 祖母の言葉を思い出すからだった。

――良い便りが来たら、きっと教えてくれるよ。

 その日も、アブチロンは風に揺れていた。

 千尋は仕事から帰ると、庭へ出た。

 夕方の光が、赤と黄色の花を照らしている。

「おばあちゃん」

 千尋は小さくつぶやいた。

「良い便りって、いつ来るのかな」

 返事はない。

 当然だった。

 けれど、風が吹いた。

 アブチロンの花が、一斉に揺れた。

 ランプのような花が、細い枝から小さく揺れている。

 その姿を見ていると、不思議と少しだけ心が落ち着いた。

 次々と咲く花。

 一つが終わっても、また新しい花が開く。

 まるで、終わりではなく、続いていくことを教えてくれているようだった。

「便りって、待ってるだけじゃ駄目なのかな」

 千尋は花に尋ねた。

 そして、自分で少し笑った。

 花が答えてくれるはずもない。

 その夜、千尋は弟の勤め先について、もう一度調べた。

 会社の問い合わせ先を見つけた。

 英語は得意ではなかった。

 何度も文章を書き直した。

 辞書を引いた。

 翻訳ソフトも使った。

 そして、震える指でメールを送った。

 弟と連絡が取れず、家族として心配していること。

 もし可能なら、無事だけでも確認したいこと。

 送信ボタンを押したあと、千尋はしばらく画面を見つめていた。

 これで何かが変わるかもしれない。

 変わらないかもしれない。

 それでも、何もしないで待つよりはよかった。

 翌日。

 千尋はいつものように仕事へ行った。

 昼休み。

 スマートフォンを見る。

 何もない。

 午後。

 また見る。

 何もない。

 帰宅途中。

 何度も画面を見る。

 それでも、何もなかった。

 家に帰ると、母が言った。

「今日はアブチロンがいっぱい咲いたわよ」

「そう」

「見てきなさい」

 千尋は庭へ出た。

 本当に、たくさんの花が咲いていた。

 赤。

 黄色。

 夕暮れの中で、いくつもの小さなランプが揺れている。

「きれい」

 思わず、そう言った。

 その瞬間だった。

 ポケットの中で、スマートフォンが震えた。

 千尋は息を止めた。

 画面を見る。

 知らない番号だった。

 一瞬、出るのをためらった。

 けれど、すぐに電話を取った。

「もしもし」

『姉ちゃん?』

 千尋は立ち尽くした。

 聞き間違えるはずがない。

「……悠人?」

『うん』

「悠人なの?」

『そうだよ』

「何してたの!」

 千尋の声は、自分でも驚くほど大きかった。

 庭の奥で、母が振り返った。

「一か月も連絡なくて! 電話もつながらなくて! どれだけ心配したと思ってるの!」

 言葉が次々と出てきた。

 怒っていた。

 心配していた。

 そして、何よりも安心していた。

 電話の向こうで、悠人が困ったように笑った。

『ごめん』

「ごめんじゃない!」

『本当にごめん』

「何があったの?」

『実はね』

 悠人は少し黙った。

『仕事、辞めたんだ』

 千尋の心臓が、また大きく鳴った。

「え?」

『前の仕事、あんまりうまくいかなくて』

「病気じゃないの?」

『元気だよ』

「事故にも遭ってない?」

『遭ってない』

「本当に?」

『本当』

 千尋は、その場にしゃがみ込んだ。

 力が抜けた。

 涙が出そうになった。

「じゃあ、どうして連絡くれなかったの」

『新しい仕事を探してた』

「そんなこと、一人で悩まないでよ」

『うん』

「家族でしょ」

 電話の向こうで、しばらく沈黙があった。

 そして、悠人が言った。

『実は、もう一つ理由があるんだ』

「何?」

『新しい仕事、決まった』

 千尋は顔を上げた。

『ずっとやりたかった仕事なんだ』

 悠人の声が、少し弾んでいた。

『だから、決まってから姉ちゃんに言いたかった』

「……本当に?」

『うん』

「よかった」

 その言葉を言った瞬間、千尋の目から涙がこぼれた。

「よかったね」

『ありがとう』

「本当によかった」

 何度も同じ言葉を繰り返した。

 それしか言えなかった。

 けれど、それだけで十分だった。

 母が近づいてきた。

「誰?」

 千尋は涙を拭きながら笑った。

「悠人」

 母の顔が変わった。

「悠人なの?」

 千尋はスマートフォンを母に渡した。

「元気だって」

「本当に?」

「うん」

「それで?」

「良い便りだよ」

 母は電話を受け取り、何度も「よかった」と言った。

 千尋は庭のアブチロンを見た。

 風が吹いた。

 ランプのような花が揺れた。

 まるで、遠くから届いた言葉を、ここまで運んできてくれたようだった。

 それから数年後。

 庭のアブチロンは、以前より大きく育っていた。

 千尋は時々、祖母のことを思い出す。

――この花はね、良い便りを運んできてくれるんだよ。

 あの頃は、ただの昔話のように思っていた。

 けれど今なら、少しだけわかる気がする。

 良い便りとは、どこか遠くから突然届くものだけではない。

 誰かを想う気持ち。

 心配する気持ち。

 自分から声をかける勇気。

 「元気?」と尋ねる優しさ。

 そんなものが、良い便りを運んでくるのかもしれない。

 待っているだけでは届かない言葉もある。

 だからこそ、自分から届けることも大切なのだ。

 千尋は、アブチロンの花を見上げた。

 風に揺れる花。

 誰かへ向けて、そっと言葉を届けるような花。

 一つの花が揺れると、隣の花も揺れる。

 そして、その動きが枝全体へと広がっていく。

 まるで、優しい言葉が人から人へ伝わっていくようだった。

 遠く離れていても。

 なかなか会えなくても。

 想っている気持ちは、きっと届く。

 大切なのは、待つことだけではない。

 自分から届けること。

 そして、誰かから届いた言葉を大切に受け取ること。

 千尋はスマートフォンを取り出した。

 悠人から届いたメッセージには、こう書かれていた。

――来月、帰るよ。

 千尋は笑った。

 そして、すぐに返事を書いた。

――待ってるね。気をつけて帰ってきて。

 送信ボタンを押す。

 それだけの短い言葉。

 けれど、その中にはたくさんの想いが込められていた。

 庭では、アブチロンが風に揺れている。

 赤と黄色の小さなランプ。

 今日もまた、誰かのもとへ良い便りを届けるように。

 そして千尋は、空を見上げた。

 これから先も、人生には不安な知らせがあるかもしれない。

 待っても待っても、答えが来ない日もあるだろう。

 それでも、信じていたい。

 風の向こうには、まだ知らない幸せがあることを。

 いつか、大切な人から笑顔の便りが届くことを。

 そして、自分自身もまた、誰かにとっての「良い便り」になれることを。

 アブチロンの花が、もう一度風に揺れた。

 それはまるで、遠くから届いた小さなメッセージのようだった。

 ――大丈夫。

 ――もうすぐ、良い便りが届くよ。

 千尋は微笑んだ。

 そして、風に揺れる花々を見つめながら、静かに待った。

 次の幸せな知らせが届く、その日まで。

8月27日、9月8日、18日の誕生花「ホウセンカ」

「ホウセンカ」

ホウセンカは、夏に赤やピンク、白などの可愛らしい花を咲かせる一年草です。熟した実に触れると種が勢いよく弾け飛ぶことから「飛び出す」姿が親しまれています。花言葉は「私に触れないで」「短気」など。

基本情報

  • 学名Impatiens balsamina
  • 科名:ツリフネソウ科
  • 原産地:インドや東南アジア
  • 一年草
  • 花期:夏(7月〜9月頃)
  • 花色:赤、桃、白、紫、絞り模様など
  • 別名:爪紅草(つまくれないぐさ)、爪紅(つまべに)
    • 花びらを揉んで汁を取り、女の子たちが爪を染めて遊んだことから。

ホウセンカについて

特徴

  • 草丈は30〜60cmほど。
  • 花は葉の付け根に一つずつ咲き、八重咲き・一重咲きの品種がある。
  • 果実(さや)は熟すと少しの刺激で弾け、中の種を勢いよく飛ばす性質を持つ。
    • 学名の Impatiens は「我慢できない」の意味で、この性質を表している。
  • 水やりを好み、日当たりの良い場所でよく育つ。

花言葉:「私に触れないで」

由来

  • ホウセンカは、熟した果実に軽く触れるだけで弾けて種を飛ばす
    まるで「触らないで!」と拒むような反応をすることから、この花言葉が生まれた。
  • 英語圏でも同様に Touch-me-not(私に触れないで)という呼び名がある。
  • 花姿の可憐さとは裏腹に、近づくとパッと弾ける繊細な性質が、控えめな人の心情や触れられたくない気持ちを象徴する。

「私に触れないで」

―ホウセンカの花言葉の由来―

ホウセンカは、熟した果実に軽く触れるだけで弾けて種を飛ばす。
まるで「触らないで!」と拒むような反応をすることから、この花言葉が生まれた。

英語圏でも同様に Touch-me-not(私に触れないで) という呼び名がある。

花姿の可憐さとは裏腹に、近づくとパッと弾ける繊細な性質が、控えめな人の心情や触れられたくない気持ちを象徴する。

短編小説

 夏の午後、校舎の裏庭に咲くホウセンカの列を、真奈はそっと見つめていた。
 鮮やかな赤や桃色の花は、どこか懐かしい。子どものころ、祖母が「爪紅にしてあげる」と言って、花びらをすりつぶし、真奈の小さな爪を染めてくれた。指先が赤く染まると、まるで特別な飾りをつけてもらったように嬉しかった。

 だが、いま目にしているホウセンカは、当時の記憶よりもずっと切ない輝きを放っていた。
 彼女は胸の奥に、どうしても触れられたくない秘密を抱えていたからだ。

 「真奈」
 背後から呼ぶ声に振り向くと、同級生の悠斗が立っていた。彼はいつも真っ直ぐで、誰にでも優しい。そんな彼に、真奈は心を許したいと思いながらも、なぜか一歩を踏み出せずにいた。

 「こんなところにいたんだ」
 悠斗が微笑んで近づいてくる。だが真奈は無意識に半歩後ずさる。その仕草を見て、悠斗の笑顔が一瞬だけ揺れた。

 「ごめん……」
 声がかすれる。理由もなく謝ってしまうのは、触れられることへの怖さが、自分でもうまく説明できないからだった。

 風が吹き、ホウセンカの実がひとつ、はじけ飛んだ。軽い音とともに小さな種が四方に散らばる。その様子に悠斗は目を丸くした。
 「すごい……触ったら弾けるんだな」
 「そう。だから、ホウセンカの花言葉は『私に触れないで』なんだって」
 真奈は小さくつぶやいた。

 悠斗はその言葉を聞くと、真剣な表情で彼女を見つめた。
 「……じゃあ、無理に触れない。真奈が、自分から手を伸ばしてくれるまで待つよ」

 その一言に、胸の奥がじんわりと熱くなる。拒まれることを恐れていたのは、相手にではなく、自分自身の心だった。誰かに触れられるのではなく、自分から触れてしまうことが怖かったのだ。

 ホウセンカの赤い花が、夕陽を受けて揺れている。触れられれば弾けてしまう実のように脆い心でも、誰かが待っていてくれるなら、いつかはその殻を破ってもいいのかもしれない。

 真奈は小さく息を吸い込み、そっと一歩、悠斗のほうへ近づいた。

9月8日、13日、30日の誕生花「ゼフィランサス」

「ゼフィランサス」

varun_saaによるPixabayからの画像

ゼフィランサスは、夏から秋にかけて咲く球根植物で、雨の後などに一斉に花を咲かせる姿から「レインリリー」とも呼ばれます。白やピンク、黄色の可憐な花を咲かせ、丈夫で育てやすいのも魅力です。

基本情報

  • 学名Zephyranthes
  • 科名:ヒガンバナ科(Amaryllidaceae)
  • 原産地:アメリカ
  • 和名:サフランモドキ、タマスダレ など
  • 英名:Rain lily(レインリリー)、Fairy lily
  • 開花期:5月下旬~10月(種類による)
  • 草丈:20~30cm程度
  • 特徴:雨が降った後などに一斉に花を咲かせることから「レインリリー」と呼ばれる。

ゼフィランサスについて

特徴

  • 花の姿
    花はクロッカスや小型のユリに似た形で、6枚の花弁を放射状に広げる。白・ピンク・黄色など、品種により色合いが異なる。
  • 花の咲き方
    晴れた日に開き、曇りや夜には閉じる。雨後に一斉に花茎を伸ばして咲く様子は、可憐で清楚な印象を与える。

  • 細長く芝生のような線形で、球根から叢生して伸びる。
  • 丈夫さ
    寒さには弱いが、繁殖力が強く、庭植えにすると群生しやすい。
  • 別名「タマスダレ」
    日本では白花のゼフィランサス・カンディダが広く普及し、線形の葉に白花が群れ咲く姿を「玉簾(たますだれ)」と呼んできた。

花言葉:「汚れなき愛」

由来

ゼフィランサスに与えられた花言葉はいくつかありますが、その中でも「汚れなき愛」は代表的です。

背景

  1. 清楚な白花のイメージ
    特にタマスダレ(白花種)は、真っ白な花弁を持ちます。その純白さが「無垢」「純粋さ」を象徴し、愛の清らかさに重ねられた。
  2. 雨に洗われて咲く姿
    雨上がりに花茎を伸ばして咲くことから、「雨で清められて生まれる花」と見なされた。大地を潤す雨とともに咲く姿が「汚れなき心」を連想させる。
  3. 儚さと一途さ
    一輪一輪は数日で終わる短命の花ですが、次々と新しい花を咲かせる。その姿が「途切れない純粋な愛」を表しているとされた。

「汚れなき愛」

夏の夕立が過ぎ去ったあと、街路樹の根元に群れ咲く白い花が雨粒を抱いたまま揺れていた。ゼフィランサス――タマスダレ。通りがかる人々は気にも留めないが、志穂は足を止めずにはいられなかった。

 「……今年も、咲いたんだ」

 彼女にとってこの花は、ただの草花ではない。五年前の夏、病室の窓際に小さな鉢を置いてくれた人がいた。彼女の婚約者だった、悠人である。

 当時、志穂は病に伏し、未来を失ったかのように塞ぎ込んでいた。そんな彼女の枕元に、悠人は小さな白い花を携えて現れた。

 「ゼフィランサスっていうんだ。雨が降ったあと、一斉に咲くんだよ。清らかで、真っ直ぐで……志穂みたいな花だと思ったんだ」

 不器用な言葉に、彼女は涙を零した。儚い花なのに、毎日次々と新しい花を咲かせる。その姿が、どんな状況でも彼女を励まし続けてくれた。

 だが、その翌年。悠人は事故で突然この世を去った。志穂の隣に、彼が再び現れることはなかった。

 それでも、鉢の中のゼフィランサスは、雨のたびに白い花を咲かせた。まるで悠人がそこにいて、「生きてほしい」と語りかけているようだった。

 志穂は悲しみに押し潰されそうになりながらも、その花を枯らさぬように世話を続けた。花が咲くたびに、彼女は亡き人の声を胸に聞いた。

 「大丈夫。僕はここにいる。君をずっと見守っている」

 ――雨上がりの街角。志穂は群れ咲く白花を見つめ、静かに微笑んだ。
 「汚れなき愛」――花言葉を思い出すたびに、彼の不器用な優しさと真っ直ぐな眼差しがよみがえる。

 たとえ姿が消えても、心に宿るものは消えない。短い命を繰り返し咲かせるゼフィランサスのように、彼の愛は途切れることなく志穂を支えているのだ。

 夕陽が差し込み、花弁の雫がきらめく。志穂は深く息を吸い込み、歩き出した。
 ――この愛を胸に抱いて、今日も生きていこう。

クータ・バインディングの日

9月8日はクータ・バインディングの日です

クータとは

株式会社渋谷文泉閣が開発した「クータ・バインディング」は、手を添えなくても開いたままで読めるユニバーサルデザインの製本です。長野県に本社を置き、この製本の普及を目的としています。制定日は、読書シーズンの秋と「ク→9、タ→8」の語呂合わせから決まりました。

「クータ・バインディング」の特徴

製本の仕組み

この製本方法は、本の背の部分に筒状の紙(クータ)を貼ることで、本を開くとき背表紙と本体間の空洞が、開いたページをほぼ平行に保つ構造です。この開発のきっかけは、肢体の不自由な友人から受けた要望で「手で押さえなくても閉じない読みやすい本が欲しい」ということからだそうです。

1. 軽量性

クータ・バインディングは、軽量な素材で作られており、登山やバックカントリーでの使用に適しています。軽さは長時間の活動において疲労を軽減します。

2. 高い耐久性

厳しい環境下でも使用できるように設計されており、耐久性が高いです。これにより、岩場や雪の中でも安心して使用できます。

3. 優れたフィット感

クータ・バインディングは、足の形にフィットするように設計されており、快適な履き心地を提供します。調整可能なストラップやバックルが装備されているため、個々の足に合わせた調整が可能です。

4. 優れたパフォーマンス

特に雪上でのパフォーマンスが高く、滑りやすい斜面でもしっかりとしたグリップを提供します。これにより、急な斜面や不整地でも安定した動きが可能です。

5. 多機能性

クータ・バインディングは、登山だけでなく、スノーボードやバックカントリーでも使用できる多機能性があります。このため、さまざまなアクティビティに対応できる柔軟性があります。

6. 簡単な取り付けと取り外し

ユーザーが簡単にバインディングを取り付けたり取り外したりできる設計になっており、特に雪山での迅速な対応が求められるシーンで便利です。

7. デザインとスタイル

クータ・バインディングは、スタイリッシュなデザインが特徴で、見た目にもこだわっています。さまざまなカラーやデザインが用意されているため、個々の好みに合わせて選ぶことができます。

クータ・バインディングは、軽量で耐久性が高く、優れたフィット感とパフォーマンスを提供するため、登山やスノーボード愛好者にとって非常に人気があります。多機能性とスタイリッシュなデザインも大きな魅力です。これからのアウトドア活動にぜひ取り入れてみてください。

頑丈さと読みやすさを重視

製本は最初、頑丈であることが優先されていて、人に優しい読みやすさとは異なる考え方のものでしたが、より多くの人に本を読んでもらうために試行錯誤を繰り返し、ようやくこの「クータ・バインディング」を開発し、頑丈であることも実現されています。

この製本は上肢の障害者に優しい

開いても勝手に閉じない製本

私のように左半身麻痺の障害があると、本を読む時は、必ずテーブルに置きます。そして、片手でページ開き、次のページ開く時が難しく指で押さえながらなので大変です。それで、この作りの製本は、身体の不自由な人間にとっては人に優しい開発になりますよね。確かに、「本を避けてた人もまた本を読もう」って気になります。


「クータ・バインディングの日」に関するツイート集

2026年の投稿

2025年以降の投稿

CMソングの日

9月7日はCMソングの日です

CMソング人気ランキング

1951年、初めてラジオでCMソングを使って中部日本放送(CBC)毎日放送の前身である新日本放送(NJB)でオンエアされています。その初のCMソングは、コニカミノルタ株式会社「さくらフイルム」のCMでしたが、歌の中に社名と商品名は入っていなかったそうです。

国内初のCMソング「ボクはアマチュアカメラマン」

僕はアマチュアカメラマン

そもそも、民間ラジオ放送の開始は1951年9月1日で、コニカミノルタ社は、民放第一声で新番組をはじめたいという想いから30分間、番組枠を購入しています。そして、人気作曲家の三木鶏郎先生に委嘱しました。それに対して三木先生は、NHKでは無いものは何かと考え、CMソングを提案しました。その時、あえて社名や製品名の無い国内初のCMソング「ボクはアマチュアカメラマン」が誕生しています。

カメラやフィルムの製造がルーツ、「コニカミノルタ 」

ちなみに「コニカミノルタ」は、画像の入出力や処理を中核とする独自の技術を身に付け、この技術を脈々と受け継ぎ、お客様の潜在的な課題である「見えないもの」を「見える化」する技術へと進化させています。そして、お客様や社会から求められる新しい価値を生み出しています。さらには、世界中のお客様の「見たい」というニーズに応えたいという思いが価値創造の原動力となる会社です。

CMソングから自然に馴染む曲

懐かしのCMソング

歌番組などが少ない現在、新曲を覚えるきっかけとなるのが、ドラマのオープニングやエンディングテーマとこのCMソングです。特にCMソングは、どんな番組でもCM時間帯にさりげなく流れて自然に耳に残ります。興味が無いジャンルでも覚えて好きな曲になることあるから凄いです。

現在の人気CMソング動画

現在人気のCMソングは、ジャンルを問わずあらゆる商品から斬新な表現力でヒットしていますが、中にはリリースから何年もたった曲がCMソングとして使用され、再ブレイクしています。さらには、往年の名曲を人気俳優さんがカバーしていたりという風に良い曲は引き継がれ、新しい曲はまた新たなトレンドを生んだりという感じです。その中でもいくつか2020年代前後の人気ヒットソングを紹介します。

緑黄色社会 「Mela!」

緑黄色社会 「Mela!」

YOASOBI 幾田りら 「全力少年」Cover.

YOASOBI 幾田りら 「全力少年」Cover.

[Alexandros] – ワタリドリ 

[Alexandros] – ワタリドリ 

あいみょん「ハルノヒ」

あいみょん「ハルノヒ」CMソング

上白石萌歌のHY「366日」

上白石萌歌のHY「366日」

消費者に影響を与える一つのきっかけに

Chris FosterによるPixabayからの画像

「CMソングの日」は、そういった音楽と広告の関係を改めて振り返り、広告業界のクリエイティブな側面や音楽が、消費者に影響を与えるきっかけになります。また、人気のCMソングが一種の文化現象となることもあり、その時代の流行や社会的背景を映し出す役割も果たしています。


「CMソングの日」に関するツイート集

2026年の投稿

2025年の投稿

8月12日、9月7日の誕生花「クロユリ」

「クロユリ」

クロユリは、北海道や本州中部以北の高山などに自生するユリ科の多年草です。黒紫色の花を下向きに咲かせる姿が印象的で、「恋」「呪い」などの花言葉を持ちます。独特の香りがあり、初夏の高山を彩る花として知られています。

基本情報

  • 学名Fritillaria camschatcensis(フリチラリア・カムチャトケンシス)
  • 科名:ユリ科
  • 属名:バイモ属(フリチラリア属)
  • 原産地:日本、東アジア、北アメリカ北西部など
  • 開花時期:5月~8月ごろ
  • 花の色:黒紫色、暗紫褐色
  • 草丈:20~50cmほど

クロユリについて

特徴

  • 名前の通り、黒に近い紫色の花を下向きに咲かせる、独特な美しさを持つ多年草。
  • 花は釣鐘のような形をしており、内側には網目状の模様が見られることがある。
  • 北海道などの高地や草原に自生し、冷涼な環境を好む。
  • 一般的なユリとは異なり、独特の姿と色合いから山野草としても人気がある。
  • 花には独特の香りがあり、英名では「Kamchatka fritillary」などと呼ばれている。


花言葉:「恋」

由来

  • ひっそりとうつむくように咲く黒紫色の花姿が、秘めた恋心や人知れず誰かを想う気持ちを連想させることに由来するといわれている。
  • 鮮やかな花とは異なる神秘的でミステリアスな色合いが、簡単には人に明かせない恋の情熱や深い想いを象徴している。
  • 古くからクロユリには恋にまつわる伝承があり、特に北海道では、好きな人の近くにクロユリを置き、相手がその花を手にすると結ばれるという言い伝えが知られている。
  • こうした恋愛にまつわる伝承と、ひっそりと咲く神秘的な花姿が結びつき、「恋」という花言葉につながったと考えられている。


「黒百合の咲く場所で」

 六月の終わり、北海道にはまだ少しだけ春の名残があった。

 山あいの道を抜けると、青々とした草原が広がっている。澄んだ空気の中を冷たい風が吹き抜け、遠くの山々には薄い雲がかかっていた。

 彩乃は、十年ぶりにこの場所へ戻ってきた。

 幼い頃、祖母に連れられて何度も訪れた場所だった。

 その頃の彩乃には、ここが世界のどこにあるのかさえ分からなかった。ただ、風の音と鳥の声を聞きながら歩くことが好きだった。

 そして、もう一つ。

 この場所には、祖母から教えてもらった特別な花があった。

 クロユリ。

 黒に近い紫色の花を、うつむくように咲かせる小さな花。

 華やかではない。

 むしろ、少し寂しげで、近づかなければ見落としてしまいそうな花だった。

 けれど、彩乃はその花が好きだった。

 子どもの頃、祖母は言った。

「クロユリにはね、恋のおまじないがあるんだよ」

「恋?」

「そう。好きな人の近くにクロユリを置いて、その人がその花を手に取れば、二人は結ばれるっていう言い伝えがあるの」

 幼い彩乃には、その意味がよく分からなかった。

 けれど、「好きな人」という言葉だけは妙に心に残った。

 そして高校生になった頃、初めてその言葉の意味を知った。

 好きな人ができたのだ。

 名前は悠真。

 幼なじみだった。

 小学生の頃から一緒に遊び、中学生になっても同じ道を歩いて学校へ通った。

 高校に入ってからも、放課後になると自然に一緒に帰ることが多かった。

 けれど、いつからか彩乃は、悠真のことを「幼なじみ」ではなく、一人の男性として見るようになっていた。

 笑った顔を見ると嬉しくなる。

 名前を呼ばれるだけで胸が高鳴る。

 他の女の子と話していると、なぜか落ち着かない。

 これが恋なのだと気づいたとき、彩乃は嬉しいような、怖いような、不思議な気持ちになった。

 そしてある夏の日、二人でこの草原を訪れた。

「ここ、昔と変わらないな」

 悠真が言った。

「うん」

 彩乃は笑った。

 けれど本当は、胸の奥で別のことを考えていた。

 祖母から聞いた、クロユリの伝承。

 好きな人の近くに花を置き、その人が手に取れば結ばれる。

 そんな昔話を信じるなんて、子どもっぽいと思っていた。

 それでも、彩乃は一本のクロユリを見つけた。

 黒紫色の花が、ひっそりとうつむいている。

 まるで誰にも知られたくない秘密を抱えているようだった。

「何見てるの?」

 悠真が近づいてきた。

「クロユリ」

「珍しいな」

「昔、おばあちゃんに教えてもらったの」

 彩乃はそこで言葉を止めた。

 花を摘んで渡すことはできなかった。

 自然の中で咲いている花を勝手に摘むこともできない。

 それ以上に、自分の気持ちを知られることが怖かった。

「何?」

「ううん。なんでもない」

 結局、その日は何も言えなかった。

 帰り道、夕暮れの中で悠真が言った。

「俺、来月から東京の大学に行くんだ」

 彩乃は足を止めた。

「……そうなんだ」

「うん。ずっと言おうと思ってた」

 胸の奥が、急に冷たくなった。

 分かっていた。

 高校を卒業すれば、それぞれの道へ進む。

 いつまでも一緒にいられるわけではない。

 それでも、現実として聞かされると苦しかった。

「彩乃は?」

「私は地元の大学」

「そっか」

 二人の間に、しばらく沈黙が流れた。

 風が草原を渡っていく。

 その風に揺れるクロユリが、遠くで小さく見えていた。

「じゃあ、また帰ってきたら会おう」

 悠真が笑った。

「うん」

 彩乃も笑った。

 それが精いっぱいだった。

 卒業式の日。

 彩乃は最後まで告白できなかった。

 好きだった。

 ずっと好きだった。

 けれど、離れてしまう相手を引き止める勇気がなかった。

 悠真が東京へ旅立ったあと、二人はしばらく連絡を取り合った。

 最初は毎日のようにメッセージを交わした。

 大学の話。

 新しい友達の話。

 地元の話。

 そんな何気ない会話が楽しかった。

 けれど時間が経つにつれて、連絡は少しずつ減っていった。

 卒業。

 就職。

 新しい生活。

 二人はそれぞれの人生を歩き始めた。

 気づけば、十年が過ぎていた。

 そして今。

 彩乃は、あの日の草原に立っている。

 風が吹いた。

 草の間から、黒紫色の花が顔をのぞかせている。

 クロユリだった。

「まだ咲いてるんだ……」

 彩乃はしゃがみ込み、その姿をじっと見つめた。

 その花は、あの頃と同じようにうつむいていた。

 秘めた想いを誰にも明かさないように。

 彩乃はふと笑った。

「私も、ずっとそうだったのかな」

 言えなかった。

 伝えられなかった。

 好きだったという気持ちを、心の奥にしまったまま十年が過ぎた。

 スマートフォンを取り出す。

 連絡先には、今も悠真の名前が残っている。

 けれど、連絡を取る理由などない。

 そう思って画面を閉じようとした、その瞬間だった。

 スマートフォンが震えた。

 一通のメッセージ。

 送り主は、悠真だった。

『久しぶり。今、北海道に来てる』

 彩乃は息を止めた。

 続いて、もう一通。

『昔、一緒に行った場所に行ってみようと思ってる』

 心臓が大きく跳ねた。

 そんな偶然があるのだろうか。

 彩乃は周囲を見渡した。

 遠くに、一人の男性が立っている。

 見覚えのある姿。

 ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

「……彩乃?」

「悠真……」

 十年という時間が、一瞬で消えていくようだった。

「久しぶり」

「うん」

 それ以上、言葉が出なかった。

 二人は昔のように草原を歩いた。

 学生時代の話をした。

 仕事の話をした。

 家族の話をした。

 そして、昔ここへ来た日のことも。

「覚えてる?」

 悠真が言った。

「この辺にクロユリが咲いてたよな」

「覚えてるよ」

「俺、あのとき彩乃が何か言いたそうにしてたの、気づいてた」

 彩乃は驚いて彼を見た。

「……気づいてたの?」

「うん。でも聞けなかった」

「どうして?」

「怖かったから」

 悠真は少し笑った。

「もし聞いて、今までの関係が変わったら嫌だった」

 彩乃は黙った。

 自分も同じだった。

 好きだった。

 でも失うのが怖かった。

 だから言えなかった。

 十年間、ずっと。

「私ね」

 彩乃はゆっくり口を開いた。

「昔、悠真のことが好きだった」

 言葉にした瞬間、胸の奥にあったものが静かにほどけていく。

 悠真は驚いたように彩乃を見つめた。

「……昔?」

「うん」

 彩乃は笑った。

「今は、分からない」

 悠真も笑った。

「俺も同じかもしれない」

 その言葉に、彩乃は少しだけ胸が高鳴った。

 けれど、すぐに答えを求める必要はなかった。

 十年の時間を飛び越えて再会できた。

 それだけで十分だった。

 夕方。

 二人は草原に咲くクロユリの前で立ち止まった。

 黒紫色の花が、風に揺れている。

「クロユリって、恋の花なんだよね」

 悠真が言った。

「うん」

「じゃあ、昔の俺たちにはぴったりだったのかもな」

「どういう意味?」

「言えなかったから」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 クロユリは何も語らない。

 ただ、うつむいたまま静かに咲いている。

 その姿は、誰にも知られない恋心そのものだった。

 けれど、秘めた想いは決して無意味ではない。

 たとえ届かない日があっても。

 たとえ時間が流れても。

 本当に大切にした気持ちは、心の中から消えることはない。

 そして時には、十年という長い時間を越えて、再び誰かをつなぐことさえある。

 クロユリの「恋」という花言葉は、華やかで明るい恋だけを表しているのではない。

 ひっそりとうつむいて咲く花の姿。

 黒紫色の神秘的な色。

 そして、好きな人と結ばれるという古くからの伝承。

 それらが重なり合い、誰にも言えない恋心や、深く秘めた想いを象徴する花となったのだ。

 夕暮れが草原を包み始める。

 彩乃は空を見上げた。

 十年前と同じ空だった。

 けれど、今はもう違う。

 言えなかった言葉を、ようやく口にすることができた。

 それだけで、胸の奥にあった長い間の痛みが、少しずつ優しい記憶へ変わっていく。

「また来ようか」

 悠真が言った。

「うん」

 彩乃は笑った。

 今度は、いつになるか分からない約束ではない。

 二人で歩く未来を、自分たちの意思で選んでいけばいい。

 帰り道、彩乃はもう一度クロユリを振り返った。

 黒紫色の花は、夕暮れの中で静かに咲いていた。

 誰にも気づかれないほど小さく。

 それでも確かな存在感を持って。

 まるで、長い間胸の奥で眠っていた恋が、ようやく光の中へ出てきたことを祝福するように。

 彩乃は微笑んだ。

 恋とは、必ずしも誰かと結ばれることだけではない。

 誰かを想った時間。

 その人の幸せを願った気持ち。

 伝えられなかった言葉。

 それらすべてが、一人の人間の心を深くしてくれる。

 そして時には、その想いが未来へ続く扉を開くこともある。

 風が吹いた。

 クロユリが静かに揺れた。

 その花は何も語らない。

 ただ、秘められていた恋をそっと包み込むように、静かに咲き続けていた。