愛犬の日

5月13日は愛犬の日です

5月13日は愛犬の日

5月13日は、制定した団体や目的、由来などの詳細は不明であり、あまり馴染みがありませんが、この日は愛犬の日となっています。それでは一体どんな記念日なのでしょう。今回は、愛犬の日の由来や歴史、また愛犬の日以外の犬の記念日など調べてみました。

愛犬の日の由来は?

愛犬の日の由来

この日のきっかけは、1956年5月13日に犬のイベントが開催され、その日から後に「愛犬の日」と呼ばれるようになったといわれています。太平洋戦争が終結した1945年に、日本はすべてを失い様々な分野で新たな時代を迎えています。

犬に関する情報網

そして、犬を取り巻く環境も変化していき、色々な犬種がペットして飼われはじめ、犬に関する情報網も整備されました。この時期に犬への関心が高まり、「愛犬の友」という雑誌が1952年1月に創刊され、より犬への関心が深まったといいます。犬への関心をさらに高めるため、当時の誠文堂新光社社長だった小川菊松氏は、当時としては珍しいイベントを計画しました。そのイベントがこの日に開催され、「愛犬の日」となったといわれています。

他にも愛犬関連の日がたくさん!

動物を大切にするための記念日

この一年間で「愛犬の日」以外も、犬又は猫などの動物を大切にしようという記念日がたくさんあります。それらの記念日をいくつか紹介します。

忠犬ハチ公の日

秋田犬

忠犬ハチ公の日は、以前このサイトで詳しく紹介していますが、この日は亡くなっても飼い主の帰りを待ち続けたハチの命日の1か月後に秋田犬群像維持会によって制定されました。実はこのハチ、柴犬ではなく秋田犬であり、外見がよく似ていますが、秋田犬は柴犬に比べ、大きいのめという特徴があります。

ファシリティドッグの日

ファシリティドッグ

「ファシリティドッグ」とは、病院に常勤して医療チームの一員として働くために専門的なトレーニングを受けた犬です。臨床経験のある看護師「ハンドラー」とペアになって活動、そして単なる患者との触れ合いだけではなく、治療にも関わります。日本ではまだ、シャイン・オン・キッズ(認定NPO法人)が派遣している2頭(ゴールデンレトリバー)しか存在していないそうです。「ファシリティドッグの日」は7月1日です。

動物愛護週間

動物愛護週間

動物愛護週間は、動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)の理解と関心を深めるために定められています。

動物虐待防止の日

動物愛護法

愛護動物を虐待や「遺棄・みだりに殺したり傷つける」ことは違法行為となり、それを違反すると、懲役や罰金に処せられます。ちなみに、愛護動物は、牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏及びあひるなどです。そして、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するものも該当します。「動物虐待防止の日」の日付は、9月23日となっています。

動物に何の罪は無い

罪も無い動物に人間が愛情を持って接する

我々人間は、生きるために命をいただくことはあります。しかし、それだけで十分であってそれ以上ことは、何もありません。また動物はというと、人間が勝手に作った社会について行くしかないのが現状です。せめて、何の罪も無い動物に人間が愛情を持って接しながら、どういう風に共存していくかが今後の課題となるような気がします。

---- 2022年・最新情報 -----

ウクライナ避難民ためのペット「特別ルール」

ウクライナ避難民ためのペット「特別ルール」が適用されました。一般的には、動物検疫の書類無しでは最大180日の係留が適用されますが、災害救助犬などが海外から支援にきたときには、「特例ルール」が適用されます。しかし今回の場合、「狂犬病ワクチン」2回接種歴と「血液検査」から基準値以上の抗体価であれば、飼い主の滞在先に同行できるそうです。そして、待機期間中の抗体価が低い時には、1日2回の健康観察や動物検査所への週1回の報告などへの同意を求めるというものです。

ロシアのウクライナ侵攻

今回、日本側の対応として「ロシアのウクライナ侵攻」の危険から無事に逃れたウクライナ避難民の心理を読み取り、異国での不安などから、愛犬と一緒にいることで少しでも安らぐことを願うということで、日本の農林水産省が素早く動物検疫の係留守期間を緩和したのことです。人の命を何とも思わない軍隊から恐怖を与えられ、ようやくたどり着いた異国の不安な気持ちを癒してくれるのは、やはり欲も野心も無い愛犬であることは誰もが知っています。



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5月11日の誕生花「白いチューリップ」

「白いチューリップ」

Kerstin RiemerによるPixabayからの画像

基本情報

  • 学名Tulipa gesneriana
  • 分類:ユリ科 チューリップ属(Tulipaceae)
  • 原産地:中央アジア~北アフリカ
  • 開花時期:3月~5月(春咲き)
  • 草丈:約20〜60cm(品種によって異なる)
  • 花色:白(他にも赤、黄、紫、ピンクなど多様な色が存在)
  • 花の形:杯状または星形に開く6枚の花被片(花びらのような構造)
  • 用途:庭植え、鉢植え、切り花などに利用される
  • 育てやすさ:比較的容易。秋に球根を植えて春に開花

白いチューリップについて

rumpelによるPixabayからの画像

特徴

  • 清楚で上品な印象
     白という色がもつ「純粋さ」や「無垢さ」を象徴し、控えめで清らかな雰囲気を持ちます。フォーマルなシーン(結婚式・卒業式など)でも好まれる色です。
  • シンプルな美しさ
     他の鮮やかなチューリップと比べて、派手さはないものの、すっきりと洗練された姿が見る人に安らぎを与えます。
  • 他の花と合わせやすい
     白はどんな色とも調和するため、ブーケや花壇で他の色の花との組み合わせがしやすいのも大きな魅力。
  • 品種の幅が広い
     白いチューリップにも一重咲き・八重咲き・ユリ咲き・フリンジ咲きなど、さまざまな形状の品種が存在します。
  • 夜間や雨で閉じる性質
     日光が当たると開き、日が陰ると閉じるという性質があり、花の動きで時間や天気を感じられるのも魅力の一つです。

花言葉:「純真」

  • 意味:「汚れのない心」「純粋で素直な心」
  • 由来:白という色には「無垢」「清らかさ」「純潔」といったイメージがあり、白いチューリップのすっきりとした花姿がそのイメージと重なります。
  • 背景:特にヨーロッパでは、白い花は「聖性」や「天使のような存在」を象徴することが多く、白いチューリップもその延長として「純真」という花言葉が与えられました。

「白いチューリップの約束」

Manfred RichterによるPixabayからの画像

春の風がやさしく吹く午後、菜摘(なつみ)は庭の片隅にある小さな花壇の前でしゃがみ込んでいた。彼女の指先がふれるのは、まっすぐに咲いた三本の白いチューリップ。純白の花びらは陽光を受けて静かに輝き、まるで天使が地上に落としていった羽のようだった。

「おばあちゃん、この花、ちゃんと咲いたよ」

そう声をかけたのは、そこに誰もいないのをわかっていてのことだった。

菜摘の祖母、澄江(すみえ)は昨年、静かに息を引き取った。優しく穏やかな人で、いつも季節の花を絶やさなかった。中でも白いチューリップは、澄江が最も大切にしていた花だった。

「白いチューリップには“純真”って花言葉があるのよ」と、祖母はよく語っていた。

「汚れのない心、素直でまっすぐな気持ちを忘れないように、ってことかしらね」

小学生の頃は、その言葉の意味があまりよく分からなかった。ただ「白い花=きれい」くらいに思っていた。けれど、年を重ねるにつれ、その言葉が心に残るようになった。

Zhu BingによるPixabayからの画像

――どうして、白だけがそんなに特別なの?

ある日、そう尋ねると、祖母は土に植えたばかりの球根を見つめながら答えた。

「白はね、他の色に染まることもできるけれど、自分自身で輝くこともできるの。不思議な色よ。何も持たないように見えて、何でも映し出せるの」

そのとき、菜摘はまだ子どもで、深く理解はできなかった。でもその言葉の響きだけが、心に残っていた。

高校生になった頃、菜摘は学校で人間関係につまずいた。好きなことも言えず、周囲に合わせてばかり。誰かに嫌われたくない、傷つけたくない、そればかり考えていた。次第に自分の本音が分からなくなっていった。

そんなとき、ふと思い出したのが、祖母がくれた小さな球根だった。引き出しの奥にしまったままだったが、春が近づいたある日、ふと思い立って庭に植えた。

それが、いま咲いている三本の白いチューリップだ。

「ねえ、おばあちゃん。私、本当はずっと怖かったんだ。人に嫌われるのも、自分が誰なのか分からなくなるのも。でも……この花、見てたら、少しだけ分かった気がするの」

風が吹き、チューリップの茎がやさしく揺れた。

jacqueline macouによるPixabayからの画像

白い花は、染まらない。けれど、何もないわけじゃない。まっさらでいるからこそ、どんな色でも受け入れることができる。その上で、自分だけの「白」として輝いている。

「私も、そんなふうになりたいな」

菜摘はそう呟くと、立ち上がって花壇の横にそっと腰を下ろした。祖母がよくしていたように、静かに空を見上げる。

そこには、雲一つない青空と、春の匂いが広がっていた。

白いチューリップが風に揺れながら、まるで応えるように光を受けていた。

ナイチンゲール・デー

5月12日はナイチンゲール・デーです

5月12日はナイチンゲール・デー

1920年に赤十字社が、イギリス看護師であったフローレンス・ナイチンゲール(1820~1910年)の誕生日であるということで、この日を記念日として制定しています。この日の目的は、近代看護の基礎を築いたナイチンゲールの功績を称えることです。

ナイチンゲール

ナイチンゲール

ナイチンゲールは、1820年に両親の新婚旅行中にトスカーナ大公国の首都フィレンツェで生まれました。名はフローレンスという名が付けられ、イタリア語のフィレンツェを意味するといわれます。古代ローマ時代に、花の女神フローラの町としてフロレンティアと名付けたことが語源となっているそうです。またナイチンゲールは、裕福な家庭で育ち、「フランス語」「ギリシャ語」「イタリア語」「ラテン語」などの外国語から、経済学と数学、天文学と美術など家庭教師による英才教育を受けて育っています。しかし、後のイギリスでは飢餓が蔓延し、貧困層の酷い暮らしぶりにその時、ナイチンゲールは心を痛め、病気や飢えに苦しむ人々のために奉仕活動をしたいと決心し、また天命であると確信したそうです。そして、そんな彼女が一念発起して1849年に看護婦になりたいと決意したそうです。

病院は病人が集う不潔な場所!?

看護師

この当時は、医者が家へ行き往診する形態が一般的であり、病院はむしろ社会的地位も生活水準も低い階層である病人が集う不潔な場所となっていました。そして看護師といったら、専門知識のない御手伝いやお世話係的な存在で、下級の無教養な女性がする仕事になっていたそうです。当然、彼女の家族は看護師になるという決意に対して猛反対しますが、意志の強いナイチンゲールは家族の反対を押し切り、1851年31歳にドイツのカイゼルスベルト学園で看護師の勉強を始めます。その後は、イギリスのロンドンで医療や看護や病院の運営などの教育を受け、イギリス各地の病院の状況を把握して専門的教育を受けた看護婦の必要性を訴え始めたといわれています。

クリミアの天使

クリミアの天使

彼女の運命を変えた1853年は、オスマン帝国トルコとロシアの間で勃発したクリミア戦争でした。南下を目指すロシアに対し、脅威を感じたイギリスとフランス軍がオスマン帝国を支援し、黒海に突き出したクリミア半島で激突しました。そして戦闘で負傷兵たちは、イギリス軍の基地に置かれたイスタンブールのアジア側スクタリ(今のウスキュダル)の陸軍野戦病院にて治療を受けます。そこでナイチンゲールは1854年に、イギリス24名のシスターと10名の志願看護婦とともにイスタンブールに向かって、兵士の看護を行ったといわれています。

過酷な状況でも献身的な看護

ナイチンゲールとクリミア戦争

しかし、野戦病院に着いたナイチンゲール達は、当時の男社会からお嬢様たちの御遊びと馬鹿にされて軍医から軍からも歓迎されません。それでも、傷病兵が病院の床に直で寝かされている状況から、生き残っても傷ではなく感染症で命を落とすとして、看護につけなくても掃除や食事など衛生状態の改善に努めたそうです。こうして過酷な状況下でも、様々な献身的な看護を行ったことが天使のように思われたのでしょう。

彼女の意志を忠実に受け継ぐ看護師

看護師の仕事

病院に行くと必ず看護師が居て、優しくサポートしてくれますが、これらの医療は赤十字社などが世界中で活躍されています。そして、この時のサポートがまさにナイチンゲールより受け継いだ看護に対するノウハウをでしょう。また、2020年から今年2021年は、新型コロナの感染者が増加し、医療が崩壊寸前の時期ありました。自分が感染しないよう、せめて地元の看護師さんだけでも苦労をさせないようにすることも大切ですね。



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5月10日の誕生花「ヤグルマギク」

「ヤグルマギク」

Gerald ThurnerによるPixabayからの画像

基本情報

  • 学名Centaurea cyanus
  • 和名:ヤグルマギク(矢車菊)
  • 英名:Cornflower(コーンフラワー)
  • 科名/属名:キク科/ヤグルマギク属
  • 原産地:ヨーロッパ東南部
  • 開花時期:12月~7月
  • 花色:青、紫、ピンク、白など(特に青が有名)
  • 草丈:30~100cmほど
  • 一年草

ヤグルマギクについて

特徴

  • 形状:花の形が「矢車(こいのぼりの上にある風車)」に似ていることから「矢車菊」と名付けられました。
  • 育てやすさ:日当たりと風通しのよい場所を好み、初心者でも育てやすい花。
  • 用途:花壇、切り花、ドライフラワーなど。ヨーロッパではブーケによく使われます。
  • 象徴的な青色:鮮やかな青色の花は特に人気があり、かつては青い花の象徴的存在でした。

花言葉:「デリカシー」

M WによるPixabayからの画像

ヤグルマギクの花言葉には以下のようなものがあります:

  • デリカシー(繊細)
  • 優雅
  • 幸福感
  • 教育
  • 独身生活(英語圏)

「デリカシー」の由来について:

  • ヤグルマギクの細かく繊細に裂けた花びらや、柔らかく上品な佇まいが、「心の機微」や「繊細な感受性」を連想させます。
  • また、主張しすぎない姿と控えめな美しさが、相手の気持ちに寄り添うようなやさしさ=デリカシーを象徴すると考えられています。

ヨーロッパでは、友情や誠実さを表す花として贈られることもあり、その思いやりの心がこの花言葉に通じています。


「蒼のそばに」

SchorschによるPixabayからの画像

五月の風が穏やかに吹き抜ける、丘の上の小さな庭園。そこには、ひときわ目を引く青い花が揺れていた。ヤグルマギク。
細かく裂けた花びらは、まるで誰かの秘密を守るように静かに風に揺れ、眩しいほどの空の色を映していた。

「やっぱり、ここが好きなんだね」

声の主は、春香。高校三年生の彼女は、放課後になると決まってこの丘にやってきては、青い花を見つめていた。花を育てていたのは、ひとつ年上の智也。近所に住む寡黙な大学生で、二人が言葉を交わすようになったのは、去年の夏のことだった。

「なんでこの花ばっかり育ててるの?」

そう聞いた春香に、智也は少し考えてから言った。

「……人の気持ちに触れる花だから、かな」

意味がよくわからなかった。でも、春香は彼の静かな声と、その後に続いた「デリカシーって、こういう花のことなんじゃないかな」という言葉が、妙に心に残った。

彼はいつも、誰かの後ろで静かに寄り添うような人だった。道に迷った観光客に地図を手渡したり、図書館で子どもが落とした本を気づかれないように棚に戻したり。派手ではないが、そっと手を差し出すような優しさを持っていた。

春香はそんな彼のことを、少しずつ、でも確かに好きになっていた。

──けれど、その気持ちを伝えることはなかった。

BrunoによるPixabayからの画像

彼女にはわかっていた。彼は誰かに好かれることよりも、そっと誰かを支えることに価値を置いている人だということを。

春香が受験勉強に集中するため、丘へ通うのをやめようと決めたのは、ある雨の午後だった。いつものように花を見に行こうとしたとき、彼が一人で花にビニールをかけ、ぬかるんだ道を歩いていたのを見た。

びしょ濡れになりながらも、花を守ろうとする姿に、春香はそっと目を伏せた。

「この気持ちも、きっとあの青い花と一緒で、静かに咲いていればいいんだ」

翌日から春香は丘へ行かなくなった。

それから数ヶ月が経ち、春になった。

Else SiegelによるPixabayからの画像

合格通知を受け取った日、春香は久しぶりに丘を訪れた。そこには、見覚えのある青い花と、一枚の手紙が風に揺れていた。

《春香さんへ

花の世話をしながら、あなたがいない季節を過ごしました。
ヤグルマギクは、そっと寄り添って咲く花です。
あなたが僕にくれた言葉や笑顔も、同じように、静かに心に咲いていました。

また会えたら、今度は僕のほうから声をかけます。》

青い花が、風の中でやさしく揺れた。

それはまるで、「今度こそ」と、春香の背中を押してくれているようだった。

エベレスト日本人初登頂記念日

5月11日はエベレスト日本人初登頂記念日です

5月11日はエベレスト日本人初登頂記念日

この記念日は、登山文化の発展と普及に活動しているプロ登山家である竹内洋岳氏が、日本山岳会の植村直己冒険館から了解を得て制定しました。そしてこの日付は、登山家の松浦輝夫(大阪 本成寺所属 1934~2015年)と冒険家の植村直己(1941~1984年)が標高8848mの世界最高峰の山「エベレスト」に日本人、初の登頂に成し遂げた1970年5月11日から決められました。

世界最高峰の山「エベレスト」

ヒマラヤ山脈のエベレスト

標高は8848mを誇る世界一の山であるエベレストは、ヒマラヤ山脈に存在し、チベットとネパールに跨いでそびえる山です。一説によると、「チョモランマ」という名称は、チベット語で『大地の母神』という意味だそうです。そして、その名のとおり世界一頂上には、荘厳で神様が住んでいるような光景が広がっています。

エベレストを登頂するのはかなり困難!

エベレスト登山は過酷

エベレストは、登山ルートの開拓着実に行われ、半世紀以上経過したのち、比較的安全なルートや登頂のためのノウハウが確立しています。それにより近年では、登頂率が上昇ていますが、それは決して簡単ではなく、現在でも登頂には相当の決心と必要不可欠な身体能力、そしてハードな訓練などの準備が必要となってきます。

登山に必要なノウハウと訓練とは?

ベースキャンプ

ベースキャンプでは、高さが既にあの富士山を越える5,000mという高度となるため、高所トレーニングが不可欠です。そして、さらに登山中に高度に慣れるために、極地での長期間滞在が必要です。「アイゼン、ピッケル」に慣れる事と、「フィックスロープのユマーリング技術」も重要であり、それらをすべての必要装備を使いこなせることも必須です。

覚悟して登頂に望め!

登頂は命懸け

年々登頂率が高くなってきているといっても、世界最高峰のエベレスト。人間の限界を超えた高度であることを理解した上で、十分な覚悟や、過酷な訓練に耐える身体能力も必要です。それだけに、この偉業は世界でも誇れる事なのだと十分過ぎるほど理解できますよね。


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5月9日の誕生花「クローバー」

「クローバー」

Sr. M. JuttaによるPixabayからの画像

基本情報

  • 学名Trifolium repens
  • 科名:マメ科(Fabaceae)
  • 属名:シャジクソウ属(Trifolium)
  • 原産地:ヨーロッパ、北アフリカ、西アジア
  • 日本での呼び名:シロツメクサ(白詰草)として知られる種類が一般的

クローバーについて

SarahによるPixabayからの画像

特徴

  • 葉の形:通常は3枚の小葉(小さな葉)からなり、「三つ葉」が基本。
  • 四つ葉のクローバー:ごくまれに遺伝的・環境的要因で4枚の葉を持つ個体が生まれる。希少性が高いため「幸運の象徴」とされる。
  • 花の色:白、ピンク、赤、紫などがあり、球状の小花が集まって咲く。
  • 開花時期:春〜初夏(日本では5〜6月がピーク)
  • 繁殖力:地下茎や種子で広がり、地面を覆うグランドカバーとしても利用される。

花言葉:「幸福」

günterによるPixabayからの画像

三つ葉のクローバーの花言葉:

  • 「約束」「私を思って」「復讐」など、さまざまな意味を持つ。

四つ葉のクローバーの花言葉:

  • 「幸福」「幸運」「希望」「愛情」

なぜ「幸福」なのか?

  1. 希少性:四つ葉のクローバーは約1万分の1の確率でしか見つからないとされ、その珍しさが「見つけた人に幸運が訪れる」という言い伝えにつながった。
  2. 葉の意味(キリスト教文化の影響):
    • 四つ葉のそれぞれが「希望」「信仰」「愛情」「幸福」を象徴するとされる。
  3. ヨーロッパの民間伝承
    • 中世ヨーロッパでは、四つ葉のクローバーを持っていると魔除けになり、精霊や妖精が見えるとも言われた。

「四つ葉の約束」

Andreas HojaによるPixabayからの画像

少年のアキトが初めて四つ葉のクローバーを見つけたのは、小学三年生の春だった。校庭の片隅に広がるクローバーの群れの中で、ふと目に留まったそれは、まるで光を帯びているかのように見えた。

「ねえ、見て、これ四つ葉じゃない?」

彼の声に応じたのは、幼なじみのユイだった。彼女は草の上にしゃがみこみ、アキトの手のひらを覗き込んで目を見開いた。

「ほんとだ……すごい、初めて見た!」

二人は顔を見合わせて笑った。ユイはそっとアキトの手から四つ葉を受け取り、自分の胸ポケットにそっとしまった。

「お守りにする。これ、私たちの秘密ね」

KevによるPixabayからの画像

それから何年も経った。中学生になり、忙しさや距離のせいで、二人はあまり話さなくなっていった。けれどアキトの中で、あの日の四つ葉のクローバーは記憶の中に鮮やかに残り続けていた。

春のある日、ユイが引っ越すという噂が学校に広まった。アキトは気になって仕方がなかったが、直接聞く勇気がなかった。何度も話しかけようとして、やめた。

卒業式の日、アキトはいつものクローバーの群れの前に立っていた。少しずつ日が傾き、影が長く伸びていた。

「ここにいたんだ」

振り向くと、ユイが立っていた。制服の胸ポケットをそっと叩きながら、彼女は微笑んだ。

СветланаによるPixabayからの画像

「あの時の四つ葉、ずっと持ってたよ」

「え……まだ?」

ユイは頷いた。そして、ポケットから色あせた小さな紙に包まれたクローバーを取り出し、アキトの手のひらにのせた。

「これ、返すね。次はアキトが見つけたとき、誰かに渡す番だよ。四つ葉の意味、知ってる?」

アキトは首を振った。

「希望、信仰、愛情、そして……幸福。私ね、あの時、ちょっと魔法がかかった気がしたんだ」

彼女は小さく笑い、クローバーをアキトの手にそっと押し戻した。

ViolaによるPixabayからの画像

「ありがとう、ユイ」

その日、彼は初めて知った。四つ葉のクローバーの花言葉が、単なる「幸運」ではなく、その一枚一枚に深い意味があることを。そして、誰かと分かち合ったとき、それはただの葉ではなく、「約束」になることを。

ユイが去ったあと、アキトはもう一度クローバーの群れに目を落とした。

「次は……誰に渡そうか」

風が吹いて、草がそよいだ。まるでクローバーたちが、静かに囁きかけてくるようだった。

日本気象協会創立記念日

5月10日は日本気象協会創立記念日です

5月10日は日本気象協会創立記念日

1950年5月10日は、「日本気象協会」(一般財団法人)が、運輸省(現在の国土交通省)所管「気象協会」(財団法人)として設立されました。その後、1966年に気象協会は「関西気象協会」と「西日本気象協会」が合併して、「日本気象協会」(財団法人)となりました。

日本気象協会

気象予報

2009年、国の公益法人制度改革に伴い、その年の10月1日に一般財団法人に移行し、「一般財団法人 日本気象協会」となっています。その「日本気象協会」は、「気象・環境・防災」の情報サ-ビスを通じ、より「安全・安心・快適」な社会づくりに貢献しています。それにともない、先進的で複合的な技術と英知で、お客様に信頼される多様なサ-ビスを提供。そしてさらには、健全な透明性の高い経営に、より利益を創出して活力ある持続的な成長を目指しています。

気象庁

気象庁

気象庁は、日本の行政機関のひとつであり、日本の気象情報を収集・分析・発表する機関です。この機関は、気象予報の発表や防災・減災対策の指導、地震・火山等の自然災害の予知・警戒などが主な役割とされています。

国際的な協力が必要

「気象」「地震」「津波」などは国境を越えて及ぶため、これらの現象を把握するには国際的な協力が必要とされます。そこで、気象庁は各国の気象機関や国連の世界気象機関との緊密な連帯を図っているようです。またその他に、自然現象の「監視・予報」、「各種情報の適時・的確な発表」、更には精度向上のためにも最新の科学技術を取り込みながら技術開発も行われているそうです。

日本初の天気図から67年、そして現在

最先端の気象予報技術

1883年2月16日、日本初の天気図が作られてから60年以上経ち、日本気象協会が創立し、同時期には世界気象機関条約が発足されています。そして、今では最先端技術による気象・環境情報などを世界で共有し、地球の環境破壊を監視すると共に災害予知などに日本気象協会も、気象衛星などを活用して世界に大きく貢献しています。これからも、この記念日をきっかけに天気や地震など、最先端の予測技術に感謝と応援するように心がけていこうと思います。


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5月8日の誕生花「マツバギク」

「マツバギク」

manseok KimによるPixabayからの画像

■ 基本情報

  • 和名:マツバギク(松葉菊)
  • 学名:Lampranthus、Delospermaなど(複数の種が「マツバギク」と呼ばれます)
  • 科名:ハマミズナ科(ツルナ科とも)
  • 原産地:南アフリカ
  • 形態:多年草(常緑の多肉植物)
  • 花期:4月~5月(ランプランサス属)、6月~10月(デロスペルマ属)

マツバギクについて

manseok KimによるPixabayからの画像

■ 特徴

  • :名前のとおり、松葉のように細長く、肉厚な多肉質の葉が特徴です。
  • :デイジーに似た形の鮮やかな花を咲かせます。ピンク、紫、オレンジ、白などカラーバリエーションが豊富です。
  • 性質:非常に乾燥に強く、日当たりの良い場所を好みます。砂利地やロックガーデン、斜面の地被植物として使われることも多いです。
  • 育てやすさ:耐寒性・耐暑性ともに強く、放っておいても育つほど丈夫です。

花言葉:「心広い愛情」

manseok KimによるPixabayからの画像

マツバギクの花言葉「心広い愛情」は、以下のような特徴に由来していると考えられます。

  • 咲き誇る花の姿:マツバギクは小さな株でもたくさんの花を一斉に咲かせ、周囲を明るく彩ります。その様子が、見返りを求めず広く愛を与える姿に例えられています。
  • 丈夫で世話いらずな性格:乾燥や過酷な環境でもよく育ち、周囲の環境に順応する懐の深さが「心の広さ」に通じます。
  • 長い開花期間:春から秋にかけて長く花を咲かせ続ける姿は、尽きることのない愛情の象徴とされています。

「ひとひらの広がり」

manseok KimによるPixabayからの画像

真夏の陽射しがじりじりとアスファルトを焼いていた。古びた団地の一角、小さな庭に咲く鮮やかな紫の花が、ひときわ目を引いた。雑草の間から溢れるように顔をのぞかせているその花は、マツバギク。誰が世話をしているのかも分からないまま、毎年この季節になると律儀に咲き、住民たちの目を楽しませていた。

七十を越えた昌子さんは、その花に誰よりも親しみを感じていた。

「今年もよう咲いたねえ」

と、水をやるふりをしながらマツバギクに語りかけるのが日課だ。かつては手入れをする人もいたが、今はもう姿を見せない。だけど不思議なことに、誰にも手をかけられなくなってからの方が、この花は元気に咲くようになった気がする。

昌子さんには息子が一人いた。若い頃に家を出てから音沙汰もなく、最後に会ったのはもう二十年以上前だ。電話も手紙も来ない。はじめの数年は泣いたが、今はもう泣くこともない。ただ、彼が子どもの頃に「お母さんの花だね」と言ったこのマツバギクだけが、記憶のなかで彼とつながる唯一のものだった。

「花はいいね。誰かに見てほしいって思ってるわけじゃないのに、こんなに咲いて」

ある日、団地の隣に引っ越してきた若い母親が、小さな女の子の手を引いて花の前で足を止めた。

「きれいねえ、この花。ママ、これなんて名前?」

「ええっとね、たしか……マツバギク、って言うのよ」

その声に驚いて振り返ると、母親は少し照れながら会釈をした。

「すみません、勝手に見させてもらって……うちの子、この花が気に入ったみたいで」

「いいのよ。この花はね、見る人の心を明るくするの」

「本当に、そうですね。なんだか元気が出ます」

その日から、親子は毎日のように花の前に来て、にこにこと話すようになった。ある日、女の子が昌子さんに小さな絵を渡してくれた。そこにはマツバギクと、「おばあちゃん、ありがとう」の文字。

「ありがとうって、何が?」

「いつも、花、きれいにしてくれてるから」

昌子さんは笑った。

「この子ね、自分で育ってるのよ。誰にも文句言わず、文句言われず、ただ、咲くの。……あなたも、そうやって咲けばいいよ」

日が傾くなかで、マツバギクの花びらが夕陽に透けて光っていた。

そしてその夜、玄関先に一通の手紙が届いた。差出人は、あの息子からだった。

「母さん、元気ですか。ずっと連絡できなくてごめんなさい。最近、娘ができました。マツバギクを見るたび、あなたを思い出します——」

昌子さんは、そっと手紙を胸に当てた。涙は出なかった。ただ、胸の奥が、じんわりとあたたかかった。

花は、見返りを求めず咲き続ける。誰かがそれに気づき、受け取ったとき、広い愛情は静かに、しかし確かに伝わるのだ。

まるで——マツバギクのように。

アイスクリームの日

5月9日はアイスクリームの日です

5月9日はアイスクリームの日

「東京アイスクリーム協会」(後の日本アイスクリーム協会・一般社団法人)が1965年にこの日を記念日として制定しました。また、前年の1964年に、アイスクリームのシーズンがスタートする連休明けの5月9日を「アイスクリームデー」とし、「東京アイスクリーム協会」が記念事業を開催。そして、これを機に都内の施設や病院などにアイスクリームをプレゼントしています。

アイスクリームの日

アイスクリーム

1964年の、アイスのシーズンインとなる連休明けの暖かくなった5月9日頃をきっかけに、大勢の皆さんにアイスクリームを食べてもらえるよう願いの記念事業と、当初、色々な施設にアイスをプレゼントしたことから始まったことです。その翌年から、5月9日を「アイスクリームの日」にして、様々なイベントを行っています。

アイスクリームの日のイベント

ソフトクリーム

「アイスクリームの日」は、毎年全国各地で「アイスクリームフェスタ」が開催されています。このイベントは、アイスクリームの無料配布、キャラクターの「アイスクリーム王子」などの触れ合いなど、他にも楽しい内容が盛りだくさん予定されます。このアイスクリームフェスタには、毎年2万人以上のファンが来場され、それに加えて多くのメディアにも取り上げられます。

アイスクリームの歴史

アイスクリームの歴史

日本人初のアイスクリームは、江戸末期であり、 幕府が派遣した使節団が訪問先のアメリカで食したのが初です。彼らはその旨さに驚きを隠せなかったと伝えられています。 そして、1869年には、本国で最初のアイスクリームが誕生したそうです。 その後、文明開化の勢いに乗り、日本のアイスクリームの歴史がスタートします。

アイスクリームを食べるときは、表示を確認

色々なアイスクリーム

アイスクリームに含まれる植物油脂は、「ヤシ油」、「パーム油」、「ナタネ油」です。これらはトランス脂肪酸が多く含まれ、これを過剰摂取すると、血栓・心疾患を招くといわれています。しかし、アイスの中でも「ラクトアイス」はカロリーが高く脂肪が多く、乳化剤や安定剤のような添加物も多く含まれています。当然、植物油脂の割合が増えると、カルシウムなど栄養分の含有量も減少し、添加物が増えるということになるので、栄養表示を確認して食べる量を調整することをオススメします。


≫ その他の記念日

過去6日までの記念日です。


「アイスクリームの日」に関するツイート集

2025年の投稿

2024年の投稿

2023年以前の投稿

5月7日の誕生花「エゴノキ」

「エゴノキ」

GuHyeok JeongによるPixabayからの画像

基本情報

  • 学名Styrax japonicus
  • 科名:エゴノキ科(Styracaceae)
  • 分類:落葉小高木
  • 原産地:北海道、本州、四国、九州、沖縄
  • 樹高:3~10メートルほど
  • 開花時期:5月~6月(初夏)
  • 花色:白(まれに淡紅色)

エゴノキについて

yeondoo leeによるPixabayからの画像

特徴

  • 花の特徴
    • 初夏に白くて小さな鐘形の花を、枝からぶら下がるように多数咲かせます。
    • 下向きに咲く花姿が控えめで上品な印象を与えます。
  • 葉の特徴
    • 卵型で、縁がやや波打っています。
    • 枝に互生(ジグザグ)するように生えます。
  • 果実
    • 秋に小さな楕円形の実をつけ、表面に毛が生えています。
    • 実には「サポニン」という成分が含まれ、泡立ちやすいため昔は石けんの代わりにも使われました。
    • この実を口にすると「えぐい(渋い・苦い)」ため、「エゴノキ」という名前が付いたと言われています。

花言葉:「壮大」

エゴノキの花言葉には「壮大」「清楚」「優雅」などがあります。

「壮大」という花言葉の由来(考察):

  • エゴノキは、近づかないと目立たない花ですが、満開になると無数の白い花が枝いっぱいにぶら下がり、木全体が白く霞がかるように見えます。
  • この「控えめながらも圧倒的な存在感」や、「一斉に咲き誇る様子」が、まるで壮大な風景や光景を想起させることから、「壮大」という花言葉がつけられたと考えられます。
  • また、日本の山野に自生し、自然の中でたくましく美しく咲く様子も、雄大な自然の一部としての「壮大さ」を象徴しているともいえるでしょう。

「白霞の下で」

春の終わり、山間の小さな集落に住む少年・颯太(そうた)は、毎年この季節を待ちわびていた。

家の裏手にある古い山道を登ると、ひっそりとした小さな谷に出る。そこには一本の大きなエゴノキが、まるで時の番人のように立っていた。どれほど年を経ているのか分からないが、幹は太く、苔むした根元には小さな命たちが息づいていた。

「今年も咲いてるかな…」

颯太が谷に足を踏み入れると、視界が白い霞に包まれたようになった。エゴノキの枝々に、無数の白い小さな花が吊り下がり、風に揺れている。その光景は、あたり一面に淡い雪が舞い降りたかのようだった。

「やっぱり、すごい…」

思わず息をのむ颯太。誰にも言わず、この谷の存在を秘密にしてきた。理由は、自分でもうまく説明できなかった。ただ、この木と自分だけの時間が、特別なものに思えたのだ。

颯太がこの木に初めて出会ったのは、まだ幼い頃だった。母親が亡くなり、何もかもが変わってしまったある日、無意識に山へと足を向けていた。泣きながら歩いて、ふとたどり着いたのがこの場所だった。

そのときも、この木は満開の花を咲かせていた。誰にも慰められなかった少年の心を、そっと包み込むように白い花が揺れていた。

「お母さん、ここ、きれいだよ」

その日から、颯太にとってこの木は特別な存在となった。

高校進学を控え、街への引っ越しが決まった春の終わり、颯太は最後の挨拶に来た。

「来年は、もう来れないかもしれないな」

エゴノキは何も答えず、風に乗せて静かに花を散らせた。白い花びらがふわりと舞い、彼の肩にそっと触れた。

見上げると、枝いっぱいの花が、空と山の境界を白く染めていた。

それはどこか、壮大な絵巻物の一部のようだった。派手さはない。だが、ひとつひとつの小さな花が、無数に集まり、静かな迫力を生み出していた。

颯太はその場に立ち尽くし、しばらく何も考えず、ただその光景を目に焼きつけた。

「ありがとう。元気でな」

声に出すと、胸の奥がじんと熱くなった。

谷を離れる頃、振り返ると、エゴノキはその白い花の帳(とばり)の中で、変わらぬ姿のまま、静かにそこに立っていた。

まるで――「壮大」という言葉そのもののように。