「皇帝ダリア」

基本情報
- 学名:Dahlia imperialis
- 科名:キク科
- 属名:ダリア属
- 原産地:メキシコ・中南米の高地
- 開花期:11月下旬~12月上旬
- 草丈:3〜5mほどにもなる大型多年草
- 別名:「木立ダリア」「コダチダリア」
皇帝ダリアについて

特徴
- 非常に背が高く、竹のようにまっすぐ伸びる茎を持つ。
- 晩秋に咲く珍しい花で、寒さが増す時期に淡いピンクの大輪が空高く咲く。
- 花径は10〜15cmほどと大きく、透けるような薄い花びらが特徴。
- 風で揺れる繊細な姿を持つが、植物自体は力強く丈夫。
- 日照を好み、霜に弱い性質があるため、温暖地でよく育つ。
- 高い位置に花が咲くため、見上げるように鑑賞する “天空の花”。
花言葉:「乙女の真心」

由来
- 薄く透明感のある花びらが、どこか儚く純真な印象を与えることから「乙女」を連想させる。
- 晩秋の冷たい空気の中でも、天に向かって凛と咲く姿が、真っ直ぐでけがれのない“真心”を象徴している。
- 高い位置で静かに咲く性質が、“密やかな純粋さ”“秘めた優しさ”を感じさせたことに由来するとされる。
「空の乙女が咲くころ」

晩秋の夕暮れ、里山の風は少しだけ冷たさを増していた。澄んだ空気の中、澪(みお)は庭の隅に立つ一本の皇帝ダリアを見上げていた。薄桃色の大輪が、高い空を背景に静かに揺れている。まるで風に耳を澄ませている乙女のように。
「今年も、咲いたんだね」
独りごとのように呟く声は、庭木の影に吸い込まれていった。
皇帝ダリアは、澪の母が最後に植えた花だった。母が病に伏してからの日々、澪は何度もその前に立ち、空に手を伸ばす花に願いをかけてきた。けれど、その願いを誰に伝えたくても、もう伝える相手はいない。
――お母さん、聞こえてる?

淡く震える花びらが、風にふわりと揺れた。澪はそのたび胸が締めつけられるのを感じた。
花はいつも高い位置で咲く。触れたくても指先が届かない。
その距離感が、まるで母の不在を思わせて仕方がなかった。
ある日、学校の帰り道で、澪は近所に住む年配の園芸家・山本さんと出会った。腰をかがめ、落ち葉を掃く手を止めて、優しく声をかけてくる。
「今年の皇帝ダリア、よく咲いたねぇ」
「……はい。きっと、母が好きだったから」
澪が言うと、山本さんはふっと目を細めた。
「この花ね、薄い花びらのくせに、寒さの中でもまっすぐ上に咲くんだよ。乙女みたいに儚いのに、芯は強い。だから“乙女の真心”なんて花言葉がついたんだ」
「……真心」

「うん。高いところでそっと咲くから、派手じゃない。でも、ちゃんと見上げる人には気づいてもらえる。まるで“私、ここにいるよ”って囁いてるみたいだろう?」
澪はその言葉に、胸の奥を静かに撫でられたような気がした。
“ここにいるよ”
それは、あの日、母が最後に言った言葉でもあった。
その夜、澪は布団の中で、今日見た皇帝ダリアの姿を思い浮かべていた。薄い花びら。たおやかな色。けれど、冷たい風に折れもせず、ただ天へ向かって咲く強さ。
――お母さんの心も、きっとこうだったんだ。
弱さも、寂しさも、すべて抱えたうえで、それでもまっすぐに澪を愛し続けた母。
彼女の“真心”は、見上げればいつも空のどこかにあったのだと、ようやく思えた。

翌朝、澪は庭に出た。朝日が差し込み、皇帝ダリアの花びらが淡く透き通って光っている。昨日よりも少しだけ大きく見えた。
澪はそっと目を閉じ、花に向かって小さく呟いた。
「……お母さん、今年の花もきれいだよ。ちゃんと、見てるよ」
風がふっと吹き、花が揺れた。真心に触れたような、あたたかい揺れだった。
その瞬間、澪は気づいた。
触れられなくてもいい。届かなくてもいい。
大切な想いは、いつも少し高いところから自分を見守っているのだと。
皇帝ダリアが揺れる空の下、澪は小さな笑みを零した。
その表情は、まるで母が残した“乙女の真心”を、静かに受け継いだかのようだった。