「スイートアリッサム」

基本情報
- 科名/属名:アブラナ科/ニワナズナ属(ロブラリア属)
- 学名:Lobularia maritima
- 英名:Sweet Alyssum
- 原産地:地中海北岸から西アジア
- 分類:一年草(暖地では多年草的に越冬することも)
- 開花時期:主に春~初夏・秋(真夏は弱りやすい)
【一年草】2月下旬~6月上旬、9月下旬~12月上旬 |【多年草】周年 - 草丈:5~20cmほど
- 花色:白・ピンク・紫・クリーム色 など
- 香り:甘いはちみつのような香り
スイートアリッサムについて

特徴
- 地面を覆うように低く広がるクッション状の草姿。
- 無数の極小の花が密集して咲くため、花の絨毯のように見える。
- 花は小さいが香りが強く、特に白花種が香り高い。
- 高温多湿がやや苦手で、夏に弱りやすいが、涼しくなると再びよく咲く。
- ガーデニングでは花壇の縁取り・寄せ植え・グラウンドカバーとしてよく使われる。
- ミツバチや蝶などを引き寄せるため、コンパニオンプランツとしても活躍。
花言葉:「美しさに勝る価値」

由来
- スイートアリッサムは、非常に小さく控えめな花でありながら、
庭全体を明るくし、香りで周囲を満たす存在感を持つ。 - 見た目の華やかさだけでなく、
香り・丈夫さ・植えると他の植物を引き立てる性質など、
目に見える“美しさ”以上の価値をもつと考えられたことから。 - また、花自身は小さくても、
群れて咲くことで豊かさや調和をもたらすことが象徴的とされ、
「外見を超えた魅力」「美しさだけでは測れない価値」を意味する花言葉につながった。
「白い香りの向こう側」

春の風が、庭の隅に植えられた白い小花の上をそっと撫でていった。スイートアリッサム――小さくて、控えめで、でも不思議と心に残る花。
その前にしゃがみ込み、紗良は土に触れた指先を静かに握りしめた。
「……おばあちゃん、ここに座ってたよね」
思い出すのは、穏やかな声と、膝に手を置いて笑う姿。祖母が亡くなってから、紗良は庭に出ることすら避けていた。花を見ると胸が痛む気がしたからだ。
けれど今日、久しぶりに扉を開けて外に出てみると、風に乗って甘い香りが流れてきた。気づけば、香りのする場所へ足が向かっていた。

白いスイートアリッサムは、冬の寒さに耐え、春の光を受けてふんわりと広がっている。こんなに小さいのに、庭の空気を変えてしまうほどの香りを放っていた。
「こんなに……咲いてたんだ」
紗良がつぶやくと、まるで返事のように蜂が一匹、花の上をくるりと舞った。祖母はよく言っていた。
――『この子たちはね、見た目よりずっと強いんだよ。小さい花ほどがんばり屋なの』
その言葉の意味が、今になって少しだけ分かる気がした。
華やかさなんてない。写真映えするような派手さもない。
けれど、この小さな花は香りで庭を満たし、他の植物の色をそっと際立たせる。

「……美しさだけじゃない、ってこと?」
祖母が愛したこの花が、なぜ“美しさに勝る価値”なんて花言葉を持つのか。
紗良は、手のひらで花に触れながら考えた。
目に見える美しさよりも、誰かの心を支えたり、そっと寄り添ったり――そういう力のほうが大切なときがある。祖母はそのことを、言葉ではなく、花の世話を通して教えていたのかもしれなかった。
ゆっくりと立ち上がると、庭全体がいつもより明るく見えた。花が光を反射しているのではなく、自分の中に沈んでいた影が少し薄れたからだと気づく。

「ねえ、おばあちゃん」
紗良は空に向かって声を出した。
「私、また花を育ててみるよ。……ううん、育てたい。小さくても、こんなふうに誰かを癒すものがあるって知りたいから」
風がまたひとすじ、頬を撫でた。
スイートアリッサムがかすかに揺れ、甘い香りがふわりと広がった。
小さな花が伝えてくれたのは、外見だけでは測れない価値。
強さも、優しさも、寄り添う力も――全部、目には見えないからこそ尊い。
紗良は微笑み、花壇の端に新しい苗を植える場所を思い描いた。
庭の片隅で、白い小花がそっと輝いていた。
その輝きは、派手ではない。けれど、確かに心に灯をともす光だった。