11月6日の誕生花「フジバカマ」

「フジバカマ」

基本情報

  • 学名Eupatorium japonicum(Eupatorium fortunei)
  • 科属:キク科ヒヨドリバナ属
  • 原産地:東アジア(中国~朝鮮半島、関東地方以西の本州、四国、九州)
  • 分類:多年草
  • 開花時期:8月~9月(残り花は10月ごろまである)
  • 花色:淡い紅紫色、白色
  • 草丈:約80cm~150cm
  • 生育環境:日当たりのよい湿った場所を好む

フジバカマについて

特徴

  • 秋の七草のひとつとして古くから親しまれている。
  • 細い花びらがふわりと房のように咲く、やわらかな印象の花。
  • 古代には香料や入浴剤として使われ、「蘭草(ふじばかま)」の名でも万葉集に登場。
  • 蝶(特にアサギマダラ)が好む蜜源植物としても有名。
  • 葉や茎にほのかな芳香があり、乾燥させても香りが残る。

花言葉:「ためらい」

由来

  • フジバカマの花は、群れて咲くのにひとつひとつが小さく、控えめな印象を与える。
  • 花が完全に開くまでに時間がかかり、つぼみから満開までがゆっくりなことから、決断をためらう姿にたとえられた。
  • また、古くから恋心を秘めて香を残す花として詩や歌に詠まれ、
    「想いを伝えきれずためらう心情」と重ねられたとも言われる。

「ためらいの香(か)」

駅前の花屋の前で、千紗(ちさ)は立ち止まった。
 ガラス越しに並ぶ秋の花たちの中に、淡い紫色の小さな花が揺れている。
 ――フジバカマ。
 札にはそう書かれていた。

 彼がこの花を好きだと言っていたのを思い出す。
 「派手じゃないのに、ずっと香るんだ。なんか、いいよな」
 そのときの彼の横顔が、夕暮れの光といっしょに蘇る。

 あの日、彼は転勤の話をしていた。
 「迷ってる。行くべきだとは思うけど、ここを離れたくない」
 その言葉に、千紗は何も言えなかった。
 ただ頷いて、フジバカマの香りが混じる風の中で笑ってみせた。
 ――その笑顔が、きっと“ためらい”の形だったのだろう。

 彼がいなくなってから一年が経つ。
 連絡はときどき来るが、互いに「元気?」で始まり「仕事がんばって」で終わる。
 それ以上の言葉を紡ぐことが、なぜかできなかった。
 ためらいが、心のどこかに根を下ろしてしまったのだ。

 千紗は花屋の扉を押し、フジバカマを一束買った。
 包み紙の向こうから、かすかな甘い香りが漂ってくる。
 家に帰って花瓶に挿すと、部屋の空気が少しだけ柔らかくなった気がした。

 夜、机の上のノートを開く。
 そこには、去年書きかけてやめた手紙が挟まっている。
 ――「あなたがいない秋が、こんなにも静かだとは思わなかった。」
 その一文のあと、ペンは止まっていた。

 窓を開けると、風がカーテンを揺らす。
 フジバカマの花が小さく震え、微かな香りが漂う。
 “伝えきれずためらう心情”――花言葉の由来を、ふと思い出した。
 まるで自分の心そのものだと思った。

 ペンを取り、インクの匂いを確かめるように深呼吸する。
 書き始める。
 「元気ですか。こちらも、なんとかやっています。」
 当たり障りのない言葉が続く。
 でも、そこで一度、手を止めた。

 ――ためらいの先にある言葉を、書かなければ。
 花はゆっくりと咲いていく。
 それと同じように、自分の想いも時間をかけて、やっと形になるのかもしれない。

 「あなたのいない日々にも、秋はちゃんと来ています。
  でも、フジバカマの香りだけは、去年のままです。」

 書き終えた文字を見つめると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
 送るかどうかは、まだ決められない。
 けれど、ためらいの中にも、確かに“想い”がある。

 花瓶のフジバカマが、月明かりを受けて静かに揺れた。
 その香りが、ゆるやかに部屋を満たしていく。
 まるで「もういいよ」と言うように――。

9月28日、10月16日の誕生花「シオン」

「シオン」

基本情報

  • 和名:シオン(紫苑)
  • 学名Aster tataricus
  • 英名:Tatarian aster
  • 科属:キク科・シオン属
  • 原産地:日本、東アジア
  • 開花期:9月~10月
  • 草丈:1~2mほどに育つ多年草
  • 利用:観賞用だけでなく、根は生薬(紫苑:しおん)として咳止め・去痰薬に使われる。

シオンについて

特徴

  • 花の姿:淡い紫色の舌状花と、黄色の筒状花を持つ、菊に似た花を咲かせる。花は直径3~4cmほどで、茎の先端に多数つく。
  • :長楕円形で厚みがあり、下部の葉は大きく、上に行くほど小さくなる。
  • 草姿:まっすぐに高く伸びる茎の先に、群れ咲くように花をつける。すっきりとした立ち姿だが、風に揺れると少し儚げに見える。
  • 性質:丈夫で育てやすく、日当たりと水はけの良い場所を好む。切り花にしても長持ちする。

花言葉:「ためらい」

由来

  • 紫苑の花は、満開になってもどこか控えめで、はっきりと開ききらない印象を与える。その遠慮がちな咲き方から、「ためらい」という花言葉がつけられた。
  • また、花びらは繊細に細く広がるが、重なり合って揺れる姿が、思いを伝えたいのに口にできずに揺らぐ心を連想させる。
  • 日本では古くから和歌や物語にも登場し、**「言い出せない恋心」や「控えめな心情」**の象徴として描かれてきたことも、この花言葉に重なっている。

「紫苑のためらい」

夏の名残をひきずる風が、山裾の道を渡っていく。
 紗英は祖母の古い家の庭に立ち、揺れる紫苑の群れを見つめていた。

 ――どうして、こんなときに。

 胸の奥がざわつく。幼なじみの翔が来月、遠い街へ引っ越すことを知ったのは昨日のことだった。
 別れの言葉を口にすべきなのに、会えば笑ってしまい、肝心な想いは喉の奥で渦を巻くばかり。

 紫苑は満開に咲いているはずなのに、どこか控えめで、花弁を広げきらない。淡い紫が幾重にも重なり合い、風に吹かれて小さく揺れている。その姿が、紗英には自分の心そのもののように映った。

 「ためらい……」

 思わず声に出す。かつて祖母が教えてくれた花言葉が蘇る。
 ――この花は、思いを伝えたいのに言えない心を映すんだよ。

 紫苑の群れの向こう、木戸を押して翔が入ってきた。白いシャツに汗がにじんでいる。
 「おばさんから栗もらった。ほら」
 差し出された袋を受け取りながら、紗英は視線を合わせられない。口を開けば、涙が零れてしまいそうだった。

 庭の端で、翔も紫苑を見ていた。
 「小さい頃さ、この花の蜜を吸おうとして、蜂に追いかけられたの覚えてる?」
 「……覚えてるよ」
 思わず笑ってしまい、二人の間にやわらかな空気が流れる。けれどその優しさが、かえって紗英を苦しめた。

 伝えなきゃ。
 でも――。

 風に揺れる紫苑の花弁が、彼女の心を映すように震えていた。

 翔は、まるで心を見透かすように静かに言った。
 「紗英、俺……ずっと言えなかったことがある」
 驚いて顔を上げると、彼の目が真っ直ぐにこちらを射抜いていた。
 「離れても、おまえのこと忘れない。ずっと、大事な人だから」

 胸が熱くなった。言葉は喉で絡まり、涙で視界が滲む。紫苑の花が揺れて、空気そのものがやさしく震えているようだった。

 「……私も」
 ためらいながら、それでも声を絞り出す。
 「私も、同じ気持ち。ずっと言えなかったけど」

 翔は少し驚いたように、そして安堵したように笑った。ふたりの間を吹き抜ける風が、紫苑の群れを大きく揺らした。

 言えなかった想いは、花に重ねて咲き続けていた。
 ためらいの果てにようやく零れ落ちた言葉は、紫苑の紫のように淡く、けれど確かな色を持って、二人の心を結んでいった。