月面着陸の日

7月20日は月面着陸の日です

月面着陸の日

1969年7月20日、アポロ11号が月面の「静かの海」(月の赤道よりやや北に位置する東経 18°から 43°付近の平坦な部分)に着陸し、人類が初めて月面に降り立ちました。この時アポロ11号のアームストロング船長は、「この一歩は小さいが、人類にとっては大きな飛躍である」とのメッセージを地球に送っています。そして、このことがきっかけになり、この日が「月面着陸の日」という記念日になっています。

アポロ11号

アポロ11号月面着陸50年

アポロ11号は、人類で初めて月着陸に成功したアメリカの宇宙船です。その乗組員は、船長の 「ニール・アームストロング」、司令船 (コロンビア)の パイロットの「マイケル・コリンズ空軍中佐」、月着陸船 (イーグル)の パイロット「バズ・オルドリン空軍大佐」でした。 ロケットが打ち上げられたのは、ケネディ宇宙センターからアメリカのサターンV型ロケットが1969年7月 16日午前9時 32分に打ち上げられました。

ついに月に着陸!

アポロ11号の着陸付近

その後、20日午後4時 17分 39秒に月面「静かの海」といわれる部分、サビンロクレータ南西約 10kmに着陸しました。そして最初にアームストロング船長が月面に第一歩を踏出したのがこの日の 10時 56分 19秒でした。その後に続いて「バズ・オルドリン空軍大佐」が月に降りました。この2人は、「地球から人間、ここに月面への第一歩を印、 1969年7月に我々人類の代表として、無事にここに到達した」などと刻まれた「金属板や地震計」、「太陽風測定装置」、「レーザー光線反射装置」を設置しました。

月面には21時間36分の滞在

結局、この月面活動の2時間 32分を含め、月面には21時間 36分の滞在をしたそうです。そうして、その後 22kgの石を採取すると21日午後1時 54分に月を離陸し母船とドッキングします。そして、22日午前0時 55分月のまわりの軌道を離れて地球に帰還しました。地球に近づくと機械船を切捨て、司令船だけになると大気圏に再突入します。7月 24日午後0時 51分ハワイ南西沖の太平洋上に無事に着水し、任務を完了しました。

2030年までに日本人も月面着陸する!?

人類初の月面着陸から50年経ちましたが、NASAは月面再訪計画としてアルテミス計画を発表しています。アルテミス計画は、2024年に米国人宇宙飛行士を月面着陸させる計画だそうです。また、このアルテミス計画には日本も参加表明しています。そして、その中かで日本人の宇宙飛行士が、月面着陸する計画も含まれた月探査の協力を行うという共同声明を日米両政府で発表されています。そうなると、今後10年も経たないうちに日本人の宇宙飛行士が初の月面着陸を実現させる日が来るということです。

マッターホルン北壁登頂の日

7月19日はマッターホルン北壁登頂の日です

マッターホルン北壁登頂の日

1967年7月19日、東京女子医大山岳部の「今井通子」と「若山美子」の2人が、マッターホルンの北壁からの登頂に成功しました。この時、まさに女性だけのパーティーでの北壁登攀は世界初のことでした。実はこの登山家「今井通子」は、東京都出身の医師でもあり、女性初のアルプス三大北壁(マッターホルン北壁、アイガー北壁、グランド・ジョラス北壁のこと)登攀、そのアイガーとグランドジョラスの北壁登攀にも成功しました。そしてこの方の本業は、東京女子医科大学泌尿器科の非常勤講師、日本泌尿器科学会指導医・専門医だそうです。

マッターホルン北壁を登攀

「マッターホルン北壁を登攀」の登攀というのは、クライミングとほぼ同じ意味を持つ、岩壁をよじ登って進む登山の一種です。また、通常の登山と比べるとずっと体力や筋力を必要とされる命がけのことであり、一歩間違えると崖から真っ逆さまに落ちてしまうほど危険な登山になります。現在でも、日本は多くのクライミング施設がありますが、彼女たちの活躍する前は女性のクライマーなんてありえない時代背景だったようです。

今井通子と若山美子

「今井通子」さんは、1942年に東京で眼科医の両親のもとで誕生します。そこで様々なことを体験させる教育方針のもとに育ち、登山に興味を持ったのは中学校の頃からだそうです。そして、東京女子医大に入学後、山岳部に入部し積極的に活動しています。「若山美子」さんは、幼少期にソ連侵攻、高校時代には父の会社の倒産を経験しています。それが原因で進学を諦め、就職した会社の山岳部で登山に出会いました。また、後に彫刻作品も残すほどの手先の器用さから、そちら方面でも才能を開花させています。

女性初、アルプス三大北壁登攀を達成

今井さんの両親は、彼女を医者になることを願っていて、命を落とす可能性のある危険な「東京女子医科大学山岳部欧州アルプス遠征隊」のヨーロッパ遠征に猛反対します。しかし、女性初の登攀を成功させたいという2人の思いは揺らがなかったそうです。そして、ついに1967年7月19日、40時間以上かけて先頭を交代しながら2人の女性だけのパーティでは初のアルプス三大北壁の登攀を成し遂げました。このように意志の強い女性が次々と現れ、次々と偉業を成し遂げたからこそ、誰でも様々なチャレンジが自由にできる世の中に変わってきたのでしょう。