12月18日の誕生花「セージ」

「セージ」

基本情報

  • 学名:Salvia officinalis
  • 科名/属名:シソ科/サルビア属
  • 分類:多年草(常緑性の小低木)
  • 原産地:地中海沿岸
  • 開花時期:5〜6月頃(品種による)
  • 花色:紫、青紫、淡いピンクなど
  • 利用:ハーブ(料理・ハーブティー)、薬用、観賞用

セージについて

特徴

  • 銀白色がかった細かな毛のある葉で、香りが強い
  • 乾燥に強く、日当たりと水はけの良い環境を好む
  • 抗菌・防腐作用があるとされ、古くから保存や薬草に用いられてきた
  • 葉は肉料理やバター、ソーセージとの相性が良い
  • 花は穂状に立ち上がり、落ち着いた気品がある

花言葉:「家族愛」

由来

  • 「知恵」:学名 Salvia がラテン語の「救う・癒す(salvare)」に由来し、賢明な薬草として重宝された歴史から
  • 「尊敬」:古代ローマや中世ヨーロッパで神聖な植物とされ、収穫時に儀式が行われたことに由来
  • 「家庭の徳」:長寿や健康を守るハーブとして家庭菜園で大切に育てられてきた背景から

「セージの庭で、知恵は静かに香る」

祖母の家の裏庭には、季節を問わず灰緑色の葉をたたえたセージが植えられていた。花の盛りでもなく、実りを誇るわけでもない。ただ、風が吹くたびに、乾いた土の匂いと混じって、少し苦く、澄んだ香りを放つ。その香りを嗅ぐたび、私は理由もなく背筋を伸ばしたくなるのだった。

 「この葉はね、昔から“知恵の草”って呼ばれてきたのよ」
 祖母はそう言って、一枚の葉を指でつまんだ。銀色の産毛が陽にきらりと光る。
 「学名はサルビア。救う、癒す、って意味の言葉から来ているの。人を治すだけじゃなく、迷った心も、ね」

 私はその言葉を半分も理解していなかった。けれど、祖母が病に伏した父のために、毎朝セージの葉を乾かし、湯を注いでいた姿だけは、はっきり覚えている。特別な祈りの言葉はなかった。ただ静かに、丁寧に。まるで葉そのものを尊んでいるようだった。

 祖母はよく、古い話もしてくれた。古代ローマでは、セージを摘む前に身を清め、感謝の儀式を行ったこと。人は自然の力に敬意を払わなければ、その恵みを受け取る資格はないのだと。
 「尊敬ってね、相手を見上げることじゃないの。同じ場所に立って、大切に扱うことよ」
 その言葉は、私の胸に小さな石のように沈んだ。

 時が流れ、祖母は庭を残していった。私は都会での暮らしに疲れ、久しぶりにその家へ戻った。雑草に囲まれながらも、セージだけは変わらずそこにあった。誰に世話をされるでもなく、それでも枯れず、香りを保っている。

 葉を一枚摘み、湯を沸かす。カップから立ちのぼる香りに、胸の奥がゆっくりほどけていくのを感じた。健康であること、日々を続けること、誰かを想って手を動かすこと。そのすべてが、特別ではなく、家庭という小さな世界の中で育まれてきた徳なのだと、ようやく分かった気がした。

 セージは何も語らない。ただそこにあり、必要なときに力を貸す。その静かな在り方こそが、知恵であり、尊敬であり、家庭を支える徳なのだろう。
 私は庭に立ち、祖母と同じように背筋を伸ばした。風が吹き、セージが応えるように香った。

3月15日、12月18日の誕生花「ビオラ」

「ビオラ」

HansによるPixabayからの画像

ビオラは、小さく可憐な花を咲かせる植物で、パンジーに似ていますが、一回り小さく繊細な印象を持っています。寒さに強く、冬から春にかけて長く咲き続けるため、ガーデニングや寄せ植えにも人気です。

ビオラについて

Anna SulenckaによるPixabayからの画像

🌸 ビオラの特徴 🌸

学名Viola
分類:スミレ科スミレ属
開花時期:10月下旬~5月中旬
花の色:紫、青、黄、白、オレンジ、赤、ピンク、複色など多彩
草丈:10~30cm
耐寒性:強い(霜や雪の中でも咲く)
耐暑性:弱い(高温多湿に弱く、夏には枯れる)


🌱 ビオラの育て方 🌱

Werner RedlichによるPixabayからの画像

🌞 1. 日当たり・置き場所

日当たりの良い場所がベスト!
・日光をたっぷり浴びるほど花付きが良くなる。
・半日陰でも育つが、花の数が減ることがある。
・冬は霜に当たっても大丈夫だが、寒風が強すぎる場所は避ける。

🌿 2. 土作り

🌱 水はけのよい土を用意
・市販の培養土でもOK!
・自作する場合は「赤玉土6:腐葉土3:パーライト1」の配合が理想。

💧 3. 水やり

🚰 土が乾いたらたっぷりと
・基本は「表面が乾いたら水を与える」。
・冬場は水を控えめに(乾燥気味にすると花が長持ちする)。
・過湿を嫌うので、水のやりすぎには注意!

🌿 4. 肥料

🍽 花を長く楽しむために追肥を!
・植え付け時に「緩効性肥料」を混ぜ込む。
・開花期は「液体肥料を週1回」または「固形肥料を月1回」与えると◎。

✂ 5. 手入れ(摘芯・切り戻し)

花がら摘み&切り戻しで次々に咲かせる
・咲き終わった花は早めに摘む(花がら摘み)→種を作らせないことで長く咲く!
・茎が伸びすぎたら軽く切り戻すと株がコンパクトに。

🌿 6. 病害虫対策

🐛 風通しを良くして害虫&病気を防ぐ
アブラムシ → 見つけたらすぐに駆除(牛乳スプレーや薬剤が有効)。
うどんこ病 → 葉に白い粉がついたら早めに対処。


⏳ ビオラを長く楽しむコツ!

「こまめな花がら摘み」で花を咲かせ続ける!
「蒸れ」に注意し、適度に間引く!
「肥料切れ」を防ぐと花付きが良くなる!

ビオラは寒さに強く、手入れも簡単なので初心者でも育てやすい花です。色のバリエーションも豊富で、花壇や寄せ植えを華やかに彩ってくれますよ🌼✨

あなたはビオラを育ててみたいですか?😊


花言葉:「ゆるぎない魂」

StefanによるPixabayからの画像

この花言葉は、ビオラが寒さや過酷な環境でも元気に咲き続けることに由来するといわれています。小さくても力強く、しっかりと根を張り、美しく咲く姿が「どんな困難にも負けない精神」を象徴しているのです。

また、ビオラにはほかにも「誠実」「忠実」「思慮深さ」といった花言葉があります。色によっても異なり、例えば紫のビオラは「思慮深さ」、黄色のビオラは「もの思い」などの意味を持ちます。

ビオラを贈る意味

ビオラは、困難に立ち向かう人や努力を続ける人への励ましの花として贈るのにぴったりです。特に「ゆるぎない魂」という花言葉は、夢や目標に向かって頑張る人へのエールとして素晴らしい意味を持っています。

あなたはビオラを育てたり、贈ったりする予定がありますか? 😊


「いつまでもいっしょに」

Th GによるPixabayからの画像

「寒いね……」

春が近づいているとはいえ、朝の空気はまだ冷たかった。高橋奏多(かなた)は、駅前の花壇に目を向ける。そこには、小さなビオラの花が寒風に揺れていた。

「この花、強いね」

隣でつぶやいたのは、同じ通学路を歩く佐伯涼香(すずか)。奏多とは幼なじみで、いつも学校までの道を一緒に歩いていた。

「うん、こんな寒いのに元気に咲いてる」

奏多はそう言いながら、心の中でふと自分と重ね合わせた。

奏多の母親は昨年、長い闘病の末にこの世を去った。優しかった母の温もりは、もうどこにもない。父も仕事で忙しく、家にいてもひとりぼっち。学校ではそれなりに明るく振る舞っていたが、心の奥底には常にぽっかりと穴が空いていた。

「ねえ、奏多」

涼香が足を止め、花壇をじっと見つめる。

「ビオラの花言葉、知ってる?」

「え? いや、知らない」

「『ゆるぎない魂』なんだって」

奏多は驚いた。こんなに小さくて儚げな花に、そんな強い意味があるなんて。

「すごいよね。こんなに寒いのに負けないで、ずっと咲き続けるんだよ」

涼香の言葉に、奏多は花を見つめ直した。小さな花びらが風に揺れながらもしっかりと地に根を張っている。

「……すごいな」

奏多は思わずつぶやいた。自分も、こんなふうに強くいられるだろうか。母がいなくなってからの喪失感に負けずに、前を向いて歩けるだろうか。

「涼香は、この花好きなの?」

「うん、大好き。色によって意味が違うんだよ。紫は『思慮深さ』、黄色は『もの思い』ってね」

「へえ……」

奏多は、黄色いビオラをじっと見つめた。

「奏多も、色々考えちゃうことあるよね」

涼香が優しく微笑む。まるで彼の心を見透かしているようだった。

「……まあ、ね」

正直に言えば、母がいなくなってから、何度も立ち止まりそうになった。悲しくて、寂しくて、どうしようもない日もあった。それでもこうして毎日を過ごしている。

「奏多は、ビオラみたいな人だと思うよ」

「え?」

「ほら、寒さに負けずに頑張ってるでしょ。きっと、おばさんも見守ってると思う」

奏多は驚いた。涼香がそんなふうに思ってくれていたなんて。

「……ありがとう」

涼香はにっこり笑い、歩き出す。奏多もゆっくりとその後を追った。

風が吹き、ビオラの花が揺れる。

その姿はまるで、「君は大丈夫だよ」と励ましているかのようだった。

国連加盟記念日

12月18日は国連加盟記念日です

12月18日は国連加盟記念日

1956年12月18日、日本は国際連合(国連)への加盟が全会一致で可決され、正式に80番目の加盟国として承認されました。この日、日本は第二次世界大戦後23年ぶりに国際社会への復帰を果たしました。この歴史的な出来事は、日本の国際関係や平和構築の転機として知られています。

国際連合

国連の旗

国際連合」は、第二次世界大戦中にアメリカの「フランクリン・D・ルーズベルト大統領」が名づけたものでした。その名称を最初に使用されたのは、26カ国の政府から代表が枢軸国に対し、共に戦うと誓った1942年1月1日に行われた「連合国宣言」の最中でした。当時集まった国の代表は、「中国」「ソビエト連邦」「イギリス」「アメリカ」であり、1944年にワシントンD.C.に集まり審議しました。そして翌年の1945年には、50カ国の代表が「国際機関に関する連合国会議」に出席するためにサンフランシスコに集まっています。この会議では、「戦争の惨害」を終了させる強い決意で国際連合憲章が起草され、1945年6月26日に署名されました。

国連の4つの重要な目的

各国の旗
  1. 国際の平和と安全を維持する。
  2. 人民の同権及び、自決の原則の尊重に基礎をおいて諸国間の友好関係を発展させる。
  3. 「経済的」「社会的」「文化的」または「人道的」性質を有する国際問題を解決し、かつ人権および基本的自由の尊重を促進することについて協力する。
  4. これらの共通の目的を達成するにあたって諸国の行動を調和するための中心となる。

この4つの重要な目的を持ち、国際連合は活動しています。

毎年10月24日は「国連デー

平和協定

国連の本部はニューヨークに置かれています。そして、世界平和に対するこの歴史的な誓約を記念して毎年10月24日では、各国で「国連デー」と呼ばれるこれらの活動を祝う行事が行われています。以前、第二次世界大戦が引き起こした対立や多数の審議の対象により、その後の冷戦によって世界が二分化されても国連は、今後もこれらの誓いに忠実に受け継ぎ、さらなる成長を続けています。

世界中で紛争やテロが未だに無くならない

無くならない紛争

現在でも世界のどこかでテロや紛争が起こり、罪のない一般市民からたくさんの犠牲者が出ています。また、これらのテロや紛争がきっかけに、過去に行われた世界中を巻き込んだ大戦にならないとも限りません。そうならないために今我々にできる事は、一人一人がネットなどを利用して、自身にとってマイナスしか残らない無意味な争いの解決策を意見交換する事も大切だと思います。


「国連加盟記念日」に関するツイート集

2025年の投稿

2024年の投稿

2023年の投稿

12月17日の誕生花「センリョウ」

「センリョウ」

基本情報

  • 学名:Sarcandra glabra(Chloranthus glaber)
  • 科名/属名:センリョウ科/センリョウ属
  • 分類:常緑小低木
  • 原産地:日本、朝鮮半島、中国、マレーシアなど、東アジアの暖帯から熱帯
  • 開花時期:6〜7月
  • 結実・観賞期:11月〜翌1月
  • 用途:正月飾り、庭木、切り枝

センリョウについて

特徴

  • 光沢のある濃緑色の葉を一年中保つ
  • 冬に鮮やかな赤い実を多数つけ、縁起物として親しまれる
  • 実は葉のにつくため、見栄えが良い
  • 半日陰を好み、和風庭園や林床でも育ちやすい
  • 病害虫に比較的強く、管理が容易

花言葉:「恵まれた才能」

由来

  • 葉の上に実を整然と実らせる姿が、才能を自然に発揮している様子に重ねられた
  • 冬という厳しい時期でも美しい実をつけることから、環境に左右されず力を発揮できる資質を象徴
  • 派手ではないが、必要な時に価値を示す姿が「内に秘めた才能」に例えられた

「葉の上の星」

冬の朝、薄い霜が庭石を白く縁取るころ、由良は祖母の家の縁側に腰を下ろし、湯気の立つ湯呑みを両手で包んでいた。庭の奥、半日陰に植えられたセンリョウが、静かに赤い実を掲げている。葉の上に、迷いなく、まっすぐに。まるで小さな星が規則正しく並んだようだった。

 「派手じゃないけどね、あれは強いよ」
 祖母はそう言って、枯葉を掃く手を止めた。「寒い時期に、ちゃんと実を見せるんだから」

 由良は頷いた。都会での仕事に行き詰まり、帰省したばかりだった。成果を出せと言われるほど、何を出せばいいのかわからなくなる。自分には、これといった才覚がないのではないか。そんな疑いが胸の奥に澱のように溜まっていた。

 センリョウの実は、葉の下に隠れない。誇示もしない。ただ、そこに在る。由良は近づいて目を凝らした。実の一粒一粒が、均等な距離を保ち、互いに邪魔をしない。自然に、整っている。努力の跡が見えないからこそ、軽やかに見えるのだろうか。

 祖母は続けた。「才能ってね、見せびらかすものじゃないよ。必要なときに、ちゃんと役に立つ。それでいいんだ」
 その言葉は、冷えた空気の中で、意外なほど温かく響いた。

 由良は、過去の自分を思い返す。誰かの前で大きな成果を誇った記憶はない。だが、困っている同僚の資料を整え、締切前に静かに穴を塞いできた。トラブルの夜、最後まで残って片付けた。拍手はなかったが、翌朝、仕事は進んでいた。葉の上の実のように、目立たずとも、必要な場所に在ったのではないか。

 昼が近づくにつれ、庭に光が差し込む。センリョウの赤が、いっそう鮮やかになった。冬という厳しい時期にこそ、色は深まる。環境が厳しいからこそ、力は研ぎ澄まされるのかもしれない。

 「戻るの?」と祖母が尋ねた。
 由良は少し考えてから、頷いた。「うん。派手じゃなくていい。必要なときに、ちゃんと役に立てるように」

 出発の朝、祖母は小さな鉢を手渡した。センリョウだった。「持っていきなさい。葉の上を、よく見て」
 由良は鉢を抱え、赤い実を見つめる。整然と、しかし自由に並ぶ星たち。そこには、自然に発揮される才能の形があった。隠さず、奢らず、冬を越えてなお輝く力。

 列車が動き出す。窓の外で景色が流れる中、由良は胸の奥に、確かな手応えを感じていた。自分の才能は、もうここにある。葉の上に、静かに。

10月30日、12月17日の誕生花「シーマニア」

「シーマニア」

基本情報

学名: Seemannia sylvatica(旧名 Gloxinia sylvatica
科名: イワタバコ科(Gesneriaceae)
属名: シーマニア属 (Seemannia)
原産地: アルゼンチン、ペルー、ボリビア
英名: Bolivian Sunset(ボリビアン・サンセット)
開花時期: 秋〜冬(8月中旬~2月頃)
草丈: 約20〜30cm
花色: 濃いオレンジ〜朱赤色

シーマニアについて

特徴

  • 「冬に咲く南国の花」
    シーマニアは、日差しの弱まる晩秋から冬にかけて咲く貴重な花です。
    暖かみのある朱赤の筒状花を、緑の葉の間からいくつも下向きに咲かせます。
    花の形はラッパのようで、艶やかな光沢を持っています。
  • 「ボリビアン・サンセット」の名の通り
    夕陽のような深紅の花色が特徴で、冬の室内を明るく彩ります。
    英名 “Bolivian Sunset” は、ボリビア原産で夕焼けのような色から名づけられました。
  • 丈夫で長く楽しめる
    寒さにはやや弱いものの、日当たりのよい室内ではよく育ち、
    1株でも長期間にわたり次々と花を咲かせます。
    根茎を残して越冬させることも可能です。

花言葉:「繁栄」

由来

シーマニアの代表的な花言葉のひとつが「繁栄」です。
この言葉には、次のような由来や意味が込められています。

  1. 次々と咲き続ける花姿から
    シーマニアは開花期が長く、ひとつの株から絶え間なく花を咲かせます。
    その旺盛な開花ぶりが「途切れない幸運」「繁栄」「発展」を象徴するとされました。
  2. 冬に咲く“陽の花”
    他の花が少ない季節に、明るく温かい色で咲く姿は、
    寒い時期にも希望や明るさをもたらす存在として「繁栄」や「幸福の継続」を連想させます。
  3. 鮮やかな赤色の象徴
    朱赤は古くから生命力・情熱・豊かさを意味する色。
    そのエネルギッシュな印象が、「家運の上昇」「事業の発展」といった
    吉兆を表す言葉へとつながりました。

「冬陽の花」

十二月の風は冷たく、街路樹の影を細く揺らしていた。
 商店街の一角にある小さな花屋「ミナトフラワー」に、灯りがぽつんとともっている。
 その店先に並ぶ花々の中で、ひときわ目を引く赤い花があった。
 ――シーマニア。
 冬の陽だまりのように温かい朱色の花が、冷えた空気の中で静かに揺れていた。

 「この花、冬に咲くんですね」
 そう声をかけたのは、スーツ姿の青年だった。手には小さな紙袋。
 店主の美奈は微笑んでうなずいた。
 「ええ。冬に咲く“陽の花”なんです。
  他の花が休んでいる間も、こうして明るく咲き続けるんですよ」
 「……すごいですね。なんだか、励まされます」

 青年の目は、花の奥の光を見ているようだった。
 聞けば、彼は小さな飲食店を営んでいたという。
 けれど、コロナ禍を経て、街の人通りも戻らず、閉店を考えているところだった。
 「店を始めたときの気持ちを忘れてたのかもしれません。
  でも、この花を見たら……もう少し頑張ってみようかなって思えて」
 その言葉に、美奈は優しく笑んだ。

 「この花の花言葉、知っていますか?」
 「いいえ」
 「“繁栄”なんです」
 彼の眉が、わずかに動いた。
 「繁栄、ですか」

 「はい。シーマニアは次々と花を咲かせるんです。
  ひとつの花が終わっても、すぐに次が咲く。
  その途切れない命の流れが“発展”や“幸福の継続”を意味するんですよ」

 青年はしばらく花を見つめていた。
 橙とも赤ともつかぬ、深い朱色が、店の灯りに照らされてほのかに光る。
 「……僕も、そうなれたらいいな」
 小さく呟く声に、美奈は頷いた。
 「ええ。冬の中にも陽はあるんです。
  咲き続ける力がある限り、きっとまた光は戻ってきます」

 青年はシーマニアを一鉢買い求め、両手で丁寧に抱えた。
 その背中が扉をくぐると、外の風がまた店内を撫でた。
 美奈は静かに花を見つめる。
 小さな花が、次々と蕾を膨らませていた。

 ――途切れない幸運。
 ――寒い時期にも希望をもたらす陽の花。
 ――生命力と豊かさを宿す赤。

 それらの言葉が、まるで花そのものの鼓動のように胸に響いた。
 繁栄というのは、きっと「成功」や「富」を意味するだけじゃない。
 暗い冬の中で、それでも咲き続けようとする小さな意志。
 その連なりこそが、人の生きる力を照らすのだろう。

 夜、店のシャッターを下ろすころ。
 窓辺のシーマニアは、まだ静かに光っていた。
 まるで、遠いボリビアの夕陽を閉じ込めたような朱の花。
 その色が、冬の空気を少しだけあたためているように見えた。

 ――繁栄。
 それは、明日へ続く命の火。
 美奈はそっと花に触れ、囁くように言った。
 「また、明日も咲きますように」

飛行機の日

12月17日は飛行機の日です

12月17日は飛行機の日

1903年12月17日、アメリカ・ノースカロライナ州で、ライト兄弟が製作した動力飛行機「ライトフライヤー号」による歴史的な初飛行が成功しました。この日、航空史において画期的な一歩を刻んだライト兄弟の挑戦は、現代の航空機技術の基盤となっています。

ライト兄弟

ライト兄弟による人類初の動力飛行から100年になりますが、この偉業も当時は秘密のベールに閉ざされていました。実際に栄誉が確立したのは、ずっと後からでした。この兄弟が歩んだ道は決して、平坦ではなかったようです。

本当の初飛行までの軌跡

 1903年12月17日、弟のオービルが動力機によって12秒の間、距離は約37mを飛びノースカロライナ州沿岸の砂地に突っ込みました。それを100年後の現在、我々はその日付を航空史上の輝かしい記念日としています。しかし、本当に操縦可能な飛行機で飛行に成功したのは、この後の2年経ったときのことです。その時は、自分ら製作した飛行機が売れるものが完成するまで、兄弟は隠密裏に改良を進めていたそうです。この秘密主義が災いし、当時の科学ジャーナリズムから疑われ、専門家の仲間からも正当に評価されない時期が続いていました。

米陸軍通信隊などから商談がまとまる!?

ライト兄弟が公開飛行に踏み切ったのは、米陸軍通信隊やフランスとの商談がまとまる見通しがつく時でした。そして、最初の公開が1908年8月8日にフランスのル・マン近くの競馬場でした。それから、1909年にはニューヨークで公開飛行して群衆を驚かせ、名声を得ることができました。

輝かしい名声と現実

しかし彼らは、航空機という魅力ある新産業に対し、有能な人材などのたくさんのライバルたちから追い上げに見舞われます。その後の1912年、兄の「ウィルバー」が腸チフスで亡くしてしまい、一人残された弟の「オービル」は、激化する競争や長期にわたる特許侵害訴訟との闘いの日々が毎日繰り返されます。そして彼は、1915年に飛行機ビジネスに疲れ果て、この業界から手を引きました。それでも、彼らの懸命の努力の末に初の飛行を成功させた兄弟の1人として、その偉業を歴史の中にとどめられています。

羽根もない人間が空を飛ぶ

ジェット機

人は誰しも「鳥のように自由に空を飛べたら」って、思ったことはあるでしょう。まさにライト兄弟はこの夢をかなえた人ですが、実際に人が空を飛ぶとなれば、グライダーのような大きな羽根がなければなりません。また、遠くまで飛ぶためには、飛行機のように大量の燃料がなければ長い距離を飛ぶことは不可能です。

しかし、その空を飛ぶという願望をかなえることができたのは、まさしく我々人間です。数時間で気軽に国から国へと渡り世界中の人と実際に会ってコミュニケーションをとれる世の中に感謝し、戦争のない世の中にしないといけませんね。


「飛行機の日」に関するツイート集

2025年の投稿

2024年の投稿

2023年の投稿

12月16日の誕生花「クリスマスホーリー」

「クリスマスホーリー」

基本情報

  • 和名:セイヨウヒイラギ(西洋柊)
  • 英名:クリスマスホーリー(Christmas Holly)
  • 学名Ilex aquifolium
  • 科名:モチノキ科
  • 原産地:ヨーロッパ、西アジア、北アフリカ
  • 開花時期:4〜5月(花は目立たない)
  • 実がなる時期:秋〜冬
  • 常緑樹:一年中、緑の葉を保つ
  • 雌雄異株:実をつけるには雄株と雌株が必要

クリスマスホーリーについて

特徴

  • 光沢のある濃緑の葉と、鮮やかな赤い実のコントラスト
    ┗ 冬の景色の中で特に映える。
  • 葉の縁に鋭いトゲがある
    ┗ ヒイラギに似た形で、魔除け・守護の象徴とされた。
  • 冬でも色あせない常緑性
    ┗ 厳しい寒さの中でも命を保ち続ける強さを持つ。
  • クリスマス装飾の定番植物
    ┗ リースやガーランドに使われ、宗教的・象徴的意味が深い。
  • 実は観賞用で食用不可
    ┗ 毒性があり、人は食べられない。

花言葉:「神を信じます」

由来

  • キリスト教文化と深く結びついている植物であることから。
  • 赤い実はキリストの流した血
    とげのある葉は茨の冠を象徴するとされる。
  • 冬の厳しさの中でも枯れず、実を結ぶ姿が、
    揺るがぬ信仰心・神への信頼を連想させた。
  • クリスマスに教会や家庭を飾る植物として使われ、
    信仰を告白する象徴的存在となったことが由来。

「冬に残る祈り」

その教会は、町外れの小さな丘の上にあった。
 石造りの壁は冬の空気に冷えきり、尖塔の先には白い雲がゆっくりと流れている。
 エマはコートの襟を立て、重たい木の扉を押した。

 きい、と低い音がして、内部の静けさが迎え入れる。
 礼拝堂には誰もいなかった。
 祭壇の前には、まだ灯りの入っていないキャンドルが並び、その脇に、深い緑の葉と赤い実をつけた枝が飾られている。

 ――クリスマスホーリー。

 祖母がよく口にしていた名前だった。

 エマはその枝に近づき、そっと目を細める。
 光沢のある葉は、指で触れれば痛みを覚えるほど鋭い。
 その間に点る赤い実は、静かな炎のようにも見えた。

 「赤い実は、キリストの血。
  葉のとげは、茨の冠なのよ」

 幼いころ、祖母は暖炉の前でそう教えてくれた。
 エマは当時、なぜそんな痛ましい話をクリスマスにするのか、不思議でならなかった。

 「苦しみの中でも、信じることをやめなかったから、今もこうして語られているの」

 祖母は穏やかに微笑みながら、ホーリーの枝をリースに編み込んでいた。
 その指は年老いていたが、動きは確かで、迷いがなかった。

 ――信じるって、どういうことだろう。

 エマはその答えを、ずっと見つけられずにいた。

 大切な人を失った冬から、祈りは言葉だけのものになった。
 神がいるなら、なぜこんなに簡単に命は奪われるのか。
 信仰は、弱い心を慰めるための幻想ではないのか。

 それでも今日、エマはここへ来た。
 祖母の形見のホーリーの枝を、教会に届けるためだった。

 祭壇の前に立ち、枝をそっと置く。
 赤い実が、白い布の上でひときわ鮮やかに映えた。

 ふと、ステンドグラスから差し込む冬の日差しが、葉の縁を照らす。
 とげの影が床に落ち、細く長く伸びていく。

 ――痛みは、消えない。
 ――でも、枯れもしない。

 ホーリーは冬の厳しさの中でも葉を落とさず、実を結ぶ。
 凍える夜が続いても、沈黙の季節が続いても、そこに「生きている証」を残す。

 エマは気づく。
 信仰とは、答えを与えてくれるものではない。
 ただ、問いを抱えたままでも立ち続けるための、支えなのだと。

 「神を、信じます」

 声に出した言葉は、思ったよりも静かだった。
 だが、嘘ではなかった。
 確信でもなかったが、祈りとしては十分だった。

 祖母も、きっとそうだったのだろう。
 迷いながら、それでも信じることを選び続けた。
 だからこそ、毎年ホーリーを飾り、痛みと希望を同時に語ったのだ。

 エマはゆっくりと跪き、目を閉じる。
 教会の中は変わらず静かで、奇跡が起こる気配もない。
 それでも、胸の奥に小さな安らぎが芽生えていた。

 外に出ると、空気はさらに冷えていた。
 だが、教会の窓から見えるホーリーの赤は、凍えた世界の中で確かに灯っている。

 ――信じることは、揺るがないことじゃない。
 ――揺れながらも、手放さないことだ。

 エマはそう思い、丘を下りていった。
 冬はまだ長い。
 それでも、赤い実のように、信仰は静かに、確かにそこにあった。

電話創業の日

12月16日は電話創業の日です

12月16日は電話創業の日

1890年の12月16日は、国内初の東京市内から横浜市内間を電話事業を開始した日です。また、設置場所である千代田区から電話交換局が営業を始めまています。当初の加入電話は、「東京からが155台」と「横浜からが44台」を使用して電話交換手が女子7人、夜間は男子2人が対応していました。

電話が初めて繋がった日は

電話が初めて繋がったのは、「電信電話記念日」1869年の10月23日です。東京から横浜間の電信線架設工事に着手したことにちなむ記念日でした。そして、その後に電話事業が開始されたのがこの1890年の12月16日ということです。

当時の電話料金は高額

初期の電話

開設当時の電話料金は、定額で東京が40円と横浜が35円でした。この時代の1円では、米が15kg買えた時代で今の相場に換算するならば40円で約24万円ぐらいに相当するそうです。このことから、当時の電話で通話することは、庶民には到底手が出せない高価なサービスだったこということがわかります。

昔は交換手が繋いでいた

初期の電話2

電話は、発信者と受信者を繋げるため「交換機」が必要です。今は、コンピュータシステムによる発信者から受信者への接続が自動化されています。電話開設の初期は、この作業を「交換手」を通して、手動で各々の回線に繋げていました。

初期の電話はダイヤルが無い

1968年、公衆電話交換台、交換手ダイヤル式電話

この頃の電話は、まだダイヤルやプッシュボタンは付いていません。電話をかける時は、まず電話機にあるハンドルを回し、「交換手」を呼び出します。そして、繋いで欲しい相手の電話番号をその交換手に伝えて通話の申し込みをする必要があります。その後、ようやく交換手が手動で交換機の線で繋いでもらい、通話が成立するという面倒なシステムでした。

今やテレビ電話から映画まで観れる時代

インターネット、Wi-Fi

私が生まれた当時は、有線で黒のダイヤル式電話でした。そして、新たな家に電話をする際は、分厚い電話帳を開きダイヤルを回して通話をしていました。それが今や、Wi-Fiにより無線で繋ぐことができ、更には画像や動画をリアルタイムで送り、会話する事が可能となりました。凄まじく早い科学の進歩ですね。今後は、AIや第5世代移動通信システム「5G」などが広がり、我々が想像できないほどの世界へと進化することでしょう。


「電話創業の日」に関するツイート集

2025年の投稿

2024年の投稿

2023年の投稿

12月15日の誕生花「赤いバラ」

「赤いバラ」

基本情報

  • 分類:バラ科 バラ属
  • 原産地:北半球の亜熱帯から寒帯にかけて広く分布・アジア、ヨーロッパ、中近東、北アメリカ、アフリカ
  • 開花時期:4〜11月(四季咲き品種は春〜秋)
  • 花色:深紅、鮮紅色など
  • 用途:庭植え、切り花、花束、贈答用

赤いバラについて

特徴

  • 花びらが重なり合う、気品と存在感のある花姿
  • 色彩が強く、視線を引きつける華やかさを持つ
  • 香りのある品種も多く、感情に訴える力が強い
  • 一本でも強いメッセージ性を持つ花として知られる
  • 古くから「愛」を象徴する花の代表格

花言葉:「熱烈な恋」

由来

  • **赤色が象徴する「情熱」「血潮」「燃える心」**から、強く激しい愛情を連想
  • 赤いバラは古代ローマ時代から愛と美の女神ヴィーナスと結びつけられてきた
  • 恋に身を焦がすような感情や、抑えきれない想いを表す色として定着
  • 中世ヨーロッパでは、赤いバラを贈ることが「命がけの愛」の告白とされた
  • 控えめではなく、迷いなく相手を想う心が「熱烈な恋」という花言葉へと結びついた

「燃える色で、あなたを想う」

赤いバラを初めて見たのは、祖母の古いアルバムの中だった。黄ばんだ写真の隅で、若い祖母が胸に抱えていたのは、驚くほど鮮やかな深紅の花束。白黒写真なのに、その赤だけが、こちらに迫ってくるように感じられた。

 ――恋はね、火みたいなものよ。

 祖母はよく、そう言っていた。触れれば温かく、近づきすぎれば身を焦がす。それでも人は、火に惹かれる。赤いバラは、その象徴なのだと。

 私は今、その赤を、両手に抱えている。

 花屋でこのバラを選んだとき、迷いはなかった。淡い色も、可憐な花も、今日は違うと思った。伝えたいのは、もっと強い気持ち。胸の奥で脈打つ、血潮のような想いだった。

 赤という色は、不思議だ。見るだけで心拍が少し速くなる。情熱、衝動、そして覚悟。どれも、この色の中に溶け込んでいる。古代ローマの人々が、愛と美の女神ヴィーナスに赤いバラを捧げたという話を、私は思い出していた。人が神に願うほどの想い。それは、ただの好意ではなく、人生を賭けるほどの恋だったのだろう。

 あなたと出会ってから、私は何度も自分を抑えてきた。迷惑ではないか、傷つけないか、失うものはないか。そう考えるほど、気持ちは胸の内で燃え上がり、逃げ場を失っていった。

 恋に身を焦がす、という言葉は、決して大げさではない。眠れない夜、仕事中にふと浮かぶ横顔、何気ない一言に揺れる心。理性で覆おうとしても、赤い火は消えてくれなかった。

 中世ヨーロッパでは、赤いバラを贈ることは「命がけの愛」の告白だったという。軽々しく渡せる花ではない。拒まれるかもしれない。笑われるかもしれない。それでも、差し出す勇気そのものが、愛の証だった。

 私は深呼吸をして、あなたの前に立つ。

 逃げ道は、もう作らない。控えめな言葉も、遠回しな態度も、今日はいらない。ただ、迷いなく、真っ直ぐに想いを差し出す。

 「……これ、受け取ってほしい」

 差し出した赤いバラは、炎のように揺れて見えた。けれど不思議と、怖くはなかった。熱はある。でも、それ以上に、覚悟があった。

 もし拒まれても、この気持ちが嘘になることはない。赤いバラが象徴するのは、報われるかどうかではなく、燃え尽きるほど想ったという事実なのだから。

 あなたが花を見つめ、そしてゆっくりと微笑んだ瞬間、私は理解した。

 ――これが、熱烈な恋なのだと。

 赤いバラは、今日も変わらず赤い。
 誰かの心を焦がすために。
 そして、迷いなく愛する勇気を、そっと試すために。

3月16日、12月15日の誕生花「ジンチョウゲ」

「ジンチョウゲ」

For commercial use, some photos need attention.によるPixabayからの画像

ジンチョウゲ(沈丁花)は、春先に甘く芳醇な香りを放つ花で、日本では庭木や生垣として親しまれています。特に玄関先や庭に植えられることが多く、その香りが春の訪れを告げる存在となっています。

ジンチョウゲについて

ジンチョウゲの基本情報

  • 学名:Daphne odora
  • 科名:ジンチョウゲ科
  • 原産地:中国
  • 開花時期:2月~4月
  • 花色:白、淡いピンク、赤紫など

ジンチョウゲの育て方のポイント

  • 日当たり:半日陰が適している(直射日光が強すぎると葉焼けを起こす)
  • 土壌:水はけのよい土を好む
  • 水やり:乾燥しすぎないよう適度に
  • 剪定:花後に形を整える程度に剪定する

香り高いジンチョウゲは、見た目だけでなく香りでも人々を魅了する花です。春の訪れを告げる花として、甘美な思い出を感じながら楽しんでみてはいかがでしょうか? 😊


花言葉:「甘美な思い出」

ジンチョウゲの花言葉

  • 甘美な思い出
  • 永遠
  • 不滅
  • 栄光

「甘美な思い出」という花言葉は、ジンチョウゲの強く甘い香りが、過去の大切な記憶を呼び起こすことに由来すると言われています。春の風に乗って香るジンチョウゲの匂いは、懐かしさや幸福な記憶を思い出させるものですね。

また、ジンチョウゲは常緑樹で冬でも葉を落とさないことから、「永遠」「不滅」といった意味も持ちます。卒業や旅立ちのシーズンにふさわしく、大切な人との思い出を大事にする気持ちを表す花とも言えます。


「甘美な思い出」

For commercial use, some photos need attention.によるPixabayからの画像

春の訪れとともに、小さな町の路地裏にはジンチョウゲの甘い香りが漂っていた。その香りは、まるで過去の記憶を優しく呼び覚ますかのようで、通り過ぎる人々の心に懐かしさと温もりをもたらしていた。

その町に住む少女、優花は、毎年春になるとジンチョウゲの香りを感じるたびに、幼い頃の思い出が蘇ってきた。彼女の家の庭には、祖母が植えたジンチョウゲの木があった。祖母は優花が小さな頃から、「この花はね、甘美な思い出を呼び起こすのよ」と教えてくれた。その言葉通り、ジンチョウゲの香りは優花にとって、祖母との大切な時間を思い出すための特別なものだった。

「優花、またジンチョウゲの香りがするね」

優花の母が庭に出てきて、彼女の隣に立った。母もまた、ジンチョウゲの香りを感じると、祖母のことを思い出すようだった。

「うん、おばあちゃんが植えてくれたんだよね。この香りを嗅ぐと、おばあちゃんと一緒に過ごした時間が思い出されるよ」

優花は目を閉じ、祖母との思い出に浸った。祖母は優花が小学生の頃に他界したが、彼女の記憶の中ではいつも笑顔で、優花にたくさんのことを教えてくれた。特に、庭の手入れや花の育て方は、祖母から受け継いだ大切な知恵だった。

「おばあちゃんは、ジンチョウゲが常緑樹で冬でも葉を落とさないことから、『永遠』や『不滅』の意味があるって言ってたよね。だから、この花は私たちの思い出も永遠に残してくれるんだって」

母は優花の言葉に頷き、優しく微笑んだ。

「そうね。おばあちゃんは、私たちの心の中にいつまでも生き続けているわ。このジンチョウゲの香りが、それを教えてくれるのよ」

その夜、優花は庭に座り、ジンチョウゲの木を見つめながら、祖母との思い出を振り返っていた。彼女は、祖母が教えてくれた花言葉を胸に、これからも大切な人たちとの思い出を大切にしていくことを誓った。

翌日、優花は友達の結衣と一緒に、卒業式の準備をしていた。二人は同じ高校に通い、卒業後はそれぞれ別々の道を歩むことになっていた。結衣は遠くの大学に進学し、優花は地元で就職する予定だった。

「優花、これから会えなくなるのは寂しいけど、私たちの思い出は永遠に残るよね」

結衣が優花にそう言うと、優花はジンチョウゲの花を手渡した。

「この花には、『甘美な思い出』っていう花言葉があるんだ。私たちの思い出も、この花のように永遠に残るよ」

結衣はジンチョウゲの花を受け取り、その甘い香りを嗅いだ。

「うん、絶対に忘れない。これからも、私たちの友情は永遠に続くよ」

二人はジンチョウゲの花を挟んだアルバムを作り、これまでの思い出を詰め込んだ。卒業式の日、優花と結衣はジンチョウゲの花を胸に、新たな旅立ちに向かって歩き出した。

春の風が再び町を包み、ジンチョウゲの甘い香りが漂う中、優花は心の中で祖母に語りかけた。

「おばあちゃん、ありがとう。あなたが教えてくれた花言葉を、私はこれからも大切にしていくよ。甘美な思い出は、永遠に私の心の中に生き続けるから」

そして、優花は新たな一歩を踏み出し、未来に向かって進んでいった。ジンチョウゲの香りは、彼女の心の中で、いつまでも甘美な思い出として輝き続けるだろう。