月面着陸の日

7月20日は月面着陸の日です

月面着陸の日

1969年7月20日、アポロ11号が月面の「静かの海」(月の赤道よりやや北に位置する東経 18°から 43°付近の平坦な部分)に着陸し、人類が初めて月面に降り立ちました。この時アポロ11号のアームストロング船長は、「この一歩は小さいが、人類にとっては大きな飛躍である」とのメッセージを地球に送っています。そして、このことがきっかけになり、この日が「月面着陸の日」という記念日になっています。

アポロ11号

アポロ11号月面着陸50年

アポロ11号は、人類で初めて月着陸に成功したアメリカの宇宙船です。その乗組員は、船長の 「ニール・アームストロング」、司令船 (コロンビア)の パイロットの「マイケル・コリンズ空軍中佐」、月着陸船 (イーグル)の パイロット「バズ・オルドリン空軍大佐」でした。 ロケットが打ち上げられたのは、ケネディ宇宙センターからアメリカのサターンV型ロケットが1969年7月 16日午前9時 32分に打ち上げられました。

ついに月に着陸!

アポロ11号の着陸付近

その後、20日午後4時 17分 39秒に月面「静かの海」といわれる部分、サビンロクレータ南西約 10kmに着陸しました。そして最初にアームストロング船長が月面に第一歩を踏出したのがこの日の 10時 56分 19秒でした。その後に続いて「バズ・オルドリン空軍大佐」が月に降りました。この2人は、「地球から人間、ここに月面への第一歩を印、 1969年7月に我々人類の代表として、無事にここに到達した」などと刻まれた「金属板や地震計」、「太陽風測定装置」、「レーザー光線反射装置」を設置しました。

月面には21時間36分の滞在

結局、この月面活動の2時間 32分を含め、月面には21時間 36分の滞在をしたそうです。そうして、その後 22kgの石を採取すると21日午後1時 54分に月を離陸し母船とドッキングします。そして、22日午前0時 55分月のまわりの軌道を離れて地球に帰還しました。地球に近づくと機械船を切捨て、司令船だけになると大気圏に再突入します。7月 24日午後0時 51分ハワイ南西沖の太平洋上に無事に着水し、任務を完了しました。

2030年までに日本人も月面着陸する!?

人類初の月面着陸から50年経ちましたが、NASAは月面再訪計画としてアルテミス計画を発表しています。アルテミス計画は、2024年に米国人宇宙飛行士を月面着陸させる計画だそうです。また、このアルテミス計画には日本も参加表明しています。そして、その中かで日本人の宇宙飛行士が、月面着陸する計画も含まれた月探査の協力を行うという共同声明を日米両政府で発表されています。そうなると、今後10年も経たないうちに日本人の宇宙飛行士が初の月面着陸を実現させる日が来るということです。

駅弁記念日

7月16日は駅弁記念日です

駅弁記念日

1885年7月16日、日本鉄道東北線の宇都宮駅が開業し、日本初の駅弁が発売されました。そしてこの日は、大宮駅~宇都宮駅が開通した日でもあります。偶然、その駅近くにある旅館に宿泊していた日本鉄道の重役が、旅館白木屋の経営者の斎藤嘉平に駅弁を勧めて、その時から販売を始めています。このことから宇都宮駅は「駅弁発祥の地」とされているようです。

駅弁の中身と値段は?

その弁当は、黒ゴマをまぶした梅干入りの握り飯2個とたくあん2切れを竹の皮に包んだもので、当時の値段は5銭でしたが、まだその時代は一般的に高め設定でした。その時代から132年経った現在では、3500~4千種類にまで増えて、その弁当を列車だけでなく家で楽しむ人もいるほどです。この身近な存在へと変化した駅弁は、最初の駅弁のイメージ「素朴すぎるメニュー」から、「戦争」や「出稼ぎ」、「新幹線」によって変化していきました。

最初の幕の内弁当

最初の幕の内弁当は、1889年に姫路駅で発売されたといわれています。その内容は、白米飯に「肉」「魚」「かまぼこ」「伊達巻」「きんとん」「漬け物」を経木の折りに詰めたものだったそうです。その後の1890年には、寿司弁当が、一ノ関~盛岡間が開通したときに発売されています。また、駅弁の車内販売は1935年から始まり、幕の内が当時の価格で30銭、寿司が20銭だったそうです。それから月日が経ち、1966年になると、各百貨店で開催されたイベント東京高島屋「お国自慢全国うまいもの有名駅弁大会」などが大当たりして駅弁ブームが始まっています。

京王百貨店の「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」

京王百貨店も1966年から「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」を毎年開催しています。そして、あまりの人気ぶりに来客数がフロアにあふれ、その後は出店ブースを一部減らして通路を広げ、広さ1500平方メートルの催事場スペースを、さらに1割拡大したそうです。2021年の現在も、この全国で有名な駅弁を集めた販売イベントは、各店舗で盛り上がりを見せています。

自宅で楽しめる駅弁

このコロナ禍で政府の要請による外食制限などの自粛生活では、弁当を家で楽しむことがメインとなり、むしろ地域の名産を売り込む絶好のチャンスと見ているようで、駅弁本来の目的をすっかり忘れられているように思えます。しかし、個人的には美味しいものであれば、地域の興味が沸いてくるなど、旅行気分を味わえるのは最高です。

チキン南蛮の日

7月8日はチキン南蛮の日です

チキン南蛮の日

2011年7月8日は、宮崎のご当地グルメとして「チキン南蛮」をPRする同党が発足しました。そして、それをきっかけに宮崎県延岡市の市民グループ「延岡発祥チキン南蛮党」がこの日を記念日として制定しています。また、この日の目的はマップの作成や給食のメニューにするなど、地域の食文化としての「チキン南蛮」の知名度を上げるためです。ちなみに、日付は「チキン南⇒7 蛮⇒8」という語呂合わせからもきていて、この日を中心にしてチキン南蛮料理教室などのイベントが実施されているようです。

チキン南蛮の発祥は?

宮崎県延岡市の発祥で知られている「チキン南蛮」は、昭和30年代に延岡市内の洋食店で、「まかない料理」として作られたのがルーツだとされています。当時は「鶏唐揚げの甘酢漬け」とも呼ばれる料理でしたが、その後はタルタルソースをかけ、その横にサラダなどを添えるスタイルになりました。そして昭和40年代には、家族で出かける外食のご馳走メニューとして浸透していきます。それがいつの間にか、学校給食や家庭料理、県内全域で飲食店の定番メニューとして普通に食べられるようになったということです。

「南蛮」は来日ポルトガル人とその文化を表す言葉!?

チキン南蛮の「南蛮」は、もともと戦国時代に来日してきたポルトガル人や、その文化を表す言葉です。彼らの食文化の中に「南蛮漬け」が存在していて、唐辛子入りの甘酢に食材を漬けてつくられるものでした。そして、この「南蛮漬け」に鶏肉を漬けたりして料理されていたため、「チキン南蛮」と呼ぶようになったといいます。

タルタルのない「チキン南蛮」

タルタルのないチキン南蛮の「直ちゃん」

1964年頃に提供された最初のチキン南蛮は、現在のチキン南蛮に必ず掛けられている「タルタルソース」はなく、揚げた鶏肉を甘酢に漬けただけのものだったようです。そしてその後の1970年頃に初めて現在のようなタルタルソースが掛かった定番のチキン南蛮が人気になったといわれているそうです。(今でも、元祖「直ちゃん」のチキン南蛮は揚げた鶏肉を甘酢に通すだけで、タルタルソースを掛けません)

延岡だけのソウルフードから全国へ

初めは延岡市と周辺の人々だけしか知られていなかったこのチキン南蛮が、提供店の店舗数や地域の拡大、新規出店する店の増加によって知名度は増え、今やその人気は全国区になっています。宮崎に来てみると、チキン南蛮発祥の地である延岡はもちろん、県内全域にチキン南蛮の専門店が所々あります。そして、地域の人々はもちろん、県外から訪れた人が「さすが本場の味」として舌を唸らせているそうです。皆さんも、まず宮崎県の延岡市に訪れた際は、一番最初にチキン南蛮の元祖の味を知るために「直ちゃん」に足を運んでみては如何でしょうか!

チキン南蛮レシピ集

元祖チキン南蛮、直ちゃん直伝のチキン南蛮レシピ
宮崎発のチキン南蛮レシピ
至高のチキン南蛮レシピ

七夕

7月7日は七夕です

七夕

7月7日の「七夕」は、織姫と彦星が天の川を渡り、年に一度だけ会うことができるという中国の伝説に由来する日です。そして、この伝説が奈良時代の日本に伝わって、元々日本にあった七夕信仰と結びつけた行事としての「七夕」へと発展していったといわれます。また夏の夜空を見上げると、織姫星(織女星⇒しょくじょせい)はこと座の1等星「ベガ」、彦星(牽牛星⇒けんぎゅうせい)はわし座の1等星「アルタイル」があります。ちなみに、この二つの星とはくちょう座の1等星「デネブ」を加えた三つの星を結ぶと大きな三角形となって「夏の大三角」と呼ばれています。

七夕のルーツ

七夕は、昔から伝わる日本のお祭り行事で、1年の重要な節句をあらわす五節句の一つです。毎年「七夕」7月7日の夜に、短冊に願いごとを書き、飾りなどと一緒に笹の葉に吊るして、星にお祈りをします。ほとんどの人たちが、幼稚園や保育園などで、たくさんの短冊をつるして織姫と彦星にお願いごとをして経験があるのではないでしょうか?
その七夕の始まった起源を調べると、「棚機(たなばた)」「七夕伝説」「乞巧奠(きこうでん)」というキーワード出てきます。

棚機(たなばた)

https://youtu.be/7p–4AmhfNA
棚機神社(奈良県葛城市)

「棚機」とは、古い日本の禊ぎ(けがれのある人などや神事に従事しようとする人が、川や海の水でからだを洗い清めること)行事で、女性が着物を織って棚にそなえて神さまを迎え、秋の豊作を祈り人々のけがれをはらうというものだったそうです。また、その行事で 選ばれた女性は「棚機女(たなばたつめ)」と呼ばれるそうです。そして、川などの清い水辺にある機屋(はたや)に籠ると、神さまに心をこめて着物を織り始めます。そのときに使用された織り機が、その「棚機」(たなばた)」というものです。 その後に仏教が伝わってくると、行事はお盆を迎える準備として7月7日の夜に行われるよります。現在では、七夕という二文字で「たなばた」と当て字で読んでいるのは、これが由来となっているとか。

七夕伝説

この伝説というのは、織姫と彦星の天の川に関係する物語のことであり、実際に夏の空に琴座の「ベガ」と呼ばれている織女星は裁縫の仕事、鷲座の「アルタイル」と呼ばれている彦星(牽牛星)は農業の仕事をつかさどる星から、この物語のきっかけになったようです。そして、二つの星は旧暦7月7日に天の川をはさんで最も光り輝いているように見えることから、中国でこの日を一年に一度に会えるの日と考え、そこから有名な七夕の物語が生まれたとされています。

乞巧奠(きこうでん)

https://youtu.be/zh_5QCNm0eo
乞巧奠(きこうでん)

「乞巧奠(きこうでん)」は、中国の行事7月7日に織女星にあやかり、機織や裁縫が上達するよう祈るという風習から始まったそうです。その風習は、庭先にある祭壇に針などをそなえ、星に祈りを捧げるもので、やがてそれが機織のみならず、芸事や書道などの上達も願うように祈るようになったいわれています。

今晩、みんなでコロナが終息するように願いましょう!

七夕は願い事をする日であり、そして叶えてくれる日だと、子供のころから信じ続けられるロマンチックな行事でもあります。さあ、今日は「七夕」であり、そして、「ドリカムの日」でもあります。ご存じ「ドリームズカムトゥルー」を辞書で調べると、念願の夢・長年の夢・究極の夢・夢のような話。など、夢かなう時の表現は様々です。子供のころからの夢をかなえる、苦労に苦労を重ねてようやく夢をかなえる、これ以上ない最高の夢をかなえる等など、夢の実現への思いが詰まっている言葉です。まさに今こそ、みんなでコロナ終息へ向けて願い事を叶えて、元の楽しかった日々に戻していきましょう!

穴子の日

7月5日は穴子の日です

穴子の日

7月5日は「穴子の日」となっていますが、この日を記念日として制定したのは、寿司や弁当用の穴子食材を製造と販売を手掛けていた株式会社グリーンフーズ(2009年9月に 加ト吉の完全子会社・2012年12月で事業停止)です。また日付は「あな⇒7 ご⇒5」という語呂合わせと、この時期の穴子が最も美味しいことからといわれています。穴子は、ウナギと同様、ビタミンAやビタミンB類、カルシウムが豊富であり、夏バテ防止に効果があるとされています。したがって、「土用の丑の日」のウナギに負けないように、夏の味覚の定番を目指すべく全国に広げるのが目的です。

穴子の分類

チンアナゴ

穴子は、日本近海で15属、27種程確認されていて、その中で観賞用は「ニシキアナゴ」や「チンアナゴ」は水族館などで多く見られる魚です。 そして、食用としては「マアナゴ」や「ゴテンアナゴ」、「クロアナゴ」などが主に使用されています。今回は、その中から食用穴子を中心にみていきましょう!

マアナゴ

マアナゴ

マアナゴは、上唇が少しめくれあがっていて、上下のアゴには1列の門歯状の歯(岩に付いているフジツボあるいは巻貝などを食べるのに適している歯)があり、その内側と外側に短い歯の列があります。ちなみに、マアナゴの成魚は雄で40㎝、雌の場合は90㎝ほどになり、大きいもので1mまで成長するものがあります。

ゴテンアナゴ

穴子の天ぷら

「ゴテンアナゴ」は、ウナギ目アナゴ科ゴテンアナゴ属であり、分布地域は日本各地~インド洋までの幅広いエリアに生息しています。中でも、得に南日本に多く和名では、一般的に御殿穴子と呼ばれていています。外見は「マアナゴ」似ていますが、眼のうしろにある縁の斑点で区別できます。 大きさは、マアナゴより短めで60㎝ほどの成長で止まるようです。ちなみに味は、マアナゴより少し淡白で、天ぷらにすると美味しいそうです。

クロアナゴ

極太クロアナゴ

「クロアナゴ」は、少し長めですがウナギ目アナゴ亜目アナゴ科クロアナゴ亜科クロアナゴ属です。そして分布地域は、「ゴテンアナゴ」と同じで日本各地~インド洋まです。和名では、黒穴子呼ばれていて、 小さい物はマアナゴに似ていますが、色がマアナゴより黒っぽいために区別がしやすいそうです。また、「 クロアナゴ」は穴子の中でもかなり大きめのサイズになり、見かけが巨大穴子「ダイアンアナゴ」と似ています。実際によく間違われるそうですが、長さが「ダイアンアナゴ」より短いそうです。

今年の7月28日水曜日は穴子で決まり!

今年は2021年で、丑の日は28日の水曜日になります。あと3週間ちょっとで本来なら「うなぎ」を食べますが、実際にある年の相場価格を比較すると、「うなぎ」1500~3000円に対して「穴子」は、500~1000円ぐらいだそうです。また、ダイエットを考えた面からみても、「うなぎ」カロリーは「100グラムあたりなんと551kcal」で、「穴子」は「100グラムあたりわずか166kcal」で、この「穴子」方がヘルシーといえます。しかし栄養面では、確かに他の魚に比べてビタミンは多いですが、「うなぎ」の1/5程度だそうです。この夏はコロナ禍の「自粛生活」であまり運動をしないために太り気味になり、あまりカロリーが取れないですよね。そこで今年のこの時期は、「うなぎ」の代わりに「穴子」を食べるというのも一つの方法かもしれません!

塩と暮らしの日

7月3日は塩と暮らしの日です

塩と暮らしの日

7月3日は、塩に関する調査研究、そして財務大臣の指定を受けた日常生活で使用する塩の供給や備蓄を行っている塩事業センター(公益財団法人)がこの日を「塩と暮らしの日」として制定しました。また日付は、「塩」の原材料になっている海の「な(7)み(3)」という読む語呂合わせからです。その目的は、人間が生きるために欠かせない塩を、食や文化によって楽しく賢く付き合うというフレーズ「塩と暮らしを結ぶ運動」(くらしお)をPRすることです。

塩の性質は?

塩は、水に溶ける時に「ナトリウム(Na)イオン」と「塩化物(Cl)イオン」分裂します。そして、海の水や人体の中では、このイオンの状態になっています。さらに塩には、湿度が高くなると水分を吸って、低くなるとその水分を放出するという性質があります。そして、水分を吸って塩が溶けこみ、水分を放出すると、溶けていた塩が析出(個体として現れる)を起こします。まわりの湿度の変化により、溶解と析出を繰り返すことにより、塩の結晶同士が強く結び付いて固結が生じます。塩を密閉しない状態で放置すると固まってしまうのはこれが原因だそうです。

塩は酸素や栄養分を細胞へと運ぶ?

人体の細胞は、「細胞外液」という液に囲まれており、その塩(ナトリウムイオン、塩化物イオン)はこの細胞外液に多く含まれています。また、細胞外液の量を維持していて、それが全身の細胞に酸素や栄養分を運び、そして細胞で排出された二酸化炭素や老廃物が肺や腎臓に運ばれて体外へと排出されます。体内で常に塩と細胞外液の濃度を維持し、細胞が正常に働くのをサポートしています。

塩は神経細胞が刺激や命令を伝える

神経細胞は、物に触れたときにその刺激を脳に伝え、そして脳から手足を動かすように筋肉に指令を与えます。ナトリウムイオンは、神経細胞が刺激や命令を伝えるときに必要な成分です。

塩は消化をサポート

「塩化物イオン」は、胃酸の主成分であり、胃で食べた物を殺菌、または消化のサポートをしています。また、「ナトリウムイオン」は、小腸で「アミノ酸」や「ブドウ糖」などの栄養素の吸収をサポートしています。

塩分が不足すると

体中に吸収された塩分は、腎臓の働きにより一定に保たれます。通常の食事や運動をしている場合は不足することはまずないでしょうが、下痢や激しく汗をかくことで急激に塩分が失われることがあります。そして、体中の塩分が不足すると、「血圧低下」や「立ち眩み」、「倦怠感」や「精神不安定」、「眠気」や「脱力感」などの様々な理由で脱水症状を発症します。

猛暑の夏は熱中症に注意!

熱中症は、特に高齢者や子供は特に注意が必要です。高齢になると汗をかきにくく、そして特に気を付けないといけないことで、のどの渇きを感じにくくなることです。さらには、体温を下げるという時の反応も弱くなっています。こういった感じで、自覚がないのに熱中症になるというケースが多くあります。逆に子供の場合は、 汗を出す「汗腺」などの体温調節機能が未熟で、背が低いために 地面の照り返しで、比較的に大人より高い温度にさらされます。そんな事から、熱中症にかかりやすいのではないかといわれています。いずれにしても、この時期は適度な水分と塩分、「バナナ」などの「食べ物で予防」が重要なので、これらの成分を積極的に摂取しましょう。

ユネスコ加盟記念日

7月2日はユネスコ加盟記念日です

ユネスコ加盟記念日

1951年7月2日、日本がユネスコ(国連教育科学文化機関)に加盟しました。そのユネスコは、パリが本部で教育や科学、文化を通して国際協力を促進し、世界の平和と福祉に貢献することを目的としてた組織です。そしてその活動は、広報と情報交換、児童教育など、文化の普及を行っています。また、加盟国は2012年11月現在、195か国で準加盟国8か国となっています。ちなみに11月4日は「ユネスコ憲章記念日」です。

日本のユネスコ活動

ユネスコ憲章は、第二次世界大戦後の1945年にロンドンで採択、翌年に発効してユネスコが創設されています。そして日本は、その後の1951年に加盟しました。しかし当時、日本は国際連合の加盟はまだであり、ユネスコの加盟が我が国にとって国際社会復帰の最初の場といわれています。また、日本の民間ユネスコ活動は既にユネスコ加盟前の1947年から行われていて、現在も世界の民間ユネスコ活動の推進力となっています。したがって、世界初の民間のユネスコ協会が発足したのも日本だといわれています。

日本国内の知名度

日本国内ユネスコ協会発祥の地は、仙台市です。そして、現在全国には約300のユネスコ協会があり、国内的知名度は高いようです。また、国内外でも世界遺産事業をはじめ、ユネスコの名は広く知られています。日本の職員の中から事務局長を輩出し、実際に日本は「望ましい職員数」を達成している唯一の国際機関でもあるそうです。さらには、執行委員会委員国等として、ユネスコの意思決定プロセスに積極的に加わっているそうです。そして我が国は、アメリカに次ぐ二番目の分担金に加えて最大規模の任意拠出金を拠出しています。

戦争の過ちから学んだ結果が今の日本の姿

確かに、70年前までは大変な過ちを繰り返してきましたが、この過ちを教訓に現在のような経済大国にまで成長してきました。このような重要な大役を、率先して行動にしたことで世界中の人々に理解を得ていると信じます。世界の平和と福祉に貢献に努力する日本に籍を入れているということを、私は誇らしく思っています。

トランジスタの日

6月30日はトランジスタの日です

トランジスタの日

1948年6月30日、アメリカのAT&Tベル研究所「ウィリアム・ショックレー」「ジョン・バーディーン」「ウォルター・ブラッテン」の3人が『トランジスタ』を開発し、エレクトロ時代の幕開けとなるこの日が公開日でした。トランジスタは信号を増幅し、回路をオンとオフといったように電気の流れをコントロールする部品です。半導体の組み合わせにより、あらゆる特性を持つことができ、今や電子回路に欠かせない部品となっています。

トランジスタの内部構造

トランジスタの仕組み

トランジスタは、電化製品の変革に大きな影響を与えました。そのトランジスタの内部構造は、+の性質を持つP型半導体と、-の性質を持つN型半導体を貼り合わせたものです。その合わせ方は同じトランジスタでもそれぞれ異なり、その順番によってはNPN型やPNP型という呼び名になって特性もそれぞれ異なります。

トランジスタの電極

また、半導体のトランジスタからは電極があり、それぞれの端子は(E)「エミッタ」、(C)「コレクタ」、(B)「ベース」と3種類の端子に分かれます。それぞれの端子の見分け方は、平らな面を手前にすると、左側が(E)のエミッタで、真ん中が(C)コレクタ、そして右側が(B)のベースとなります。それぞれの電極に電流を流したり、止めたりする動作が、電化製品の様々な機能に応用されています。

電気信号の増幅

トランジスタの主な特徴は、弱い電気信号を「増幅作用」で、強い電気信号に変換することです。この働きは製品の構造上、弱い電流をベースに送り込むと、エミッタとコレクタにも電流が合流し、大きな電流になります。その結果、電波が強くなったり音が大きくなったりするということです。

デジタル時計の表示やブザーも鳴らす

また、トランジスタの働きで回路のON/OFF「スイッチング」にも応用できます。この働きは、電気信号の流れを生身の人間では確認できないくらいの速さでON/OFF することも可能です。スイッチONにして、ベースから流れた電流がエミッタに流れ、スイッチOFFにすると、エミッタが遮断されて電流が流れなくなります。これらの工程を制御することで、デジタル時計の表示やブザーを鳴らすといったことも可能となり、高性能な電化製品はもとより、基本的な動作として身近な製品にも応用されています。

トランジスタラジオが基本

若いころ、ものづくりが好きだった父の影響で自宅にあった壊れて使えないカーコンポなどをばらして、トランスやアンプの基盤を組み合わせて、パワーアンプを作ったりしたものです。これも最初は、父が使えなくなった家電機器の基盤からトランジスタやコンデンサを取り出し、はんだで直接つないでイヤホンを付けるとラジオが聞けるということから始まり、さらにダイオードとトランスを追加すると交流を直流にする「ACDCコンバーター」的なものもできるということなどを教わりました。現在、高性能なPCや家電がたくさんの種類作られていますが、全てはこの万能な部品であるトランジスタが基本のような気がします。

立春

2月3日は立春です

立春

「立春」は、立夏・立秋・立冬などの二十四節気の一つで第1番目にあたります。現在の定気法では、太陽黄経が315度のときで2月4日頃です。この日は、本来2月4日になることが多く、今回2021年2月3日が立春となります。

立春

立春

立春は、二十四節気の最初を迎える節気であり、旧暦では新しい年の始まりを表していたそうです。暦の上では春の始まりですが、実際のところ冬の寒さは2月がピークですが、春がようやく来たと思い、ポカポカ季節を迎えましましょう。

立春を正月として祝う中国

中華街の春節

中国でいう立春の正月「春節」、立春を華やかに祝う国として有名です。また横浜の中華街では、毎年この日にイベントを開催し、獅子舞や爆竹で祝っているようです。他にも、立春の早朝に禅寺の門に貼り出される文字の「立春大吉」は左右対称で縁起がよく、厄除けになるといわているそうです。

七十二候

二十四節気をさらに約5日に分けて、気象の中で動植物の変化を知らせる七十二候(しちじゅうにこう)があります。これは、二十四節気と同じく古代中国で作られています。二十四節気が古代の人々がそのまま使われているのに対し、七十二候は何度も変更されてます。

日本での七十二候

菜の花

日本でも、江戸時代に入ってから気候風土に合うように改定され、「本朝七十二候」が作られています。そして、現在使われているのは、明治時代に改訂された「略本暦」からのものです。ちなみに一般的に使われる「気候」という言葉は、この「節気」と「候」からできているそうです。

季節を自然の移り変わりで判断

風習と季節

現代人は、テレビやネットの天気予報などを見て衣替えなど行っていますが、昔の人は自然や動植物の変化など移り変わりを見て農業や漁業に営んでいます。常に自然の変化を情報源として生活する昔ながらの生活を、これからもずっと大切な自然を守りながら残してほしいものです。

ロールちゃんの日

毎月11日はロールちゃんの日です

期間限定練乳いちご

東京都に本社を置く山崎製パン株式会社が ロールケーキ「ロールちゃん」の日として制定しています。毎月11日にした理由ですが、パッケージに載った「ロールちゃん」の長い両耳二本が数字の「11」に似ていることからだそうです。

山崎製パンのロールちゃん

https://youtu.be/qJIFZiTLCn4
ロールちゃんを食べる

「ロールちゃん」(ホイップクリーム)は、たまご風味でしっとりとしたスポンジ生地にホイップクリームをたっぷりと巻き込んだのもです。「ロールちゃん(チョコクリーム)」は、ココア風味のスポンジ生地にチョコクリームたっぷりを巻き込んでいます。見た目もかわいいキャラクターのパッケージが特徴でボリューム感あります。

ロールちゃんを使ったアレンジレシピ

ロールケーキタワー

今、ネットではロールちゃんを使ったアレンジレシピがたくさん公開されています。その中からいくつか面白いレシピを紹介します。

ロールケーキタワー

ロールケーキタワー

フルーツロールケーキ

ロールちゃんでオオタチケーキ

ロールちゃんでオオタチケーキ

他にも色々な種類が出てるらしい

ロールちゃんチョコバナナ

私は、2種類しかしりませんが、ちなみに他にも「チョコバナナ」「スイートポテト」「パンプキン味」などあるらしいです。しかし、意外に少ない感じですが、アレンジは無限大なのでシンプルなホイップクリームなどを色々トッピングして楽しむのも有りだと思います。